貴方は幽霊と魔法を信じますか?
 両方、昔から伝わるオカルトと呼ばれる部類に入る物。
 幽霊は死んだ人が未練を残して、魂だけが現世を彷徨う存在。
 魔法は様々な超常現象などを起こす不思議な力。
 信じる者も居れば、信じない者も居る。
 幽霊だと思っていたモノが幽霊では無く。
 魔法だと思っていたモノが魔法では無く。
 神様の悪戯によって弄ばれた少女との出会い。
 それが少年の何かを変えて、何かを失わせた。
 生き甲斐を探して生きる者。
 過去を探して過去に縛られる者。

 ――貴方は幽霊と魔法を信じますか?



 自分の名前は星川司、自称普通の中学生。
 深々と降る雪、新年が始まって半月。白銀の世界が一面に広がり、地面へと向かう太陽の光を反射させる。
 真っ白の雪のキャンパスを歩くと足跡ができ、その足跡にさらに雪がゆっくりと積もっていく。
「……うう……ざぶい」
 理不尽な寒さにぼやきながら、首を竦めて除雪されて造られた道を歩く。
 中学三年生になってからの新年。
 他の生徒は公立高校への試験などで慌しくなる時期だが、自分は至って落ち着いている。
 マイペースな性格であるために、高校入試試験前になっても慌てないのである。成績は自分的にはそれなりにいいので、慌てなくても十二分に合格できると言われている。
 そのため慌てず、ゆっくりと日々を過ごしていた。
 そんな慌てずマイペースな俺が到着したのは、バス停。
 バスが来るまでにまだ少し時間があるので、バス停の古びた待合所に腰を下ろす。
 自分が住む町から学校まではかなり離れており、夏場などは自転車を使い学校へと登校するが、雪が積もる冬場はバスを利用しないと行けないのである。
 しかもそのバスは一時間に一本と少なく、住んでいる町は田んぼばかり無数にあり家の数が少ない。言ってしまえばかなり田舎である。
 ザ・ド田舎。
 でも住み慣れた町が都会よりも一番住みやすいさ。
耳の中へと微かに響いてくる車両の音。音の響く方向へと視線を向けると、遠くから古びた緑色のバスが近づいてくる。
 もうそろそろ買い換えた方がいいんじゃないかと思うほどボロボロだが、そんな金が無いのは判っている。というかこの路線が残っているのが不思議なくらいだ。多分結構使う人が居るのだろう。
 オンボロながらも走るバスは自分が待つバス停の前で止まる。
 待合所から腰を上げると、開かれたバスの乗車入口へと歩を進め、顔馴染みの運転手へと軽く会釈してから乗車料を払う。
 かなり古いバスなので暖房器具などは古い物しか設置されておらず寒い。外に比べると幾分かましであるがやはり寒い。
 そんな文句を考えながらも、バスの後部座席へと視線を送る。

 そこには一人の少女が座っていた。

 バスの最後列にポツンと座っている少女。
 頂点にボンボンをつけた、耳あてニットキャップ。顔の半分を隠すマフラー。フード部分の毛が気持ちよさそうなダウンジャケット。その全てはクリーム色で統一されていた。
 深く被ったニットキャップと、鼻先まで隠したマフラーにより少女の顔は判らないが、頭から垂れる美しく流れる金髪が目立っていた。
 数日前から少女をバスの中で見つけ、気にしてはいたが他人と割り切り喋りかけることは無い。
 だけど、何かを、何かを忘れている気がする。
 バスの出口に近い座席へと座ると、バスは再び走り出した。



 一時間ほど経つと、乗客は増えてくる。と言っても座席はまだ空いている。
 客層は自分と同じ学生服を着た人間は数人居るが、やはり年配の人が多い。
 元々田舎で交通の便が悪いためか、この地を離れていく者が多い。そのためか小さな小学校や中学校は無くなり、人数が多い学校へと吸収されていった。
 そのために、自分はこんな長い間バスに乗って通学しないといけないのである。
 友人は高校生になったら都会の定時制の学校に行くと言っている者も多い。高校に受かったら一人暮らしをする予定である。
 外の風景はある程度建物は多くなり、田畑も少なくなってくるが、やはり田舎臭い風景である。
 代わり映えしない風景を見ていると、目的の古びた建物が見えてくる。
 この田舎町で一番大きな中学校。自分が通う学校である。
 バスは中学校近くのバス停に停車して、乗車出口が錆びたような音を出して開く。座席を立ち上がり、出口へと向かう。
 その時、最後列に座る少女が視線に入った。
 少女は窓の外をただ眺めていた。ただ眺めていると言うより、何かを探しながら見つめているように見えた。だけど、ニットキャップが目元まで深く被っているのでその視線が本当に外を眺めているかは判らない。しかし、あれでは外だけではなく、普通に見えないではないだろう?
 雪が踏み鳴らされたバス停へと降り、再び少女へと視線を向けようとすると――
「いようッ! 司!」
 背後からの声と同時に背中に張り手が一発。
「ふがッ!」
 一瞬前のめりになるが、すぐに耐性を立て直して勢いよく振り向くとそこに立つ一人の少年が居た。
 服装は司と同じ学生服を着ているが、安っぽいマフラーに毛糸の手袋を装備し、髪は短く切ってある。
「斎! 何しやがる!」
 わざわざ右手の手袋を外してから背中を叩いてきた、自分の同級生の斎。中学一年生の時からクラスが同じという腐れ縁である。
「ぼけーとしているからいけないんだぜ」
 にへらにへらと笑いながら斎は右手に手袋を戻している。
 まだ背中がピリピリする。冬場の刺激は痛い。
 すると停車していたバスは再びエンジン音を響かせながら発車した。斎ばかりに構っていたから。
「ほーら、さっさと行くぞ! 我らは雪国探検隊!」
 右腕をぶんぶん振りながら意味不明な言葉を言い、斎は学校へと向かって歩き出す。
 ツッコム気も無くなり、学校へと向かって雪道を歩き出す。



 三年の今の時期になると、授業はあって無いような存在である。
 他の学生は受験で忙しく教師も判っているので授業は自習に近い時間になっており。私立推薦の者は寝ているか遊んでいる。
 公立入試試験を受ける者は必死になって勉強している。
 自分も一応勉強はするが、もう勉強することが無いので困っていたりする。もう十二分に勉強したから覚えることが無い。
 前の席に座る斎は、机に噛り付いて受験勉強をしている。
 頭がそんなにいいのなら、もっといい高校を受けろと言われたが、実家に近く、田舎では無いが都会とも言い難い高校を受けた。
 あまり地元から離れたくない。それが自分の思いだった。
 両親も両親で過保護であったために、あまり遠い場所に行くことを懸念に思い、なんとか許可をもらった場所である。普通、もっといい学校に行けとか言うのが普通ではないだろうか?
 とてつもなく暇である。
 窓の外へと視線を移すと、雪は止み、雲の間から陽の光が差し込んでいた。



