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     ☆


 白狼天狗の私――犬走椛は自分で言うのもなんだが優秀な部類だと自覚している。
 白狼天狗の主な仕事は妖怪の山の警備、及び哨戒となっている。
 さらには雑用や天狗同士のトラブル解決にも呼ばれる下っ端な天狗である。
 その中で私は刀の扱いや肉弾戦、弾幕戦まで他の白狼天狗よりは実力がある。
 もちろん自惚れではなく、上司の鴉天狗では私より強い者がゴロゴロ存在していることは認識をしている。
 さらに上司である射命丸文の新聞制作の手伝いをさせられ、自然と文章の書き方というのも覚えたので、変な知識もついてしまった。
 立場も十二分に理解しているので上司に対してそれなりの敬意を払っているので、文以外の鴉天狗によく呼び出されて雑用を任されることが多い。
 便利屋、と言ってしまえばその通りである。
 元々白狼天狗というのはそういう存在だ。
 その中でも重宝される存在のようで、引っ張りだこになり、感謝されることが多々ある。
 誰かが私を求めてくるのは好きだ。
 自分が存在している意味を見いだせるから。
 ただ、そういうのを気に入らない者もいるようだ。
 一部同僚からは上司に媚びていると言われ、一部上司からは出しゃばっていると鬱陶しがられている。
 別に私は媚びているつもりはなく、必要とされているから手伝っているだけで、出しゃばっている訳でもない。
 そう思っても相手が理解してくれる訳ではない。
 だから、嫌がらせなんていうのはたまにある。
 同僚の嫌がらせは軽く懲らしめるだけで済むが、上司である鴉天狗の嫌がらせは対応が難しい。
 部下が上司を懲らしめる訳にはいかず、とりあえず顔見知りの鴉天狗へ報告して対応してもらってはいるが、逆恨みしてくる場合が多いので面倒である。
 そういう時は大抵嫌がらせというよりかは暴力など直接的なことが多い。
 それでも私は変わりない日常を過ごしていた。
 その日も何気ない一日を過ごす予定であった。
 襟のついた真っ白な身頃を身にまとい、そこから赤色の紐で結ばれ繋がっている袖は、風に揺られて少し靡く程度の余裕を持ち。
 身頃と袖の間から見える黒色の長襦袢は冬場には寒さを抑えてくれる必需品。
 黒色を基調とした袴は裾周辺が紅色で塗られ、所々に舞うように描かれている紅葉は鮮やかに彩られている。
履きなれた朱色の一本歯下駄や頭禁を身に着け、いつものように仕事をこなしていたある日。
「おい、犬走」
 男の声に呼ばれて振り向くと同時に顔を殴られたのは昼前だった。
 細かい雪が降り始め、幻想郷を私の髪の色と同じく徐々に白く染め上げている季節。
 肌寒く、空気が乾いている世界は文字通り幻想的だった。
 哨戒の仕事も終わり雪道を歩いていた時だったので、油断していたこともあり、そのまま地面へと倒れてしまう。
 殴られた時には口の中を切り、さらに薄く積雪した地面からは草や石が顔を出していた為、倒れた時に頬を切ってしまう。
「おお、勢いよく行ったな」
 揺れる意識に戸惑っていると、男の声が頭の上から聞こえてきた。
 二重にぶれていた視界が戻ってきたので、その声がした方向へ顔を向けると、見たことのない天狗の男が立っていた。
黒色を基調とした山伏装束を身にまとい、私と似たような一本歯下駄を履いている。
身なりが整っており、見下した瞳で私を見ていた。
 面識はない。
 誰なのか。
 そう疑問に思い男を見ていると視線が重なる。
「何見ているんだ……よッ!!」
 言いながら男が右足を動かした。
 蹴り!?
