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     ☆


 日差しが燦々と降り注ぐ夏日が続く最近。
 今日は珍しく雲が多く、真っ青な空がうっすらと灰色に染められていた。
 幻想郷はいつもより湿ったような空気を纏い、なんとなくだがひと雨来そうな雰囲気だった。
 まだそこまで暗雲が目に付かないので大丈夫だろうとは思うが、降ってきたら困るので帰路につく足はいつもより早かった。
 私――アリス・マーガトロイドは住んでいる魔法の森の上空をすいすいと飛んで自宅を目指す。
 今日は人間の里で人形劇を行ってきた帰りで、傍らには仕事道具を入れた大きな革製の鞄を持つ、腰まで伸びた私と同じ金色の髪を靡かせ、後頭部には真っ赤なリボンをつけている私の相棒の人形である上海人形が飛んでいる。
 この子は私が作った人形では初期からいる古参者。私の魔力で操りまるで生きているよう動かせる人形。
 今日は私と同じ衣装で、両肩がパフスリーブの真っ白な半袖のシャツの上に青色のベストと白いケープを纏い、同じく真っ青なロングスカートを靡かせる。腰には白いフリルのついた桃色のリボンを巻いて我ながら可愛らしいと自画自賛してしまう。
 眼下に広がる化け物茸の放つ胞子と瘴気で満ち溢れている森は、歩いていくのは拒まれるような禍々しい空間。
 住居を置いている癖に文句を言うのはなんだが、事実である。
 空気の壁を全身に受けながら、ぼけーっと魔法の森を眺める。特に考えごとをする訳でもなく、風景が過ぎていく。
 いつもの慣れている帰路。何も考えていなくても帰られるほど頭の中にはしっかり記憶されていた。
 帰ったら何をしよう。家事は何が残っていたか。色々考えつくが、ちゃんと考えていないのであまりはっきりした内容が思いつかない。
 ふと、そんな色々考査していた時、ある女性のことを思いついた。
 女性は腰まで伸ばした癖のない美しい薄紫色の髪を靡かせるが、頭には細くて皺の入っている兎耳が二本生えている。
 前に会った時は既に夏服になっており、白のカッターシャツと赤いネクタイを纏い、水色のミニスカートを靡かせる彼女は私と比べ物にならないくらい女性らしく美しい女性――月兎の鈴仙。
 私の大切な女性であり、恋人とも言える女性。
 ひょんなことからの知り合い、彼女の優しさに触れていく度に彼女に惹かれていった。
 そして気づいた時には私は彼女と付き合っていた。
 本当は嫌われるかと思い内心恐々していたが、彼女は私のことを受け入れてくれた。
 その時、私と鈴仙はキスをしたのだが……ああ、思いだすだけで顔が熱くなってくる。好きな相手とキスをするのがこんなにも感情が高ぶるとは思わなかった。今でもはっきりと感触も思いだせるが、途中で恥ずかしくなって思考がまともではなくなる。
 と……とにかく、私は鈴仙のことを愛している。
 彼女と一緒にいられる時間は心が非常に休まる。
 ずっと一緒にいたいと思えるが、楽しい時間というのは非常に早く過ぎ去ってしまう。
 暇さえ合えば私たちは一緒の時を過ごし、笑顔でいられる時間を増やしていった。
 しかし、今日は仕事があったから彼女と会っていない。というか最近お互い都合が合わなくてあまり会っていない。
 会いたいけど、今日は色々やることがまだあるし、無理かなぁ。鈴仙から来てくれないかな。それは欲張りすぎかな。
 そんなことを思っていると鈴仙に対する思いが強くなっていく。
 私から彼女の住んでいる永遠亭に訪ねに行ったほうが良いかしら。でも永遠亭には他の住民もいるから鈴仙と落ち着いて一緒にいられないし、やっぱり彼女が訪ねてきてくれるのを期待するしかないか。
 ああ、鈴仙に会いたいな。
 彼女は何をしているのだろうか。
 一度考えるとなかなか頭の中から離れない。
 彼女のことならずっと考えていたい。
 だけど、それではこれから自宅でやることが手につかないのは目に見えていた。
 いけない、と頭を左右に振って鈴仙でいっぱいになっていた頭の中をとりあえずすっきりさせる。
 …………うん、ある程度すっきりしたような?