 同じような授業が続き、あっという間に下校時刻となった。
 斎は塾があるらしく、早々に「塾イェーイ!」と馬鹿みたいに騒いで行ってしまった。
 帰るつもりだが、今行くとバスが混雑する可能性が高いのでしばらく時間をずらしてから帰ることにしている。
 外の風景を窓枠に手を置きながら見ていると、生徒用玄関からぞろぞろと帰宅する生徒たちが出て行く。恐らくあの中に斎が居るのだろうが探す気なんて毛頭無い。
 生徒たちは各々の防寒具を身につけながら、友達と喋りながら正門へと向かい、恋人みたいに男女ペアで歩いているのも居る。おっと、雪合戦を始めた集団も居る。
 ぼんやりと人の波を眺める。
 大半の人間はこの中学校周辺に住む生徒だ。しかし、中には自分のように遠出をしている生徒も少なくは無い。
 その地方の生徒は大半がこの田舎町を抜けたいと思っている。だが何故だろう、そうとは思わない。
 やはり交通の便や店舗の少なさに苦労するが、慣れてしまうと自然が溢れる美しい場所である。そのためだろうか、自分はこの町が好きだ。
 その後三十分ほど帰路に立つ生徒の姿は続き、一時間ほど経過するともう殆ど人が居ない。居るとしたら体育館などの建物から部活の声が聞こえてくるぐらいだ。
 さて、そろそろ帰るか。
 ポケットから以前メモをした中学校前のバス停の時刻表を見る。それから廊下から扉越しに教室の時計を見て、あと少しでバスが来ることを確認する。
 リズムよく階段を下り、製糖用玄関へと向かう。その間に生徒とは出会わず、本当に静かな空間である。
 上履きから靴へと履き替え、雪が積もる正門への道を歩く。その雪道は下校した他の生徒たちの足跡が無数にくっきりと残っていた。午後は一度も雪が降っていないために、道は踏み鳴らされ歩きやすい。
 バス停へと到着すると、タイミングよくあのオンボロバスがこちらに向かってきた。
 目の前に止まるとバスの乗車口が開く、朝とは違う運転手の男性がこちらを見る。
 バスへと乗り込むと朝と同じように料金を払う。
車内は十人ほど乗っており、大半が老人だった。老人ばかりだと思って車内を見回すと、最後列に、
「……すー……」
 朝と同じように重装備のように防寒具を身に着ける少女が寝ているのが見えた。
 珍しい、帰りのバスで見たのは始めてだ。
 そう思いながら、朝に座った席に近い場所へと座る。
 座席へと座ると最後列で寝ている少女へと視線を向ける。
 ウトウトと頭を揺らしながら少女は眠っていた。
 ――なんだろうか、何かを忘れている気がする。
 深く思案するが何も思いだせない。喉の辺りで引っかかっているような感覚だ。
「……ん」
 そういえば今日の授業は珍しく全て起きており、座席に座ったら突然眠くなってきた。
 まだ時間があるし、少し寝ることにするか。
 鞄を抱えるように持ち、目を閉じると、すぐに深い眠りへと落ちた。



 ――――深い眠りだった。
 ぐっすり寝られて少し満足だ。
 背筋を伸ばして眠気を覚ます。あれ、何か忘れているような。
 …………。

 …………ぐっすり?

 …………ッ!
 一瞬の思考。
 眠気は一気に吹き飛び、窓から外の風景を見る。
 風景を見て現在位置を確認するが、見たことの無い風景が窓の外に続く。
 ……完全に寝過ごしたな。
 失敗した。この路線は一時間に一本の時間が殆どである。そうなると戻るとなっても一時間近く待たないといけない。
『次は――。――です』
 バスのアナウンスで次の停留所の名前が聞こえる。降りる予定の駅から三つほど先の停留所の名前だ。
 たった三つと言うが、田舎のバスである。その間がもの凄くあるためにバスでも時間が掛かる。この季節だと歩いていくと余計時間が掛かるし、異常に体力を使うはずだ。
 バスは停留所に止まると、乗車出口のドアが開く。
 しかたないと思い、一先ず降りることにした。
 バス停へと降り立ち、次のバスの時刻表を見る。しかしよく考えると時計を持っていなかった。
 まあ、待っていればそのうち来るだろう。
 待合所で休もうとするが、待合所はかなりボロボロだ。木の小屋と言ってもいい。かなりボロボロである。腐ってはいないようだが恐る恐る座ってみる。崩れ落ちはしないようだがなんか怖い。
 恐らく三十分はバスが来ないだろう。一人で暇潰すのは結構慣れているからいいが、結構寒い。まあ、なんとか我慢できるからいい。
 ふと、時刻表がある方へと視線が向く。
「…………!?」

 司の眼前には、時刻表を眺めている、重装備の防寒具を身に着けているあの少女が居たのだから。

「うー……」
 少女は険しい顔で時刻表を眺めたり、人差し指を唇に当てて空を見上げたりと忙しなく表情を変える。
 驚きながら少女を見つめていると、視線に気づいたのか少女がこちらを見る。
 テレビでしか見たことの無い海外の海のように青い瞳がこちらを見つめている。蛇に睨まれた蛙のように視線を外すに外せない。
 いつもより浅く被られているニットキャップとマフラーにより青い瞳と金色の髪の毛しか見えないが、何か面白いのを発見したようにウキウキしながら近づいてくる。
 自分の前に来たかと思ったら、すぐ横へと躊躇無く腰掛ける。
 その奇行に圧倒されながら少女を見ていると。
「貴方も、寝過ごしたの?」
 透き通るようにはっきりと聞こえる声。語尾が少し濁って聞こえたが、綺麗な声である。
「え……うん」
 質問されたので取り敢えず頷く。
 すると少女は口元にあるマフラーが邪魔なようで、口が出るように下げる。
 口元もすっきりしており、日本人とは違う、外国人特有の顔つきをしている。
 今気づいたが、少女の全身を見たのは今が初めてかもしれない。いつも座席により見えない部分が多かったし。
「私も、寝過ごしたの! ところで、バスは後何分ぐらいで来るでしょうか?」
「あ、ごめん。時計が無いから時間が判らないんだ」
「そうですか。ありがとうございますです!」
 なんか変な喋り方だ。
「おお! そういえばまだ自己紹介していませんね!」
 両手をポンと合わせる。
「わたしの名前は、ベネディクタ! ベネディクタ・小笠原と言います。ネディと呼んでください!」
 ネディと名乗った少女が座りながら深々とお辞儀をする。
「小笠原って……ハーフ?」
「はい! お父さんが日本人で、お母さんがドイツ人です!」
 やけに元気だが、言われて気づくがネディは日本人の面影がたしかにある。
「貴方の、名前はなんですか?」
 ネディが首をかしげながら聞いてきた。
 流石に相手が答えたのだから、しっかり答えなければ。
「……星川司」
「ツカサと言うのですか! よろしくおねがいしますです!」
 いきなり呼び捨てかよ。
 というか馴れ馴れしい。初対面の人間にここまで明るく話せる奴も凄い。
「ツカサは何歳ですか?」
 おっと年齢を聞かれた。何処まで聞くんだ。
「十五歳だけど」
「おお! わたしと同じ年齢ですね」
 やけに嬉しそうに大げさな反応をする。
「そういえば、ツカサをバスの中でよく見かけますよ」
「……え?」
 それは意外だった。
 ネディをバスで見かけた時は、ずっと窓の風景ばかり見ていたからてっきりこちらに気づいていないと思っていたが、向こうは気づいていたようだ。
「わたし、バスに乗ってくる人の顔は大体覚えています。皆さんとーっても優しそうな顔をしていました」
 どんな顔が優しそうな顔なのかはこの際聞かないでおこう。
「十五歳ということは、ツカサは学生ですか?」
「え……そうだけど……ネディ……さんは、違うの?」
 勢いに押されてかなんとなく「さん」付けして言う。
 それに気分を害したのか、ネディは美しい白い頬を膨らませて怒っているようだ。
「さん! は要らないです! ネディと呼んでください、同じ歳なのだから」
「え? あ……うん」
「はいッ!」
「へ?」
「名前を呼んで!」
「え……ネ、ネディ……」
「はい、よくできました!」
 ネディの手が自分の頭を褒めるように撫でる。
 勢いに任せるままにあっという間に名前で呼び合う仲になってしまった。というか本当に警戒心が無い少女である。
「……おおっと、まだ質問に答えていませんでしたね」
 頭を撫でていた手を離し、無邪気に言う少女。
「わたし、体がむかーしから弱くて、学校にはあまり行ったことがないのです」
「へぇ……」
 ネディの言葉に驚くでも無く、ただ言葉が漏れる程度であった。ネディもその反応を気にするでもなく、明るく淡々と喋っている。
「今はおばーちゃんの家に住みながら、街の病院へと行っています」
「お婆ちゃん? 親は?」
「お母さんは外国でお仕事です。お父さんはずーと昔に死んじゃったんです」
 さらっと重要なことを言った。
「ご……ごめん」
 無神経なことを聞いてしまったことに謝る。
「何を謝っているのです?」
「え……何って……」
「それよりどうしてそんな暗い顔をしているんです! もっと明るく行きましょう!」
 当の本人はまったく気にしていないようだ。
 ネディは、よしっと立ち上がると待合所外の雪道へと出る。
 何をやるかと疑問に思うと、ネディは地面の雪を握る。野球の球の大きさ代の雪玉を作ると、その雪玉をこちらに向けてきた。
「ツカサ! 雪ダルマを作りましょう! まだ時間もあるし!」
 そう言うとネディは雪玉を転がし始める。いや時間は判らないんだけどね。
 雪ダルマなんて中学生になってから作った記憶が無い。なんか作るのが面倒だ。寒いし。
「ツカサ、早く作ってください! ツカサはおーきな体を作ってください」
 ネディは結構な距離を、ゴロゴロと雪玉を転がしていた。
 おいおい、あんなに転がすと胴体はどれだけ大きく作るんだよ。
「……よし」
 恐らく何言ってもやらされるだろう、勢いで流される気がする。
 面倒くさいように重い腰を上げる。
 雪ダルマ……何年ぶりに作るだろうか。