 思うと同時に男が私の顔へ向かって一本歯下駄の底を突きだすように蹴ってくる。
 これを受けては怪我だけでは済まない。
 私は反射的に頭を上げる。
 一本歯部分が頬をかすめるが、下駄の底部分が頬に直撃した。
 鈍い音が頭の中で反芻し、視界が再度ブレる。
 耳鳴りで周囲の音が消え去り、意識が痛みで歪む。
 悲鳴も上げることはできず、薄い雪が敷かれている地面へと叩きつけられた。
 痛い。
 致命傷を避けられたが、蹴られた頬の痛みが意識を乱れさせる。
「見ろよ、あの犬走があのザマだぞ」
 複数の嗤い声が聞こえてくる。
 耳障りな声。
 霞む視界の中、満足したのか男たちはその場を去ってしまう。
 取り残されたのは地面に倒れる私だけ。
 痛みがまだ残る体を起こす。
 なぜ殴られたのか理由も判らないまま。
 血の味が口の中に広がり、吐き出すと白い地面へ赤い染みがつく。
 男たちの姿はまだ見えているが、追いかける気はなかった。
 追いかけて捕まえようにもそういう輩に関わると面倒ごとへ発展することは予想できた。
 相手は鴉天狗。
 上下関係がはっきりしている天狗社会では、下の者はぞんざいに扱われることが多い。
 昔と違ってそこまで露骨ではないが、やはりそういう関係は僅かにだが存在する。
 特に、私はよく嫌われている。
 存在自体が頭に来ると言われることがあるので、今回もそれに近い理由だろう。
 だから追いかけてもどうしようもない。
 捕まえて殴り返すなんてできない。
 殴ったらそれに付け込まれてさらに面倒なことに発展するのは目に見えていた。
 なら相手が満足するまで殴ってくれたほうがいい。
 殴られ慣れた思考。
 自分でも楽観的で少し異常な思考だと思う。
 だけど、誰にも迷惑をかけない。
 私だけで済む。
 殴られたことに対して怒りすら覚えないのは、私の中で何か壊れているのではないだろうか。
 慣れというのは判断を鈍らせる。
 肉弾戦に慣れてしまっているのもある。
 自分が傷ついても、特に問題がないから。
 口や頬を切ってもこの程度なら痛みにもならない。
 唾をつけておけばその内治るだろ。
 だから問題ないし、誰も気にしないだろう。


 そう思っていたが、気にする者もいた。
「椛、動かないでよ」
 白色の絨毯が敷かれた床に座りながら、隣にいる女性は消毒液で濡らした布を持ち私の頬を拭こうとする。
 淡い桃色のパフが両肩についた長袖のシャツをまとい、首には黒いネクタイが巻かれている。
 スカートは黒と紅の市松模様が描かれ、髪型は茶色の髪の毛を頭の左右でそれぞれ纏めている。
 黒い長靴下を履き、細長い足は女性的で同性の私でさえ羨ましく思えるほどだった。
 顔だちも女性的で、控えめな香水の匂いが鼻孔をくすぐってくる。
 彼女は姫海棠はたて。
 私の上司である鴉天狗……なのだが、少し他の鴉天狗と違う。
「なぁ、はたて。別にそんなことしなくていいって」
「何言っているの! 消毒しないと破傷風とかにもなっちゃうかもしれないわよ!」
「心配し過ぎだろ……いっ」
「あっ、ご、ごめん、痛かった?」
「いや……大丈夫だ」
 会話の通りにとても上司とは思えないぐらい私に親しく接してくるのだ。
 鴉天狗は先ほど私が考えている通り、私を手下程度しか思っていないので、はたての態度は普通はありえない。
