月兎と人形遣いは出会った。

 これが運命なのか偶然なのかは判らない。

 だけど、不幸ではなかった。

 真実に気づくまでは。




























     ☆


 貴女と出会ったのは、こんな清々しい空の下。
 本当はもっと前に出会っていたけど、ちゃんと面と向かって話したのはあの時が初めて。 
 ころころ笑う貴女は私になんとなく似ていた。
 こんな私と同じなんて気を悪くするかもしれないけど、だから貴女と気があったのかもしれない。
 貴女との会話や、一緒にいることが楽しい。
 貴女の近くにいるだけで、私は幸せである。
 ずっと一緒にいられればいい。
 いつからそんなことを思い始めたのか。
 判らないけど、いつの間にか貴女との一緒の時間を求めた。
 私が貴女と一緒にいていいのかな。
 優しい貴女は笑顔で頷いてくれそうだけど、私は自信がない。
 考えれば考えるほど自信がなくなる。
 私は貴女の近くにいていいのか、判らなくなる。

 誰も答えを教えてくれない。

 私は迷惑じゃないのかな。

 貴女はどう思っているのかな。

 誰も答えを教えてくれない。

 世界は、静かに過ぎていく。

 貴女との思い出を増やしながら。

 今のまま世界が続いて欲しいな。

 そうなったら幸せだから。

 だけど、いつか世界が壊れてしまうかもしれない。

 何かの拍子で壊れてしまうかもしれない。

 天国から地獄へと転落してしまう。

 それだけは嫌だ。

 私は今の世界が好きなの。

 貴女といられる世界が好きなの。

 だから壊れないで欲しい。

 世界を今のままの平和な世界でいて欲しい。



 世界が壊れたら、私も壊れるかもしれないから。

























     ☆


 素肌を撫でる年末の風は身を縮ませるほど冷たく、体の動きを鈍くさせるには十二分なほど強力であった。
 空気は乾燥し、木々は葉を失い丸裸。動物たちの大半が冬眠に入り、次の春まで穴蔵でぬくぬくと寝ているはずだ。
 私も兎の妖怪だから冬眠という堕落した生活を送ってみたいものだが、そんなことを許してくれるような環境ではないので永遠に無理だろう。
 今の生活がそこまで堕落した生活へと逃げたくなるようなほど重労働ではなく、むしろ規則正しい生活を送れているので健康的でいいと思う。
 それに私は月兎であるため、冬眠という習慣が地上の生物にあると知ったのは地上に降りてきてからである。
 私が住む永遠亭の妖怪兎たちの中には冬眠を望む者も多いが、堕落させるだけなのでそれは許さない。
 永遠亭の廊下もすっかり冷えきり、ソックス越しにも氷のように冷たさを感じる。
 白い息を吐き、乾燥する唇を舌で舐めて気休め程度に潤す。
 よく永遠亭に訪ねてくる行商の青年から買った焼き菓子もすぐになくなってしまい、特にやることがなかったので庭先の落ち葉を箒で掃くが、あまり落ちておらず地面を掘っているような気分である。
 冬の風も暇なのか、今日はいつもより強く吹いているように感じられ、どうも私はそれにまとわりつかれているように思えた。
 あまり親しくされたくはないが、言っても離れてくれそうにはなく、自然とどこかに行くことを願う。
 これならば永遠亭内を掃除しておけば良かったと激しく後悔してしまう。
 長袖のカッターシャツに紺色のブレザーを羽織っているが、短いスカートとソックスの間の素肌が寒くて寒くて仕様がない。
 本当はもう少し丈の長い物を履けば良かったと思ったが、私の持っているスカートは大体丈が同じだから意味がない。
 ならば長い丈のスカートを作れば良いのだが、長年この丈のスカートを履いているせいか、ロングスカートなどを履くとどうも違和感があり、あまり好んで履けない。
 それに基本動くことが多く、走り回ったりするので、スカートの丈は短いほうが動きやすいため、総合的に考えるとミニスカートになってしまう。
 問題があるとすれば、動いている時に下着が見えてしまうことがあるので気をつけなければいけない。
 総合的に考えた結果だから文句は言えないのだが、やはり冬は足下が寒くって仕様がない。
 一陣の風がまた私の周りを通り抜ける。
 もうすぐ今年も終わるという寂しさを感じながら、頭から生える二本の兎耳をピクピクと揺らし、白雲が悠々と漂う昼下がりの青空を見上げる。
 永遠亭の周囲にある農園から作業を終えた妖怪兎たちも逃げるように永遠亭に退散し、外に出ているのは私だけではないかと思える静けさが広がる。
 目立った落ち葉を集め終わったら早々に退散しなければ。
「鈴仙」
 掃く速度を上げて、手早く掃除を終えた時、私の名前を誰かに呼ばれた。
 声のする方向へと体を向けると、永遠亭の正門から人形のような美しい女性が近づいてきた。
 輝くような金髪を肩にかかる程度まで伸ばし、肌は粉雪のように白く、青を基調とした洋服に白いケープやフリルのついた白い洋服は造形物のように可愛らしい。
 私より少し背が低く、幼く見える彼女だが、私よりも博識でいつも落ち着いており大人びている女性。
 そして私がこの地上で知り合って、数少ない友達と呼べる存在。人形遣いのアリス・マーガトロイドがお陽様のように明るい笑顔で訪ねてきた。
「アリス、こんにちは」
「こんにちは、鈴仙」