「よい……しょ」
 自分の頭部より少し大きな雪玉を、それより大きな雪玉の上へと載せる。
 目の前には真っ白な体に頭を乗っける、顔や腕も帽子も無いシンプルな雪ダルマができた。
「でき、ました……ッ!」
 あまり大きいとは言えない大きさの雪玉(頭)を作っただけなのだが、ネディはかなりの重労働をしたように疲れきっている。無理に明るく行っているが、息が荒く額に汗を薄っすら流している。
「雪ダルマは、これで、二個目、です!」
「二個目?」
「はい! ずーっと前に、お父さん、と、作ったのです!」
 親指を立ててネディは本当に楽しそうに答える。
「同じ歳の、人と遊ぶ、のが、こんなに楽しいとは、思わなかっ――――」
 言葉は最後まで言われず、ネディはそのまま後ろへと倒れこんだ。
 突然のことに反射的に慌てて倒れたネディへと近づく。
「お、おい! 大丈夫か!?」
 雪に埋もれたネディは気を失っているわけでもなく、寝ながら空を見つめている。
「空は綺麗だなー」
 ネディは体を半分雪に埋め込みながら、陽もすっかり暮れた空を見上げていた。
 田舎町は街頭など殆ど無く、月が出ていない夜などは本当に真っ暗で危ない。
 しかし今日の空は晴れており、満月に近い月が空にあった。
「ツカサも寝転んでみてください」
 ネディが手招きするように呼んでいる。
 普通ならそんなことをやらないんだが、なんか今はそんなことをしていい気持ちである。ネディの横の雪へと倒れこむ。
 寝ながら見上げる空は、無数の大小様々な星々を煌かせ、満月に近い月は眩しいぐらいに輝いていた。生きているように煌く星、微細な光を放つ星、星座だって綺麗に見える。
 久々に夜空を見たかもしれない。こんな綺麗な物を見たのは久しぶりだ。雪の中に埋もれる体は衣服の上からも判るように冷えてきたが、それが何か今見上げる夜空と合っている気がする。
「わたし、やっぱりこの町が好きです。こんな綺麗な空が見られるのですから」
 ネディへと視線を向ける。半分頭が雪に埋もれているネディの横顔が夜空を見上げていた。
「空気も綺麗で、緑が生い茂り、冬にはこんなにも綺麗に雪が降って、夏には沢山の生き物が居て、この町が大好きです」
 その言葉は本当にここが好きだと語っていた。
 同世代の人間はこの町は田舎だと言って都会へと出る者が多い。
 自分も今受けている高校に受かったら、町から近いと言ってもこの町を出て行かないと通学が困難なほど遠い。
 この町が好きだ。できれば出て行きたくない。しかし、それは無理なことだった。
「……ツカサ?」
 ネディがこちらに顔を向けて不安そうに聞いてきた。
「いや……ちょっと考え事」
 本当にちょっとした考え事だった。
「そうですか。でも、そんな顔はよくないですよ」
「へ?」
 ネディはちょっと怒ったように言ってきた。
「もっと明るく生きないとダメです。何事も明るく生きれば運勢も善い方へと進みます! それがわたしのモットーですから!」
 彼女は雪に埋もれた体を勢いよく起こす。
「プラス思考です。それに暗くなっては周りの人にも感染して、余計暗くなっていく負の連鎖です!」
「やけに気合が入っているな……」
「そうお父さんに教えてもらいましたから!」
 ネディのお父さんは、変なことを教えるな。
「だから、はいッ」
 両掌を叩き、ネディはこちらを見つめてくる。何かを求めている。先ほど同じことがあったような。
「はいッ! ツカサ、笑って!」
 そう言うとネディは満面の笑みを作る。
 本当に明るい少女だ。いや明るすぎる気もする。だけどこんなにも明るいと五月蝿さを通り越して羨ましい。
「スマイルスマイル!」
 ネディは笑みを作ったまま、こちらに催促してくる。
 仕方ないと思い、雪に埋もれた体を起こす。まだ笑みを消さないネディへと不器用ながら笑顔を作る。
「はいッ! 合格!」
 再び両掌を叩く。それと同時くらいに遠くから車両の走行音と、並んだ二つのライトがこちらへと向かってきた。
「あッ、バスですよ」
 ネディが立ち上がる。少女の勢いに半ば呆れながら続くように立ち上がると、地面には人の形が二つ、くっきりと残っていた。



 その後、バスの中でもネディは元気よく喋りかけてくる。
「家は何処なの?」「中学校ってどんな所です?」「趣味は?」「好きな爬虫類は?」
 と一方的に喋りかけてきた。勢いに流されるままにその質問に答えていった。
 雪ダルマを作った停留所から二つ行った停留所でネディは「あ、わたしここです」と言って、軽快な足取りで「じゃあ、また今度」と言ってバスを降りていった。
 ネディが前を横切る時、綺麗な金髪が自分の鼻を掠める。
 バスの窓から外を見ると、ネディが笑顔で手を振っている。窓越しだがネディへと応えるように手を振る。
 バスが走り出すと、ゆっくりとネディの姿は見えなくなっていった。それでも彼女はこちらに向かって見えなくなるまで手を振っていた。



