万年竹が周囲を埋め尽くし、幾重にも重なる笹は天然の天井のようにも見える。 陽の光が地面にはまったく落ちることはなく、薄暗い湿った地面を踏むたびに気持ち悪い感覚が足の裏から伝わってくる。 まるで隔離されたかのようなこの空間、時間が止まっているかのようにも思える竹林。 土地勘がある者にはなんともない竹林、だけど慣れぬ者には彷徨い続ける迷路となる。 ここは迷いの竹林と呼ばれる場所。 等間隔に規則正しく生え揃う竹は十歩先の視界さえ遮ってしまう。 出口のない感覚に陥り、人の不安を作り出す場所。 そして弱まった者を喰らい尽くすと言う恐ろしい竹林。との根も葉もない噂が流れるほどの場所だが、道に迷いやすい以外はあまり危険なことはない。 妖怪でさえ迷子になりやすいこの竹林はある意味安全な場所である。 そんな誰もよりつかない竹林を奥へとまっすぐ進むと、それに出会えるかもしれない。 竹林の中に同化するようにひっそりと、時が止まったかのような雰囲気を持つ日本家屋の屋敷――永遠亭に。 いつ頃からあったのか判らないほど昔からあるが、外装、及び内装は新築同様に手入れが行き届いている。 初めて永遠亭を見た人間はその幻想かと思える屋敷に怖気づいてしまうが、戻ってまた迷子になることを恐れて渋々屋敷内へと足を踏み入れる。 ある意味、この竹林の終着点でもある永遠亭には人間は住んでいない。 「――――てゐ〜、てゐ〜」 屋敷の中に、透き通るような女性の声が響く。 声の主は、白のカッターシャツ、青いスカートを靡かせながら、薄紫色の髪を膝まで伸ばす。それだけなら奇妙な服を纏った女性に見えるのだが、彼女の頭から二つの細長く変にシワが入った兎の耳が生えているのだ。 彼女はこの永遠亭に住む妖怪兎の一羽、鈴仙・優曇華院・イナバである。 整った顔立ちは同姓さえも振り向かせるほどの自然な美しさを持っているのだが、彼女にはそんな自覚はなかった。 キッ、と古くなった床板を踏み鳴らしながら誰かを探しているようだ。 その声を聞いて、二羽の兎がとてとてと廊下の先から鈴仙へと駆け寄ってくる。 「どうかしましたか?」 「どうかしましたか?」 重なるように鈴仙に問いかける二羽の兎。 まるで鏡に写ったような錯覚に陥るほど二羽の兎はそっくりな容姿をしていた。 肩まで伸ばした黒髪に、人間の子供のように丸みを帯びた頬。 唯一違いがあると言えば、彼女たちの耳がある。 一羽は、右耳が常に曲がっており、左耳はピンッとしっかり立っている。 もう一羽はその逆で、左耳が常に曲がっており、右耳はピンッとしっかり立っている。 右耳が常に曲がっているほうを『う』。 左耳が常に曲がっているほうを『さ』と呼ばれている。 なんとも安直な名前だが、本人たちはその名前を大層気に入っている。 この二羽は常に一緒にいるため、耳を布などで隠されるとどっちがどっちだか判らなくなることが多い。 「てゐを知らない?」 鈴仙が二羽に探している兎のことを問うと、二羽は顔をお互い合わせて確認を始める。 「てゐ隊長?」 「ねぇ、知ってる?」 「どこかに出かけたと思う」 「どこだろう?」 「あ、ほらあそこだよ」 「あそこ? あぁあそこね」 まるで一羽が独り言のように喋っているやりとり。 二羽は声まで同じだからややこしい。 だがこの二羽はいつもこんな感じであるため、鈴仙は慣れている。 「で、てゐはどこなの?」 「主様に会いに行きました」 「主様に会いに行きました」 「あるじ……さま?」 二羽の言葉に鈴仙は首を傾げる。 『主様』という単語は永遠亭では普段使われていない。 永遠亭の主である八意永琳や、蓬莱山輝夜のことをそう呼ぶ者は存在しない。 では誰のことを示しているのか。 「主様、って誰のこと?」 「主様は主様です」 「私たちの主様です」 キャッキャと楽しそうに二羽は喋る。 二羽はお互いの会話の意味を理解しているようだが鈴仙はもちろん蚊帳の外。 容量を得ない会話は鈴仙を苛立たせるが、こういう二羽だと重々承知している。 鈴仙はひと息ついてもう一度言葉を繰り返す。 「だから、誰のこと?」 「だから主様です」 「主様、主様」 同じ答えしか返ってこないことに鈴仙はこの二羽から聞き出すのは骨が折れると、この先ある重労働に大きく溜息を吐くしかできなかった。 |
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