 いまいち確証は持てないが、先ほどよりは雑念がないように思えた。
 ふと、眼下に広がる魔法の森。
 その森で小さく開けた空間が目に入った。
 いつもなら別段なんら不思議には思わない空間。
 だけど今は違う。上空から見ても判るが、その空間に何かが倒れていた。
 最初は倒木か何かかと思ったが、それは背中に大きな黒羽が対になるよう生えていた。
 たぶん、行き倒れか死体かだろう。
 死体だったら面倒だな、と思いながら行き倒れの可能性もあるので私は慎重にその開けた空間へと降りる。
 木々が鬱蒼と生い茂った森へと降り立つと、まるで別世界のような暗く湿った空気が漂っていた。
 大空を隠す無数の葉に遮られ太陽の光は少なく、さらに今日は曇り空ということで不気味なほど暗かった。
 降り立った場所は周囲より木々が少ないが、胞子と瘴気で充満しており慣れない者には一分一秒でもいたくはない空間を作りだしていた。
 さらにいくつか木が腐っており、臭いも酷かった。
 倒れた木もいくつかあり、危険な場所。
 そこで倒れている一羽……いや、一人の女の子。
 緑のリボンを背中まで伸びた癖の強い漆黒の髪につけ、背中には真っ白なマントが黒い翼を少し隠していた。白のシャツに黒いフリルがついたスカートを履いている。とても健康的な肌を持っているが右足には溶けた石で雑に作ったような物を履いていた。
 近づいても反応はない。
 死んでいる?
 そう思った矢先、
「……う〜ん」
 とうめき声が女の子から漏れた。
 どうやら行き倒れのようだった。
 面倒な方面へと行かず、とりあえず胸をなで下ろす。
 それならばやることは一つ、と足は地面につけずに浮いたまま、膝を折り衣服が地面につかないように屈む。
「ねぇ、大丈夫?」
 先ほど反応を示した女の子の黒い翼には触らず、肩に手を置いて静かに揺らしながら声をかける。
 するとすぐに反応が返ってきた。
「うう…………うっ?」
 女の子はうつ伏せになっている体をもぞもぞと動かし、両腕で地面を突きながら背中にある羽ともども起きあがる。
 次に女の子はキョロキョロと周囲を見回して状況を理解しようとしている。
 大人びた容姿だが、なんだか雰囲気のせいか子供っぽく見える。
 服は腐葉土や泥がついていて汚れている。彼女の胸には大きな真っ赤な瞳がついていて、私はそれを見つめる。
 しばらくしても寝ぼけているのか反応が薄い。
 私のほうにはまだ気づいていないようだ。
「ねぇ、大丈夫?」
 もう一度同じ台詞で話しかける。
 すると少し間を置いて女の子が振り返り。
 視界が定まっていないのか、しばらく私の顔なんとも言えない曖昧な表情で見つめてきた。
「えっと……貴女、大丈夫?」
 三度目の問いかけ。これで何かしらの反応を示してくれないと対応に困ってしまう。
 気まずいような空気が周囲を漂い、暗い湿った魔法の森がさらに重苦しくなっていることが判る。
 早く何か言ってよ、と懇願する思いが強くなる。
 その時、
「……あッ! 見つけた!!」
 女の子はそう叫び、突如として飛びかかってきた。
「へっ? きゃっ!!」
 突然のことなのですぐさま反応することができずに、流れるまま女の子が私の体に当たる。
 勢いが良かったのか、それともこの女の子の力が強いのか、押されるような形で姿勢が崩れ、そのまま湿った柔らかい腐葉土の地面へと倒れてしまう。
 元々茸が育つだけあってか、地面は柔らかく腐葉土も合わさって背中から倒れてもあまり痛みはなかった。
 ただ全身に湿った気持ち悪い感覚が付着してきたのが判る。
 お気に入りの服は確実に全滅。毎朝手入れしている金色の髪の毛も見えないが泥だらけだろう。
 ああ、洗濯物が増えてしまった。帰ったらお風呂にも入らないといけない。家事と面倒ごとが増えたことにため息が心の中で出る。
 冷静に現状を悲観していると抱きついてきた女の子が顔を上げて、子供のような双眸をキラキラと輝かせながら声を出した。
「見つけたわ! ずっと探していたの!」
 そう言ってくる女の子。
 とりあえず害はないように思えた。
 しかし、探していたとはどういうことだろうか。
 私はこんな女の子と面識はないはずである。
「声しか知らなかったから、探し出すのが大変だったし、お腹も空いて動けなくなったからもうダメかと思ったわ!」
 一方的に喋りたてる女の子。
 声しか知らない? どういうことだろうか。
 そういえば、この子の声はどこかで聞いたことがあるような。
 どこだったっけ? うーん、いまいち思い出せない。
 喉まで出かかっている歯がゆさに頭を傾げる。
「あッ! その人形可愛いね! お燐の言った通り欲しくなっちゃうな!」
 女の子は上海人形を見ながら私を無視するように楽しんでいた。
 その前にお燐って誰だろう。なんか聞いたことのある名前だけど。
 それに、確か魔理沙が地底の異変を解決しに行った時の首謀者の声に似ているような……。
「あのね、あのね! お願いがあるの!!」
 私の疑問が解決する前に、女の子は話題を切り出してきた。
 木々の間から見える空は、先ほどよりも濃い灰色の雲が多くなってきた。




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