 次の日、ネディが居るかと淡い期待を持ってバスを待っていた。
 バスは来て、料金より先にバスの最後列へと視線を送るが、ネディの姿はいつもの場所に無かった。
 週に何日かはネディがバスに乗っていない日がある。昨日の会話から考えると病院への通院が無い日だろう。
 残念に思いながらいつものようにバスの座席へと座る。
 いつものように中学校前の停留所へと到着し、学校へと向かう。珍しく斎の襲撃も無く、学校へと到着した。
そしてまた一日を勉強で終えて、家へと向かう。
 その帰りのバスでもネディは居なかった



 また次の日、小さな期待をさらに小さくしてバスへと乗り込む。
 バスの最後列へと視線を向けると、
「…………お」
 最後列に座っている小さな少女の姿を発見し小さな声を漏らす。ネディもこちらに気づいて手を軽く振っている。乗車賃を払ってから、ネディが座る座席へと向かう。
「おはようです、ツカサ」
 相変わらずの重装備の防寒具を身に着けて、透き通るような青い瞳と金髪を靡かせながら、ネディは眩しいほど明るい表情で話しかけてきた。
 つい最近知り合ったばかりの少女の横の席へと腰を下ろす。
「よッ」
 軽く答える。
 しかしそれがいけなかったのか、ネディは可愛らしい頬を膨らませながら怒る。
「よッ、じゃありません! 挨拶はしっかりしないとダメです。挨拶は人との関係を表しているのです」
 そんなことを言われたのは初めてだ。
「はいッ」
 ネディが短く言うと何かを求めるように見つめる。
 これはあれか。一昨日のパターンと同じか。これはネディの癖なのか?
「お……おはよう」
「はいッ、よくできました」
 絶対癖だな、これは。
「ツカサは学校ですか?」
「うん」
「いいですねー、学校。わたしも行ってみたいです」
「体が弱くて学校には行っていないんだっけ?」
「はい、だからどういう場所なのか聞いた話でしか判りません。きっと楽しい場所だと思います」
 楽しい場所だろうか? 勉強や授業ばかりで楽しいとは思えないが……、行ったことの無い人間には楽しそうに見えるのだろうか。
 その後はネディの質問がまた始まった。
 今日は学校についての質問だった。大半は一昨日の帰りのバスで答えたはずだったんだが、予想していた以上の質問が出された。
 質問しながらもネディは何故か外の風景を気にしているようだ。
「なぁなぁ」
「じゃあ次は……はい?」
 まだ質問しようとしていたのか。
「さっきから、外に何かあるのか?」
「え?」
「いや、なんか外ばっかり気にしているから」
 その言葉にネディは言いにくそうに視線を明後日の方向へと移動させる。
 何か言っちゃいけない単語を出してしまったのだろうか。
 ネディは暫く考え込むと、視線をこちらへと戻した。
「……うーん。まぁいいかー別に話しても」
 楽観的に考えているのか簡単な口調で喋る。
「むかーし、このバスに乗ったことがあるのです」
 その言葉に若干の驚きが生まれる。
「と言っても、五歳くらいの時ですからあまり覚えていませんが、とにかくこのバスに乗ったのは覚えています」
 少女は楽しそうに語る。
「その時、バスで見た風景がとても綺麗で、また見たいと思っていたのですが……」
 明るい顔に一瞬だけ陰が現れる。
「数年ぶりのこの町に来たのですが、雪も降っていますし、病院に行くたびに探しているのですが見つからないのです」
 残念そうにネディは顔を伏せる。
「お父さんとの想い出。この町に居る間にその場所を見つけたかったのですが、どんなに探しても見つからないの。まったく何処にあるんだろう」
 その言葉を言い終えるとネディは窓の外へと視線を向ける。
 窓には昨日とは違い、降り注ぐ雪の壁が広がり視界を遮っていた。これでは風景が見えず探せない。
「……ん? 居る間?」
 少女が先ほど言った言葉を思い出す。
「へ? あぁ、わたし、通院しているって言ったよね」
「そんなこと言っていたな」
「わたしの病気は、今はまだ安定しているのですが、いつ発病するのか判らないのです」
 重大な内容を簡単に話すネディを見る。
「それで発病したら、大きな病院に移動しないといけないのです」
「そっか……」
 哀れることも無くネディへと頷く。
「でも大丈夫です。そんなすぐ発病しないって言われていますから。ゆっくり探します――――あっ、暗くしちゃダメですね。一昨日自分が言ったことに説得力が無いね」
 ネディは無理やり笑うように声のトーンを上げる。無理にする行為は彼女をより一層悲しくさせる。
「よし」
「もっと明るく……はい?」
 ネディは誤魔化すように勢いで喋っていたのでこちらが意気込んだのに一瞬気づくのが遅れたようだ。
「手伝ってやろう、その思い出の場所探しを」
 その言葉は、善意でも偽善でも無かった。
「え? そ、そんな悪いですよ」
「いいよ、丁度受験の時期で暇を持て余していたんだから」
 暇つぶしと、女の子との触れ合いという口には出せない心内を持っている。
 でもそれだけでは無いような気持ちも少なからず存在する。ただそれがなんなのかは判らない。
「……? 受験の時期って忙しいんじゃないのですか?」
「忙しいね。でも俺暇だし」
「何故?」
「受ける高校は俺の学力だと大丈夫って言われているし」
「それでも勉強した方が……」
「大丈夫、なんとかなる、なんとか」
 その楽天的な考えにネディは驚きを超えて呆れているようだ。よく他の人にもこう言うと同じような反応が返ってくるから慣れた。
「それで、その想い出の場所はどういう場所?」
 呆れていたネディは、司の質問で現実に引き戻されたようにハッと反応した。
「あ、はい。と言っても子供の記憶なので曖昧なの……」
「どんなの?」
「はい……。一面に……えーと、花です」
「花?」
「一面に黄色い花が咲いていたのです」
「黄色い花……タンポポとかかな?」
「いえ、タンポポでは無いです。……お父さんに教えてもらったのが……む……むぎ……」
「むぎ? まさか畑?」
「畑ではないです。むぎなんとかと教えてもらいました」
「それだけじゃ、な……他には?」
「後は……大きな樹がありました」
「どれくらいの?」
「とーっても大きかったです!」
「…………、他は?」
「それぐらいです」
「……お婆ちゃんの家に住んでいるんだっけ?」
「そうです!」
「お婆ちゃんには聞いた?」
「一番初めに聞きましたけど、お婆ちゃんはバスには乗ったことが無くて判らないそうです」
「そうか……」
 黄色い花が一面に咲いており、そして大きな樹がある場所……。そんな場所なら昔から居る自分が気づくはずだ……。
 思考しているとバス内に中学校前の停留所にもうすぐ着くとのアナウンスが流れる。
「ま、なんとか探してみるよ」
「はい、ありがとうございます」
 可愛らしい顔でお礼を言うネディ。想い出の場所を探すのはやっぱり下心からだろうか。だってこんな可愛い子が困っていたんだし。
 それに、何かを本当に忘れている気がする。
 バスが停留所へと到着する。今の時間を惜しむように立ち上がり、バスの出口へと向かう。
「ツカサ」
「ん?」
 振り向くとネディが寂しそうな顔の上に無理やり笑顔を作っているような顔をしてこちらを見ている。
「また、会えるかな?」
 その目には何かを恐れるように、何かが消えるのを恐れている瞳があった。
「約束もあるしな、また会えるさ。ネディまたな」
 その瞳が何を意味しているかは判らない。それでも普通に会えると思ったからそう答えたのだ。
 その言葉にネディは、先ほどまでの恐れていた瞳は嬉しいという感情に染まり、本当に可愛い顔で笑っている。
「うん、また!」
 バスを降り、先に降りた乗客の足跡を何個か作った程度の新雪に新たな足跡を作る。振り返り、最後列に座っているネディへと窓越しだが手を振る。バスの中のネディもこちらへと元気に手を振る。
「よう! 司!」
 背後からの危険を知らせる声。反射的に上半身を前へと屈めてお辞儀をするような体勢になる。
 すると頭の上を何かを掠める。
「うお!?」
 声が聞こえて背中を何か重い物が乗る。
 背中に重量を感じたと思うと、すぐ横の地面に学生服の男が落ちる。お辞儀を戻してそれが落ちた横の地面へと視線を送る。
 地面には変な体勢で倒れている斎が居た。
「い――てえ、いきなり避けるなよ……」
 体についた雪を掃いながら斎は起き上がる。
 一昨日と昨日も背後からの張り手攻撃が続いたので、流石に今日は食らわないさ。
 すると停車していたバスは再び走り出す。
バスの中に居るネディへと視線を戻すと、彼女はまだ手を振っていた。それに答えるように手を振る。
 バスが少し走り出し遠くなると、斎が喋りかけてくる。
「なんだ? 彼女か!? 最近勉強してないと思ったらこっちに忙しかったのか! ヒューヒュー!」
「お前、ぶっ飛ばすぞ」
「冗談だよ、半分冗談」
 残り半分は本気なのかよ。
「しかし、可愛い子だったな。外国人?」
「いや、ハーフだって」
「お前、外国人に興味があるのか! 大人だな!」
「一発殴らせろ」
「だから冗談だって」
 明らかにからかわれているな。学校で噂を広められなきゃいいんだが。
「それに本当に可愛い子だったな。金髪と――」