 ちなみに私のなれなれしい喋り方もはたての希望で、敬語を使うと子供みたいに不機嫌となる。
 そんな奇妙な上司の自宅を訪ねた途端、彼女は私の顔を見ると酷く驚いたと思ったら、引っ張られ無理矢理床に座らされた。
 そして今の状況に至る。 
 傷口を消毒するなんて滅多にしないので、傷口に染みる感覚は慣れていなかった。
 情けない声を上げないために気をつけていたが、はたてとの会話中だと油断してしまうのは気をつけなければ。
 唾をつけていれば……なんてことを言えばはたてが怒るのは予想できるので黙っておこう。
 無駄な抵抗はせず、彼女の治療を受けるしかないかな。
 何もできずに暇なので視線を四方へ動かしながら部屋を見回す。
 彼女の自宅は玄関を入るとすぐに居間があり、広さは十二畳程度と少し広め。
 玄関から右側には小窓があり、そこから陽の光が入り込み、物足りない明るさが部屋を照らす。
 室内には新聞記者である彼女の仕事机に、書いている新聞のバックナンバーがまとめられたファイルや資料の本が収まっている本棚、彼女のスカートと同じ柄の布団があるベッド、台所とその横に用途は判らないが河童印の四角い箱型の機械、そして白色の絨毯に似合わないがちゃぶ台が置かれている。
 パッと見てゴミが落ちておらず、よく掃除されている清潔な部屋。
 暖色のカーテンや飾りも多いので、女性らしい雰囲気を醸し出す。
 男勝りな私とは正反対で羨ましい。
「……それで殴った奴は誰か判らないの?」
 するとはたてがちゃぶ台に置かれている救急箱からガーゼを取り出しながら、確認するように訊いてくる。
「ああ、知らない相手だった」
「そっか……とにかく何かあれば私に言ってよ、次はそいつにガツンと言ってやるわよ」
 彼女は握り拳を作りながら力強く言う。
 しかし、華奢なその体つきで言われても説得力がなく、つい笑ってしまう。
「ははっ、無理はするなよ。そんな細い体で言いに行ったらお前が怪我するだろ」
「でも、椛が傷ついているのに何もできないなんて」
「別に仕返しをして欲しいって訳じゃないさ、いつものことだし殴り慣れているからな」
「慣れているって……」
「殴られる瞬間に顔を逸らして相手の力を受け流すんだよ。すると痛みが半減するんだ」
「何簡単に言っているのよ」
「慣れると簡単だぞ、いてっ!」
 するとはたてが消毒した頬に、テープを貼ったガーゼを乱暴に張り付けてきた。
 平手打ちされた。
 冗談で言ったつもりだったが、彼女はお気に召さなかったようだ。
「バカ言わないでよ!」
 不機嫌な声色を発しながら、乱暴に救急箱の片づけをする。
 どうやら手当は終わったようだ。
 頬に貼られているガーゼを軽く撫でる。
 若干の痛みがある程度で、なんの問題もない。
 口内の出血も治まり、舌で触れても血の味はない。
 ふと、はたてへ視線を向けると、彼女は救急箱を部屋の隅に片づけていた。
 私なんて放っておいてもいいのに、この上司はなんでここまでしてくれるのか。
 変な上司。
 いつも思う疑問。
「まぁ、手当てが面倒だったら行ってくれよ」
 軽くはたてへ言う。
 すると彼女が振り返り、また不機嫌な表情を作っていた。
 そして大股で私の前に移動してくると、膝をついて視線を私に合わせる。
「面倒じゃないわよ、というか手当てしないと貴女は放っておくじゃない」
「面倒だからな、あたっ」
 言った瞬間に額を軽く叩かれた。
 なぜ叩く!?
