幻想郷――過去・現在・未来から別れた場所。人間や妖怪、幽霊が暮らす世界。 不可思議なことが日常的に起き、それが日常だと思い、全ての生き物は日々を気楽に過ごしていた。 そんな幻想郷の人間の里から近い場所にある森。 幻想郷では、そこを『魔法の森』と呼ぶ。 森の中には大小カラフルな無数の化け物茸が生えており、その茸から出る大量の胞子と瘴気が森を包む。 人間はまったく近づかず、妖怪さえ滅多に近づかない。 湿度は高く、陽の光さえ少なくいつも薄暗い場所。 そんな寂しく不気味な場所を歩く人影。 しかし、それは人の姿をしていても人では無い。 輝くような金髪。他の人より薄っすらと肌の色は薄く。人形のような容姿。 人影の傍にはもう一つ漂うように浮かぶ小さな影。 それはとても小さく、その人影の頭ほどの大きさしかない。 人影と同じように金髪の髪を靡かせながら頭と胸に大きな赤いリボンを靡かせている。 「買いすぎたかな……」 人影は呟くと腕で抱える紙袋に目線を落とす。 紙袋の中には人間の里で買った、野菜や米、小麦粉や牛乳など様々な食料品が無理やり入っている。 彼女は『七色の人形遣い』と呼ばれる者――アリス・マーガトロイド。 容姿は人間そのものだが、実は魔法使いである。 見た目が若くても、実際何百歳も歳を取っている場合もある。 別名の通り、彼女は人形を遣う魔法使いであり、傍を漂っている小さな影は彼女が使う人形の一つ、上海人形である。 彼女たちは現在、魔法の森にある自宅へと向かって歩いている。 「そういえばさっき魔理沙が見えたけど、何やっていたのかしら?」 傍を飛ぶ上海へと視線を向けると、判らない、とフルフルと首を横へと振る。 「……大方、茸を漁っていただけだと思うけど」 自分と同じ、魔法の森に住む人間の姿を思い出しながら、歩を進めると視界に薄っすらと見慣れた自宅が見えてくる。 「…………?」 いつも通りの見慣れた自宅が見えているのだが、いつもと違うのが一つ。 「――ません、誰か居ませんか? すいませーん」 自宅の前にドアをノックしながら立つ影が一つ。 踵近くまで伸びた雪のように白い髪。幻想郷ではあまり見たことの無い服装。 それだけならちょっと変な格好をした人間に見えるだろう。 しかし、一つ余分な物があった。 頭から二つ、白い何かが伸びている。 記憶に違いが無ければ、あれは恐らく兎の耳だろう。 「……うう、どうしよう。お腹空いた……」 兎耳のソレ≠ヘお腹を押さえて地面へとへたり込んでしまう。 以前、見たことのある姿だが、いつ出会っただろうか。なんかあまり関わりたくない。 でもさっさと家に帰りたいから喋りかけるしかないのか。 「……ねぇ、私の家に何か御用かしら?」 アリスが目の前のソレ≠ヨと声を掛けると、ソレ≠ヘビクッと一瞬体を震わせ、恐る恐るアリスへと振り向く。 瞳が兎のように赤い。その瞳に涙を浮かべながらアリスを見る。 「あれ、貴女は……」 その顔には見覚えがあった。 「貴女は……以前、永遠亭に来た……」 向こうも覚えているようだ。 アリスは必死に名前を思い出そうとするが、思い出せない。というか名乗っていなかったような気がする。 他の誰かが名前を言っていたような……。 「えーと……そうだ! ウドン!」 「ウドンじゃないわよ! 優曇華院よ!」 優曇華院と名乗ったソレ≠ヘ眼を見開いてアリスと目線を合わせた。 その赤い眼と目線が重なった時、アリスは言い知れぬ嘔吐感に襲われ、足の力が抜ける。 「あ……れ……?」 そんな気持ちなのに、アリスはその赤い眼から目線を外せないでいた。 「……あッ! ご、ごめんなさい!」 何かに気づいたように、優曇華院と名乗る女性は赤い眼を離した。 「ごめんなさい、つい感情的になって……」 「……なんで、貴女が謝るのよ」 先ほどまであった不快感も突然消えた。 心配するように上海が周りを飛ぶ。 「えっと、貴女の名前は……なんだっけ?」 いつまでも頭を下げ続けるので、話題を進める。 その思惑に成功したのか、優曇華院と名乗るそれは、顔を上げると自分の名前を名乗った。 「鈴仙……鈴仙・優曇華院・イナバよ」 出会い、そして再会だった。 |
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