「――黄色の目が」

 斎が言ったその言葉に一瞬疑問が浮かぶ。
「…………今なんて言った?」
「へ? 金髪と黄色い目が可愛いって言ったんだけど」
 別に嘘を言っている訳でもなさそうだ。そもそも嘘を言っても斎の得にはならない。
 たしかネディは青い目だったはずだ。光の加減とかで青が黄に見えたのかもしれない。それとも見間違いだったかな。まだ二回ほどしか会っていないし。
「ごめん、気のせいだった」
「そかそか。じゃあ学校へ行くか」
 そう言うと斎は学校へと向かって歩き出した。
 一抹の不安を残しながらその後へと続く。
「あ……そうだ」
 ネディの思い出の場所を探さないといけないな。まずは適当に聞き込みで探すか。
「なぁ、斎」
「ん?」
「この町に、黄色い花畑が咲いていて大きな樹がある場所って知っているか?」
 やっぱりこれだけの情報じゃ判るわけ無いか。この時季に花が咲いているわけも無く、突然言われて答えられるわけも無い。
「ああ、菊畑じゃないか」
「そうか、判らない……へっ!?」
 斎の即答に目を見開いて詰め寄る。
「おおっと……今は民家も周りに無くなってバスの路線が経費削減の名目で無くなってからは行ってないけどな」
 そんな場所が在ったとは、しかも今のバスに乗っていて見つからないはずだ、もう廃止されている路線なのだから。
「まあ、あまり人が行かない場所だったし、なんか突然花や樹が枯れて寂れて人が近づかなくなったからな、知らないのも無理が無い。って言うか、お前の家から近いだろ」
「へ? そうなの?」
「そうだよ。知らないのか?」
「うん。で、場所を教えてくれないか?」
「あぁ、えーっとなぁ……」
 まさかすぐに見つかるとは。しかしその場所とは限らない。もしかしたら他の場所かもしれない。でも確実に何かが進んだかもしれない。ネディに早く教えてやりたい。



 授業後、一昨日のようにネディがバスに乗っているかと思ったが、昨日と同じ結果だった。
 明日の朝には会えるかな? それともまた一日空けるかな?
 ネディに早く場所を教えてやりたい。斎から聞いた場所へと連れて行ってやりたい。意外に家の近くだったのが驚きだった。こんなに近いなら知っているはずなのだが……記憶に無い。
 教えたらネディ奴はきっと喜ぶだろう。あの顔で笑うと可愛いんだよな。
 ……おっと下心丸出しだな。
 バスの中で明日の妄想を広げていた、顔を思いっきり緩ませながら。

 しかしそれから二ヶ月、ネディと会うことは無かった。



 受験も終わり、高校も無事決定し、残りの学校生活を楽しんでいた。
 雪も融け始め、季節が春に近づいてきた微妙な時季。
 もう少しで卒業式。他の生徒たちは最後の中学校生活を存分に楽しみ、早く高校生活を送りたいと期待する者など様々だ。
「あはあは〜」
 何故か同じ高校に受かった斎が机の上ですっかり寛いでいた。
 てっきり勉強していたからもっと都会の良い高校へ行くかと思った。と言ったら「あの高校は十二分に進学校だ!」と怒鳴られた。そんなに良い学校だったのか。進学理由が「家が近いから!」だから学校のレベルをあまり調べてなかった。
 まぁ、受かったのだし良いか。
「びば、楽しい高校生活……ぐう……」
 こいつ寝ているのか。
 恐らく甘い高校生活を夢の中で楽しんでいるのだろう。十二分に楽しめ、夢だけでも。
 そんなことより、あれからネディには一度も出会えなかった。
 最初の頃はただ会えないだけかと思ったが、一ヶ月も会えないと不安になってきた。そして二ヶ月経った今、もう会えないかと思い諦めていた。所詮若かりし頃の恋だったか。
 半ば諦めて残りの授業を消費する日々が続いていた。
 今日は久しぶりに雪が降っていた。雪が融けたアスファルトの上に落ちると雪はすぐに融けて消えた。
 すると黒板の上に着けられたスピーカーから『ブツッ』と音が入る。
「飯!」
 がばっと斎が体を起こすと同時に授業終了を告げるチャイムが学校全体に鳴る。
 こいつはなんであの微かなスピーカーが入る音で眼が覚めるのかが不思議だ。
 そんな小さなどうでもいい疑問を考えながら過ごす日々。
 授業は午前中に終わり、一時間遅れて学校を出る。校庭には殆ど雪が残っておらず、隅に小さな雪山ができている。
 いつも通りに中学校前のバス停へと行き、バスに乗って家に帰る。はずだった。
 バス停には――

