カラッとした日差しが暑い今日この頃。 太陽の光が大地を照らし、緑豊かな自然を輝かせる。 動物や昆虫たちが活発に活動する時季だが、人間やら妖怪は暑さにやられ、ばてていることの多い時季でもある。 もちろん私もその一人。 少しでも涼しい姿をするために、衣服の生地は風通しの良い素材を使用し、袖部分も短くした夏用の衣服を身にまとう。 青を基調とした衣服は涼しさを感じさせてくれるが、肩につける真っ白なケープはお洒落とは言え、少し暑いように感じられる。 私、アリス・マーガトロイドは現在人間の里の中心部から少し離れた広場で、さらさらと揺れる木陰で暑さを和らげながら仕事中。 用意した折り畳み式の机に白いシーツを広げた舞台の上で、自家製の人形たちが台本通りに演技を行う。 踊るように動く人形たちを、舞台の前の地べたに座りながら、人間の子供たちが瞳を輝かせて見つめてくる。 私の仕事は人形劇。 仕事と言ってもボランティアのようなもので、定期的に人間の里を訪れては公演を開いている。 最初は暇つぶしに里で人形を操っていたら、子供たちが興味を持ち、その時の表情がとても楽しそうだったので、どうせなら演劇でもしてみようと思ったのがきっかけである。 他の者が私の人形を見て喜んでくれるのは、とても嬉しく、もっと喜んでほしいと思い、定期的に里で人形劇を実施している。 まだ人形劇を始めて数回程度だが、何人かの子供が私の公演を見に来てくれる。 回数を増すごとに人数も増えてきているので、そろそろ公演時の列とかも考えないといけないわね。 ちなみに今回やっているお話は、囚われのお姫様を剣士が助けにいく冒険物。 お話はクライマックスとなり、盛り上がりも最高潮に達する。 私は頭の中で描いている通りに物語を進行させ、指先を器用に動かしながら人形を操る。 突如として現れた悪役に、ピンチになった主役の剣士は、傷つきながらも悪役に向かって大地を蹴りだした!! 目の前に現れた兎に向かって!! って、何よそれ!! 流れるようなノリツッコミをしてしまった。 先ほどまで人形たちしかいなかったはずの舞台上には真っ白な毛並みの兎がちょこんと座っていた。 手乗りサイズの可愛らしい兎が首を傾げながら剣士を見つめている。 突如として現れた兎に私は面くらい、芝居が中断されてしまう。 この子、どこから現れたのよ。 先ほどまで舞台に視線を集中させていたので、兎が上ってくれば気づきそうなはずである。 だけど、私は見事に気づかなかった。 よっぽど集中していたからだろうか……。 そんなことを思っていると、周囲から子供たちの声が聞こえる。 私は子供たちを放置してしまっていることに気づいて、慌てて視線を子供たちがいる方向に向ける。 周囲の子供たちは演劇が中断されてしまったことによる不満……なんてものはなく、他のことで夢中になっていた。 子供たちの周りには、舞台に上がっている小兎より二周りほど大きな兎が、何十羽も走り回っているではないか。 色々なものに興味を持つ人間の子供がこの状況を放っている訳がない。 私の人形劇よりも兎たちのことでいっぱいいっぱいなようだ。 一人は兎の背中を撫でており。 また一人は捕まえて少し乱暴に可愛がっている。 とにかく人形劇どころではなくなってしまった。 最後まで公演を終わらせることができず残念だが、兎たちを無理に追い払ったりしたら子供たちから非難を浴びるだろうから、今は事態が終息するまで待っているしかないようだ。 小さくため息をはくと、私はまだ舞台上にいる小兎に視線を下ろす。 状況を判っていないかのように鼻をヒクヒク小刻みに動かしながら、正面で硬直したままの剣士の人形を興味津々に見ていた。 なんだか可愛らしい、ほのぼのした空気に苦笑してしまう。 口元に笑みを作りながら、私は指先を少し動かす。 すると今まで硬直していた剣士が魂を吹き込んだように動き、腰につけている鞘に持っている剣を収める。 その動作に小兎は驚くかと思ったが、意外に大きなリアクションはなく、再び剣士に向かって鼻を動かしている。 私はその小兎に答えるように、指を少し動かして剣士が小兎の頭を撫でるように操る。 撫でられるのが気持ち良いのか、小兎は嫌がる素振りを見せず、瞳を細めた。 お姫様を助けに行った剣士は、道中で小兎に出会い、その可愛さに心奪われたとさ……。 なんともしまらない話である。 だけど今の状況はそんな感じで間違いないだろう。 子供たちは兎と遊び、私は人形を介して小兎と遊ぶ。 動物と触れ会うのは滅多にないから、これはこれでいいかも。 ぽんぽん、と剣士が小兎の頭を撫でると、小兎は喜んだように剣士にその白い毛並みの体をさすりつけてきた。 すっかりモテモテの我が剣士人形である。 相手が兎であっても何か悔しいところがある。 むぅ……なんで人形に嫉妬しているのか。 しかも自分の作った人形に。 そう考えると悲しい。 むぅ。 