 突然のことに戸惑うと、眉間にシワを作っている彼女が、じっ、と視線を重ねて言葉を続けた。
「そこから悪化したらどうするの」
「そんな柔な体じゃないんだがな」
「言い訳しない! 面倒だったら私が手当してあげるから来なさい!」
「わ、判ったよ……」
 強めの声色と睨みつけるような視線の迫力に圧され、勢いで頷いてしまう。
 別にいいのに。
 だがそんなことを言ったら絶対同じ問答を繰り返す可能性が高いので、黙っておこう。
「よろしい」
 私の言葉を聞くと、はたてはとても満足した笑みを作りながら腰を上げ、仕事机へと移動する。
 部下思いの上司、という訳ではない。
 彼女からは上司という雰囲気が感じられない。
 別に見下しているとかそういう訳ではない。
 どちらかというと親しみやすい雰囲気。
 上司の家にいるにも関わらず、落ち着けるのはその証拠だろうか。
「それで椛、貴女はどうする?」
「どうするって?」
「せっかく来てもらって悪いんだけど、締め切りが近いからこれから記事を書かないといけないのよ。別にいてもらってもいいけど、特に話しとかできないわよ」
 椅子の背もたれに片腕を置きながら、はたては頭を傾げて訊いてくる。
 ふむ、それは大変だな。
 邪魔になるんだったら帰ったほうがいいだろうか。
 だが私がいても彼女は特に問題ないようだ。
 仕事が終わってここにいるから、自宅に帰るしか選択肢がないので、その言葉に甘えようか。
「じゃあ、しばらくはたての昔の新聞を読ませてもらっていいか?」
「別にいいわよ。そこの棚にあるから好きに読んで」
「ああ、ありがとうな」
「いえいえ」
 そう言って彼女は仕事机へ体を向け、椅子に座り直した。
 静かにしないとな、と思いながら彼女が指さした本棚へ近づき、折り畳まれているバックナンバーを調べる。
 新聞紙には一つずつ厚紙がつけられており、日付ごとに並べられていたのでまだ読んだことのない物を無作為に選ぶ。
 花果子念報――それがはたてが発行している新聞だ。
 昔は売り上げがあまりよくなかったようだが、現在では彼女の努力が実ったのか売り上げを徐々に伸ばしているらしい。
 人間の里周辺の記事が多いため、人間の購読者が多いのはもちろん人間に興味がある妖怪の購読者も徐々に増えている。
 文章も下手な言い回しなどをせず読みやすさを重視しているのも受けがいい。
 私も彼女の記事は読みやすいので好きだ。
 選んだ新聞の発行日を見て、私が読んだことのない記事がある日付だということを確認する。
 はたてへ視線を向けると、彼女は鉛筆を握りしめながら記事を書き始めていた。
 外に雪が積もっているせいか、鉛筆の音だけが部屋に響いていた。
 邪魔しないよう、静かに歩きベッド近くの床に腰を下ろし、ベッドにもたれて新聞紙を広げる。
 もう一度はたてへ視線を向けるが、集中しているようで先ほどの姿勢から変化はない。
 鉛筆の音だけが響く静寂。
 視線を新聞紙へと向け、読み始める。
 他にやることがないというのは本当に集中できた。
 人間の里の事件、妖怪の山の日常、両方の交流。
 時間を忘れて記事を読みふける。
 会話がない空間。
 だけど、居心地のいい空間。
 相手がいるからと気を使って話し続けるという行為は、私にとってあまり好きな関係ではなかった。
 相手を暇にさせないように話しかける。
 別に悪い関係ではないと思うが、それはなんだ強要されているように思えた。
 必要がない時は会話をせず、無言でも気にならない関係が個人的に好きだ。
 はたてとはそんな関係を作っている。
 相手を気にしなくても問題ない安心感。
 あまりにも居心地がいいので、私は結構自由にやってしまうことがある。
 そもそも家の中は河童印の暖房器具が効いているので、外で雪が降っていようと関係なく暖かく過ごしやすい空間を作っていた。
 床に敷いている絨毯も柔らかく、すぐ横になりたくなる。
 新聞を読んでいると長時間同じ姿勢を続けるので、体の向きを無意識の内に変え、いつの間にか横になって読んでいることも多い。
 他人の自宅でやっていいような姿勢ではないと判っているが、特に文句も言われないし、くつろぎたくなるので仕方がない。
 どれくらいの時間が経過したのか判らないが、取り出した新聞を読み終わった頃には大分目が疲れていた。
 もう一部読もうかと考えていたが、仕事の疲れやゴタゴタのせいなのか急に体の疲れが出てきた。
 眠い。
 非常に眠い。
 横になっているせいだろうか。
 眠い。
 新聞紙を折りたたみ、体を起こさず床を這ってちゃぶ台へと置く。
 体を起こして次の新聞を持ってくれば目が覚めるか。
 いや、なんだか体を起こすのも億劫だった。
 これはなんとかしなければ寝てしまう。
 さすがにはたての家で寝るのは気が引ける。
 下手に寝てイビキをかいてしまったら迷惑をかけてしまうし、何より迷惑だろう。
 別に寝るつもりはない。
 ちょっと瞼を閉じて休ませるだけだ。
 そう思っている時は大半が思い通りに進まない。
 判っているが、どうしても瞼を閉じたい。
 少し、ほんの少しだけ休むだけ!