 ――二ヶ月前と変わらない姿のネディが座っていた。

「ネ、ネディ!」
 その姿に思わず声を上げる。
 声が聞こえたようで、ネディはこちらへと顔を向ける。こちらの姿を確認すると、迷子の子供が親を見つけたような顔をしている。
「ツッカサー!」
 その少女は金髪を靡かせながら手を振る。
 慌てながら急いでネディへと近づく。
「ツカサ! 久しぶりだね!」
 重装備の防寒具を前と変わらず装備しているネディは、近づいてみると判るが前より顔色がよくないように見える。
 それでも可愛らしい少女は笑って話しかけてきた。
「本当に久しぶりだな」
 久しぶりの少女との出会いに喜び、元気そうなことに安心した。
「ごめんね、色々あったから」
「色々……?」
「うん、色々。後で話すね」
 ネディは何かを言うか言わないか悩んでいるようだ。
「……それはそうとツカサ、中学校の人って変ですね」
「変?」
「はい。ずっと自分を見ていたり、女の人には『可愛いねー』とか言われたり、男の人には『今暇?』とか色々言われました!」
 最後はナンパじゃないのだろうか?
「そしたら色々貰って困りました」
 ネディが指差す方を見ると、待合所の椅子の上にお菓子やジュース、使い捨てカイロなどが山のようにあった。
「す……凄いな」
「皆さん優しいですねー」
 多分、ネディだからだと思う。見方によっては人形のように見えるし、可愛いし。そりゃーそんな女の子がバス停で待っていればなんかあげたくなるさ。多分。
「……ん? いつから待っていた?」
 そういえばそれだけの物を貰うということは結構前から居たのではないだろうか? とにかく学校が終わる前には座っていないと多分これだけの貢物は集まらないだろう。
 聞かれたネディは人差し指を唇に当てるとちょっと陽が頂点からずれた空を見上げている。
「そうですねー……三時間くらい前から?」
「三時間って……十時くらいから待っていたのか!?」
 春に近くなったからってまだ寒い。そんなに待っていたら体調を崩すのではないだろうか。
「はい! でもだいじょーぶ! 寒く無かったですし!」
 少女は元気そうにVサインを指で作っている。
「いや、なんとなく判るが……なんでそんなに長い間待っていたんだ?」
「なんでって、ツカサを待っていたに決まっているじゃないですか」
「へ……?」
 あっさり言われて少し戸惑う。
 ネディが自分のために待っていた? 三時間も? 何故?
「な、なんで?」
 その問いに、ネディは少し口ごもる。
「……あることを言いに来たのです」
 ネディは迷うように、本当に言っていいのだろうか? そんな言葉が彼女の表情から読み取れる。
「えーと……その……なんだろ……」
 四方八方に視線が飛ぶ。相当迷っているな。
「言いにくいなら言わなくても良いんだぞ」
「え? でも……あ」
 遠くからオンボロバスが近づいてくる。
「おっと、バスが来たぞ」
 停車場所の近くへと移動する。
「あ……」
 その後に続くネディ。
 バス停にある、沢山の貢物を教科書がまったく入っていない通学用の鞄の中へと詰め込む。午前授業で助かったよ。
 オンボロバスは二人の前で止まり、乗車口がゆっくりと開いた。
 先にバスに乗り込み、その後をネディが続いた。車内はいつも通りに人が少なく寂しい。二人は空いているいつもの最後列の座席に座る。
「…………」
 横に座るネディは下を向いたまま黙り込んでいる。
 バスは静かに走り出し、エンジン音だけが響く車内。
 ネディとの間には不思議な雰囲気が流れる。久しぶりに会ったのに気まずい。
 ネディはまだ何かを迷っているようだし。ここで話しかけるのもどうだろうか。
「……ツカサ」
「ん?」
 ネディが静かに話しかけてくる。
「ツカサは……幽霊とか魔法とか信じる?」
「信じる」
「はやッ!」
 こちらの速答にネディが青い目を思いっきり見開く。
「ほら、そんなこと聞かれたら悩んだり、なんでそんなことを聞くとかさ、しないです?」
「と言われてもな……信じているんだから仕様が無いだろ」
「……じゃあ、なんで信じるの?」
「世の中は人が知らないことが多いんだし、何よりそういうのがあった方が面白いじゃないか」
「…………」
 なんかネディが怖い顔で睨んでいる。別に思ったことをそのまま言っているんだが。
「そう言えば昔、不思議な体験をしたな」
「何……」
 もうどうでも良いって感じの反応だな。
「なんか花畑でさ、誰かが……誰だったかな……その誰かがまだ咲いていない花に手を翳すと花が綺麗に咲くんだよ。あれは綺麗だったな」
 ぼんやりだけど、花が綺麗に咲く記憶。黄色い花が咲いて――
 ……あれ?
「……なんで俺はこんな記憶あるんだろう。今思い出したような感じだな……人の記憶って曖昧だな」
「…………ふふ」
「へ?」
「なんでもないよー」
 笑われたような気がした。やはりこんな変なことを言うものじゃないか。
「やっぱりツカサは良い人ですね」
「そうか?」
「そうそう」
 なんかよく判らないが、これはこれで良いのか? まったく不思議な女の子だ。
……しまった、久しぶりに会った嬉しさに本題を忘れていた。
「忘れていたが、ずっと前に話したことがあるじゃないか」
「前? なんだっけ?」
「忘れたのか……」
「えーと……ああ、父さんとの思い出の場所でした?」
「そうそう。あの後、多分そこだと思われる場所が判ったぞ」
「本当ですか!?」
 今にも殴りかからんとするほどの勢いでネディが掴み掛かってくる。
「あ……ああ」
「何処ですか!?」
「お、落ち着いて!」
「この状況で落ち着いていられますか!」
 ガクガクと揺さぶられる。うお、酔う。
「この、状態じゃ……話せない!」
「あッ、そうでした」
 やっと手を離してくれた。まだ世界がゆらゆらしているよ。
 ネディは、「早く早く」と期待の視線をこちらに向けてくる。判ったからそんな目で見ないでくれ、まだそこだと確定した訳じゃないのだから。
「場所はこの先のバス停から降りて、山奥にかなーり歩くとあるらしい。昔はバスがあったんだが廃線になったらしい」
 いつも斎から教えてもらった地図のメモは持ち歩いているから迷いはしないと思うが。
「よし、じゃあ今すぐ行きましょう! まだお昼すぎですし!」
 バスの窓を突き破りそうな勢いで喋るネディ。本当に突き破ったらこっちが困るが。
 迷いはしないが、距離がものすごくあるのだ。歩いても一時間近く掛かるんじゃないだろうか。しかも今は舗装もされていない獣道に近いと聞くし。
「いや、場所がかなり遠いから時間が掛かるぞ」
「そんなの大丈夫!」
「ネディは体力的に大丈夫なのか?」
「無問題!」
 何故その言葉?
「雪玉一個作るのにあんなに体力使っていたのに?」
「昔とは違うのだよ、ツカサくん」
 誰だ、お前。この二ヶ月でパワーアップでもしたのか? 別段見た目は変わったわけじゃないが、というか前より顔色が悪い気がするのは気のせいだろうか?
「別に赤くなっていないし、三倍に元気になっている訳無いし……」
「なんのこと?」
「いや、なんでもない」
「そうですか。じゃーいきましょー!」
「別に行くって言うなら行くが……まだバスで時間掛かるぞ」
「まじですか?」
「まじです」
「残念です」
 絶対判って言っているな。
 この勢いで目的地まで到着できるだろうか。なんか心配になってきた。途中で動けなくなったりしたら背負うのかな。それもそれで……いや、こんな変な考えは止めとこう。
 いつの間にかネディは窓の風景を楽しそうに見つめている。今のうちに地図でも再確認しておくか。