 お互い軽く挨拶をして、私はこんな寒い冬の空の下に彼女を待たせる訳にもいかなかったので、早速用件を尋ねることとする。
「今日はどうしたの?」
「えっと、ほら、前に鈴仙が言っていた茸について詳しく書いてある本を借りようと思ってね」
 その言葉を聞いてすぐに思い出した。
 永遠亭には私の師匠である、八意永琳という薬師がおり、恐らく地上で最高の腕を持つ方だ。
 師匠は製薬に長けており、薬で治せない物はないと呼ばれるほどである。
 師匠の研究室には様々な資料や製薬書が置かれており、読んでいるだけでも一日時間を潰せるほどである。
 さらに書庫にはそれの何倍もの本が置いてあり、未だに私は全てを読んでいない。あと何年かかるか判らないが、師匠の弟子としてもっと頑張らなければ。
 その膨大な書物の所持者である師匠は、どうやら内容を全て頭の中に入っているようで、読まなくてもその本に書かれていることはすぐに出てくるらしい。さすが天才と呼ばれる人だ。私には無理そうである。
 とにかくその膨大な書物の話をアリスに話したところ、茸に関する効果が記載された本がないかと聞かれ、師匠に訪ねてみたところ、どうやらあるようで、アリスは貸して欲しいと頼んできた。師匠に貸していいか許可をもらうと、ちゃんと返してくれるのならいいわ、と二つ返事で了承してもらったのだ。
 すぐに渡したかったのだが、数が数なので探す時間が欲しく、アリスには後日訪ねて欲しいと頼んで今に至る。
「ああ、うん、あの本なら見つかったよ」
「本当? ありがとう」
「私の部屋に置いてあるから、上がって待っていてくれる?」
「いえ、今日は用事があるから、玄関で待たせてもらうわ」
「そう、判ったわ」
 本当はおもてなしをしたかったのだが、無理に止めておく必要もないので諦める。
 アリスを玄関まで連れていき、あまり待たせるのもよくなかったので靴を脱いで駆け足で自室に置いてある本を取りに行くこととした。
 部屋に行き、化粧台に置いてあったアリスが求める本を手に取り、私は表紙と中身を数頁確認してすぐにアリスが待つ玄関へと駆け足で走る。
 本当は走りたかったのだが、そこまで急なことでもなく、日頃から妖怪兎たちに無意味に廊下は走らないと注意しているため、それを破って走る訳にもいかなかったので、我慢して歩幅を大きくして歩く。
 これを渡したらアリスはきっと喜んでくれるに違いない。早くみたいなアリスの笑顔。あの笑顔を見ているだけで胸が熱くなって私も嬉しくなってしまう。
 床板が軋む音を響かせながら永遠亭の廊下を歩く、縁側へと出た時、私は不思議な様子の子を見つけた。
 縁側に座りながら、冬の空を何も考えていないようなボケッとした表情で見上げている一羽の妖怪兎。
 永遠亭に住んでいる妖怪兎たちの大半は、人間の子供が大福のような兎耳を頭から垂らしているような容姿をしている。
 だけど、たまに大人びた容姿を持っている者もおり、今私の目の前にいる子も他の妖怪兎より頭一つ分大きい体躯を持っている。
 見た目が他の兎より大人びていると言っても私と比べると幼い容姿であり、中身も他の妖怪兎と変わらずイタズラ好きな子である。
 いつも元気にはしゃぎまわっているので、眼前にある光景が少し奇妙に思えて仕方がなかった。
 急いでアリスに本を渡さなければいけないのだが、その異様な雰囲気を醸し出している妖怪兎が気になってしまい、私は急ぐ足を止め、彼女へと近づく。
 縁側の床板は風に当たりやすく老朽化が早いためか、足音がより一層他の床板より大きく鳴った。
 だが、妖怪兎は私が近づいていることにまったく気づいておらず、ただ思いに耽っているかのように空を見つめていた。
「どうかしたの?」
 声をかけていいのかと迷ったが、足を止めてしまったので恐る恐る話しかけてみる。
 話しかけて数秒間反応がなかったが、まるで亀のようなゆっくりとした動きで妖怪兎の頭がこちらに向いた。
「あ……鈴仙様……」
「こんなところで座り込んで、何か悩み事?」
「あー……悩み事…………はい……」
 なんともはっきりしない回答である。
 悩み事らしいが、彼女の表情は悩み事とは思えないほど何かに見とれるような表情であり、首を捻るしかなかった。
「鈴仙様……」
「ん、何?」
 聞き出せるか不安に思っていると彼女の口が先に動いた。
「恋って、どうすればいいんですかね……?」
「へ?」
 予想していなかった言葉が出てきて、私は少し戸惑う。
「えっと、恋って、恋愛とかの恋? それとも魚?」
「恋愛です……」
「あ……そうだよね……」
 こんな状況で魚の鯉の質問なんてする訳がない。冷静に返答されてしまい、恥ずかしくなってしまう。
 しかし、この子は突然そんな質問をして何かあるのだろうか。
 今までに見たことがない妖怪兎の反応なので、もしかしたらイタズラかもしれないので注意しながら対応しなければいけない。
 幸い、私たち周辺には他の妖怪兎の気配は感じられず、背後から襲撃とかいう危険性もない。
「……なんで、急にそんなことを?」
 訝しみながら彼女に質問すると、こちらを向いていた顔は再び冬の空へと戻って、少しの間を置いてから言葉が綴られる。
「私…………恋をしてしまったようです……」
「え!?」




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