むしろ嫉妬するのは、助けが来なくなったお姫様人形ではないだろうかと、舞台袖で出番を待っているピンク色のフリフリのドレスを身にまとったお姫様を見る。 無表情のはずのその人形は、なぜか少し険しい表情をしているかのように見えた。 「あーはっはっはっはっはっはっはッ!!」 自分の思考と、不思議な幻覚に呆れながら苦笑していると、高らかに響く笑い声が私の耳に届いた。 一瞬、どこから聞こえてきたかと思い周囲を見回したが、それっぽい声の主は見あたらなかった。 子供たちもその声が気になったのか周囲を見回しているが首を傾げている子ばかりである。 すると一人の子供が何かに気づいたように空を見上げ、あっ、と声を上げて天を指す。 その指が示す方向へと視線を移動させた先には、私が木陰にして公演を行っていた、背後の樹木があった。 夏の日差しをたくさん浴びる健康そうな葉が枝を覆い、私たちに涼しい木陰を作ってくれる。 そんな枝に女の子が一人、まったいらな胸を突きだして高笑いをしていた。 肩まで伸びた癖っ毛の強い黒髪を靡かせ、周囲にいる子供たちとあまり変わらないような容姿を持った女の子。 だけど女の子の頭には二本の大福のように白くて丸い物が垂れ下がっていた。 それは今、剣士とじゃれあっている小兎と同じ兎耳である。 どう見ても人間ではない。 あの耳から察するに兎の妖怪だろうか。 すると、その女の子は自分に周囲の視線が集中していることに気づき、口元にほくそ笑むような笑みを作り私を見下ろした。 「はっはっは! どうだ、思い知ったか!?」 そうやって私に子供のような小さく細い人差し指を向けてくる。 なんのことかと一瞬考えたが、すぐに理由が判った。 「この兎たちは貴女の差し金かしら?」 「そうよ! どうかしら、この粋な演出は?」 まったく反省する様子もなく、女の子は私を見下しながら笑っている。 どうやら兎たちを出して、私の公演を邪魔するように差し向けたのは女の子のようだ。 本当は人形劇を邪魔されたことに怒鳴らないといけないと思うが、そこまで酷く邪魔された訳でもないし、子供たちを怖がらせる訳にもいかないので、特にこれと言って言葉を付け加えることはなかった。 ふと、私はあることに気づいた。 私は木の枝に立っている女の子をどこかで見た記憶があるのだ。しかもすれ違ったとかではなく、会話をしたような記憶がある。 恐らく女の子の反応から察するに、向こうは私のことを知っているようだ。 さらに私の人形劇を邪魔するような敵対心を持たれるような仲。 だけど私はそんなこと微塵も記憶にない。 どこかで見たことがあるんだけど……。 霞がかった記憶に四苦八苦。 首を傾げながらまだ笑っている女の子を見つめている時、彼女の背後に何かが突如現れた。 現れた何かは女の子の首根っこを掴んだ状態で、前転するように宙を回る。ふわっ、と薄紫色の長い髪を靡かせながら、女の子を捕まえた状態で着地したのは一人の女性。 古く年期の入った木箱を背負い、白のカッターシャツ、真紅のネクタイと、膝上までしかないスカートから見える素足は細く色っぽくも見える。 膝まで伸びた薄紫色の髪を靡かせ、頭からは細長くシワの入った不自然な兎耳を二本生やす。 鮮血のような真紅の双眼を持ち、整った顔立ちはひと言で美人と言い表せる女性。 「てゐ、貴女は何をやっているのよ」 「れ、鈴仙様!!」 どうやらこの反応を見る限り、女性と女の子は知り合いらしい。 まぁどう見ても、同じ妖怪兎だから知り合いであっても不思議ではない。 「兎たちをこんなに連れ出して……しかも幼い子ばかり」 「い、いえねぇ……この子たちがどうしても連れていけと……ってアンタは黙っていなさいよ!!」 と、いきなり女の子が私に向かって怒鳴った。 別に何も言っておらず、怒鳴られるようなことはしてないはず。 意味もなしに怒鳴られるなんて少し頭に来る。女の子を怒鳴ろうとしたが、彼女をよく見てみると、視線は私を見ていなかった。 視線をなぞると、その先には人形劇の舞台上で、剣士にすり寄っている小兎がいた。 もしかして、この子に怒鳴ったのだろうか。 でも何か喋ったようなのは聞こえなかったけど。 「……どういうことかしらてゐ? あの子は貴女が連れていってくれるからついていったと言っているわよ」 女性が女の子を睨みつけると、女の子は顔を青ざめさせて、目線が宙を泳いでいた。 この小兎がそんなことを言っていたとは少し驚きである。やはり兎独特の会話とかがあるのだろう。 すると、焦った表情で女の子が私を指さした。 「ほ……ほら! コイツですよ! 前に永遠亭を襲撃した一味の一人ですよ!!」 そう言われて女性も私に視線を向ける。 面と向かって改めて判ったが、大人びた雰囲気の中に若干の幼さのような物も見えた。 共存できないと思っていた雰囲気だが、女性は意外なほど自然に両方を身にまとっており、なんとも魅力的にも見えた。 綺麗……。 |
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