『次は――。――に止まります』
 車内に次の停留所の名前がアナウンスされる。
「ネディ、ここで降りるぞ」
「ここが目的地ですか!?」
「そうだからいちいち過剰反応するな!」
「だってやっと目的の場所が判るんですよ! 落ち着いていられるか!」
 なんか段々言葉が酷くなってきたな。目が血走っていますよ、興奮しすぎではないのか。
 目的の停留所は、自分が降りる停留所からす一つ前と以外に近い。しかし周りの風景は田んぼに民家が少し多いくらい。本当になにも無い地域だ。いや唯一のスーパーがあるくらいか? そこも最近経営不振で潰れそうだがね。
 バスが停車すると同時にネディが自分を蹴散らすように出口へと走り出した。本当に早く行きたいのだな。
 その行動力に圧倒されながらもバスを降りる。
 あれ、ネディは……左右に首を振りながらなにかを探している。今にも何処かへ走り出しそうだ。
「ツカサ! ツカサ! どっちです?」
「まさか走って行くわけじゃないだろうな?」
「何を言うのですか! もちろん走って行くに決まっているじゃないですか!」
 雪玉一個に体力を全部使っているような奴がこの後の山道を走っていけるのだろうか。
「体力を考えろ! 体力を!」
「わたしの体力は蒸気機関車以上なのよ!」
「それは過剰表現というものじゃないのか?」
「とにかくどっちです!?」
 今にも襲い掛かってきそうな形相だ……とにかく教えないと危ない。
「えっと……この道をまっすぐあっちに……っておい!」
 指差した瞬間、一目散にネディが走り出した。
 まっすぐ行っても目的地には到着しないのだが、聞いちゃいない。気持ちが先走りすぎだろ。あの服装でよく動く。とにかく追いかけないとな。



「あー……うー……」
 本当に予想通りというか、なんというか。なんで自分は同い年の女の子を背負いながら山道を歩いているのだろうか。
「うー……」
 バス停から目的の山道入口に到着する前にネディは体力の限界を申告し、しかたないと思い渋々背負っている状態である。
 この状態で山道を進むのはかなりの重労働である。軽くスポーツをやっているといっても、これはかなりきつい。
「ごめんねー……」
 耳元で項垂れるようにネディが呟く。これはこれでなんかいいかも……
 今女の子と体を服越しに密着させているんだよな。そう考えると緊張してきた。青春だねえ……何を言っているのだ、俺。
「……ツカサ」
「ん?」
「わたしねー、きっと幽霊に取り付かれているんですー」
 いきなり何を言い出す。
「たまーに記憶が無い時があるんだよねーバスの中とか」
「それはただ単に寝ているんじゃないのか?」
「かなあ?」
 車一台が通れそうな道、除雪されていないために地面にはまだ雪が残る。その雪道から雑草が滅茶苦茶に顔を出している。左右の木々も無造作に生えている。雪のためか普段より肌寒い。
 目的地はこの道を延々と登った頂上付近にあると教えられたが、本当にあるのか怪しくなってきた。斎が嘘を言うとは思えないが流石に不安だ。
「――司くん」
「……呼んだ?」
「ええ、呼びましたよ」
 ネディが話しかけてくるが、何か変な気がする。
「司くんは魔法を信じますか?」
「またその質問か、だから信じているよ」
「先ほど話した花ですか?」
「おう」
「それをやった人はどんな人でしたか?」
「どんな人って……」
 そんなこと言われても先ほど思い出した想い出だ。いきなり言われても思い出せない。というかこの想い出さえ事実なのかも怪しい、なんたってほんの一時間前ぐらいに思い出したのだから。
「思いだしてみてください」
「うーん」
 そう言われてもな……花畑で……あれなんの花だっけ、色さえも覚えていない。何かの花畑で、そこで綺麗に色が判らないけど咲いて……その人が……薄っすらだが思い出してきた。自分と同じくらいの身長で、夏前……初夏ぐらいだったかな? かなり暑い日だったのに厚着をしていて……髪は――
「たしか、髪が金髪で……目の色が……うーん――」
「――――黄色」
「そうそう、黄色で……え?」
 何故ネディが知っている? 疑問に思い、背負っている少女へと視線を向ける。
 そこにはたしかにネディが居た。先ほどまで背中で疲れていたり、無茶して走り回ったり、馬鹿みたいに笑顔を振りまく少女の顔はそこにはあった。