 そう決意して瞼を閉じた時には意識が落ちていった。


 夢は特に見なかったと思う。
 ただ、体に何かが乗せられる感覚があって、意識が朧気だが戻ってきていた。
 瞼を少しあけると視界の下半分を何かが遮っており、それは私の体の大半を覆っている。
 柔らかさから考えると羽毛布団が妥当だろうか。
 なぜそんなのが私にかかっているのだろうか、という疑問はぼんやりと視界に映った者により、おおよそ理解できた。
 はたてが毛布をかけてくれている。
 視線は足のほうを見ているので、私が起きていることには気づいていない様子。
 うーん、しまった。
 ほんの少し休むつもりが彼女の仕事の邪魔をしてしまったようだ。
 彼女も彼女で私を放っておいてもいいのに。
 こんな暖かい部屋なら風邪を引く可能性も低い。
 ただ、そんな思考もまどろむ意識と柔らかい布団の感覚の組み合わせの前にはすぐに瓦解してしまった。
 頭が働かず、もう一眠りしたくなってくるほど。
 申し訳ないがどうせならこのまま寝てしまおうか。
 言葉を発すると眠気が吹き飛んでしまうかもしれない。
 後でお礼を言っても問題ないだろう。
 というか非常に眠い。
 瞼が自然と閉じられる。
 眠い。
 瞼を閉じ、意識を眠りへ落とそうとする。
 はたてが傍にいる気配。
 布団越しでも伝わってくる存在。
 なんだか先ほどよりも落ち着ける。
 意識が徐々に落ちていく。

 ふと、頭に何かが触れる。

 落ちそうだった意識が少し戻ってきた。
 頭に触れているのはなんだろうかと疑問に思っていると、それは撫でるように静かに動いた。
 髪型を崩さないように撫で、伝わってくるのは温もり。
 恐らくはたての手だろう。
「ふふっ」
 彼女の笑い声が微かに耳朶を打つ。
 可愛らしい声。
 私になんて構っていて、原稿は大丈夫なのか。
 そんな問いかけを出すのも無粋だと思える瞬間。
 心地よい時間。
 落ち着ける感覚。
 嫌いじゃない空間。
 子供の頭を撫でるような優しい動き。
 瞼を閉じているが彼女は今微笑んでいる気がする。
 できれば見たいが、ここで瞼を上げたら確実に彼女の視線と重なってしまう。
 そんなことになったら気まずいことになるのは間違いない。
 それだったら寝たふりをしてこの時間を楽しもう。
 鉛筆の音の代わりに彼女が頭を撫でる僅かな音が響く。
 素直に幸せと思える時間。
 彼女がなぜ私の頭を撫でるのか、という疑問が頭を一瞬横切ったが、特に気にならない。
 これはこれでいいか。
 不満は微塵もなく、ただ心地よい。
 頭を撫でられて喜ぶなんて、私は犬かな。
 狼なのに。
 今なら犬でもいいかな。
 はたて。
 彼女を思い浮かべながら、意識が落ちていく。

「どーもー、清く正しく射命丸文です!!」

 何かが乱暴に開かれる音と同時に響いた喧しいほどの声量が静寂に響いた。
 静寂の中での爆音なので落ちたはずの意識が弾け飛ぶように舞い戻る。
 どこかで聞いたことのあるイヤに明るくて高い声色。
 反射的に瞼を上げると、隣にいたはたてが酷く驚いた表情で玄関側へと顔を向けていた。
 そして慌てて玄関へと駆け寄る彼女の後ろ姿を布団で半分隠れている視界で追うと、雪降る世界を背景に女性が玄関に立っていた。




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