 ――――空のように青い瞳ではなく、髪と同じように輝く黄色の眼でこちらを見ている少女が居た。

「……ネディ?」
 顔つきは確かにネディそのものだが、雰囲気と目の色はまったくの別人だった。
「司くん、私はもう大丈夫。ネディも寝ていますし自分で歩けます。降ろしてください」
「ああ……」
 喋り方も大人っぽくなっており、本当に別人のように見える。背負っているネディと思われる少女を降ろす。
 少女は先ほどのネディと見えないくらいに力強く立っている。
「さて、目的地まで後少しです、頑張りましょう」
 少女は笑顔で言うと、真っ直ぐと目的地に向かって歩き出した。
 今の現象に驚きながらも、その少女の後を付いていく。
 このネディはいったい誰だ? 容姿以外全部別人に変わっているようだ。そう別人に……ん? 別人?
「まさかネディがさっき言っていた幽霊って」
 その疑問に先を歩く少女はクルッと振り向き笑顔で答える。
「私です。始めまして司くん。いや、始めましてじゃないか」
 軽く目眩がしてきた。
 こんなことが在りうるのか? 一応そういうオカルトの類は信じてはいるが、ここまではっきりと目の前に現れるとは。
「ってことは、ネディに取り付いている幽霊さん?」
「いえ、八割正解」
「八割?」
「私は幽霊ではなく、この子そのものなのです」
「そのものって……どういうこと?」
 まったく意味が判らない。色々なことが頭に入ってきてパンク寸前である。
「簡単に言えば、多重人格と言ったほう良いでしょうね」
 多重人格。テレビとかで見たことがあるが自分の中にもう一人の自分が存在するんだっけ? それでたまにそのもう一人の自分が表に出てくると認識している。
「まあ、ネディには気づかれていませんがね。あの子、体弱いくせに動くからすぐ寝ますし」
 それはなんとなく判る。
「それで司くん」
「は、はい?」
 なんか緊張するな。
「昔の想い出、思いだしましたか?」
「……ああ」
 完全に思いだしたさ。突然思いだした記憶に出てくる魔法の少女。今なら思いだせる。それが目の前に居るネディということを。
「改めて久しぶりです、司くん」
 記憶の中の少女は目の前で静かに笑う。婉然と笑う顔に見惚れてしまう。
「記憶を消したはずなのに、思いだすとは流石ですね」
「……はい? 今なんて言った? もう一回頼む」
「そうか、いきなりそんなこと言われても判らないですよね」
「全てが判らない状態だからな」
「そうですね。実は貴方は一回死んだのですよ」
 もう何がなんだか判らない。きっとこれは夢だ。最近妄想が多くなったからこれも妄想の類だな。
 死んだ? そんなことあるわけないだろう。今だってしっかり二本足で立っているんだし、この前だって斎の合格祝いでカラオケしに街に出たし。
「頭の処理が追いついていないようですね」
「……ごめん」
 いつの間にか手で自分の額を押さえていた。頭が痛いぞ。
「なんとか追いついてください。話を続けます」
 なんか強引だな、この黄色目のネディは。
「とにかく貴方は一回死んだのです。野犬に喉を噛まれて」
 とんでもない死因だな。しかし頭の中の記憶にはそんな悲惨な記憶は無い。
「この子、ネディを野犬から体を張って護ったら首に噛み付かれて貴方は死んだのです」
 ネディ(黄)は自分の胸へと手を置く。
「……その話だと俺は一度ネディに会ったことあるのか」
 そんな記憶は一欠けらも無い。それにネディのように目立った特長なら絶対覚えているはずだ。ああ、まさかそれは前世の話じゃないのか。
「そうです、ネディが五歳の時に出会っていますよ」
「全然記憶に無い……その前に俺は死んでいるんじゃないのか? 俺は今生きているぞ、別人じゃないのか?」
「いえ、幼い頃のネディに出会ったのも、野犬に喉を噛まれて死んだのも、全て貴方ですよ、司くん」
 妖艶に笑うその少女。まるでこちらが混乱しているのを楽しむように笑う。
「……じゃあ、今の俺はなんだ?」
 相手を威圧するように、言葉に重みを出して威嚇する。
 それを知りながらも少し先を歩く少女はまったく動揺せずに答える。
「そういえばネディの質問を覚えていますか?」
「俺の質問に答えていないぞ……」
「まあまあ、とにかく覚えていますか?」
「……幽霊と魔法だっけ?」
「そうです。なんでそんな質問をしたのか判ります?」
「幽霊は多分あんたのことだろうが……魔法ってなんだ」
 こんなことを真面目に考えるのもどうかと思うが、現に目の前でネディが言う幽霊(?)が居るのだから考えるしかない。
「魔法……そのままの言葉で受け取ってください」
 少女は黄色い目をこちらへと向けて笑っている。
「そのまま……火を出したり氷の塊を相手にぶつけたりするやつか?」
 若者的考えはゲームや漫画の魔法しか思いつかない。
「三割正解。本当の魔法というのは地味な物ですよ。攻撃魔法なんてありませんし、魔法を使うのにも触媒などが必要ですのでかなり面倒ですが」
「夢や妄想を見ている若者にはショックな内容だな」
「貴方は違うのですか?」
「俺は現実的に今を生きているからな」
「子供っぽくない生き方ですね」
「ほっとけ」
 くすくすと少女は笑う。
 なんか話しにくいタイプだ。本当にネディとは違うと実感する。
「その魔法で貴方はこの世に再び命を貰ったのですよ」
「…………」
 春とも、冬とも言えない風が全身を通り過ぎる。風に揺られて周りの木々はゆるやかに音を響かせる。
 胡散臭いが信じるしかないだろう。
「実はネディの体は魔法が使えるのです。ネディは気づいていませんがね。私は使えますよ」
「じゃあ俺の命を助けたのは……」
「いえ、それはネディです」
「え? ネディは気づいていないんじゃ……?」
 前を向いて歩き続ける少女は、こちらに顔を向けず、静かに悲しいような気配を出して語る。
「……ネディがお父様と一緒に昔この先の花畑に行った時、司くん、貴方と出会いました。ネディが相変わらずの明るさで近づき、司くんは圧倒されながらもネディと一緒に遊びました。司くんとネディは毎日ここで遊びました、ネディは覚えていませんがこの近くに昔住んでいたのです」
「なんで覚えていないんだ」
「慌てないでください、順番です……そんなある日、二人の前に何処からか野犬が現れました。司くんは脅えるネディと野犬の間に割って入り、体を張って護りました。しかし司くんは不運にも喉に噛みつかれ深手を負いました。大量の血を首から撒き散らしながらも司くんは野犬を追い払いました」
 その説明に背筋がぞっとし、無事である喉を撫でる。
「黄色い花が真っ赤な血で染まっていき、司くんの目は白濁して体は冷たくなっていきました。ネディは泣きながら首から流れる血を止めようとしました。ネディの手を真っ赤に染めながらも血は止まりません。そしてネディは心の中で叫び続けました」

『――――はじめて友達を、殺さないで』

「その想いはネディの奥深くに眠る魔法の力を発動させ、貴方の致命傷とも言える傷を治したのですよ」
 今の言葉に記憶が薄っすらだが表れる。
 昔、誰かが『殺さないで』と叫ぶ夢を何回も見た。それはなんだったのかはその時は判らなかった。しかし、今はそれがどんな状況だったかも思い出せる。少女の涙が自分の顔へと落ち、頬を流れる。全てが終わる予感を感じながら目を閉じた。
 それ以降の記憶は思いだせない。
「貴方のためにその周りの花や木々、虫や鳥、生命がある全ての物を触媒にしたためにその一帯は荒地と変わりましたがね」
 斎が言っていたのはこれのためか。
「だけど、ネディは突然の力を使ったために気を失いました。そして私に変わったのです」
「……なんで俺はそのことを今の今まで忘れていた?」
 その時の記憶や、ネディと幼い頃に遊んだ記憶は、少女に話されて鮮明に思いだされていく。しかし話されるまではまったくと言っていいほど記憶には無かった。
「それは私が、貴方と、ネディの記憶を消したからです」
「……魔法でか?」
「ええ、私はある程度魔法が扱える存在なのでそんな悲惨な死に方を忘れさせようと思い、司くんの記憶を消させていただきました」
「野犬に首を噛まれて死んだ記憶なんてたしかに思い出したくなかったな」
「図太そうに成長していたので話しても大丈夫だと思い話してみました。見事に予想は的中しましたが」
「図太くって悪かったな。でもなんで今思い出したんだ?」
「記憶は重要な物です。人が生きている証。自分でも他人でも生きていた証が記憶としてあります。記憶は魔法なんかでは完全に消せません。ただ忘れていただけなのです。記憶とはその時の記憶を話せば思いだす物です」
「……ネディの記憶を消したのも、目の前で人が死んだことを忘れさそうとしたのか?」
「それもありますが……」
 こちらを向かない少女。それでも何かを想い、悲しんでいる背中がそこにはある。
「……先ほど魔法には触媒が必要と言いましたよね」
「ああ、言っていたな」
「貴方の傷を無くすために他の生命を触媒とし、貴方の記憶を消すために使った触媒は……」
 その言葉に気づいた。
「まさか……」
 こちらが気づいたことに少女は静かに頷く。

「はい、貴方の記憶を消すために、ネディの記憶を触媒として使用しました」

 だからネディは覚えていなかったのだ。自分との幼き頃の出会い。魔法を使ったことを。
 しかし唯一覚えていたのがあった。
 黄色い花畑。父親との想い出の地。
「そして二人はバラバラに別れ、もう二度と会わないと思ったら」
「二ヶ月前のバス停でばったり会うのか」
 あの出会いは偶然の出会いではなかった。再会の出会いだったのだ。
「そうです。ネディは普段他人には自分から話しかけませんが。記憶が少し蘇ったのでしょうね、自ら話しかけに行くとは思いませんでした」
 それは意外だ。あんな性格のネディだからすぐ人に話しかけると思っていたが、意外に恥ずかしがりやなんだな。
 雪がまだ残るバス停で、ネディは自分を見つけて楽しそうに近寄ってきた。今考えるとあの時のネディは懐かしい物を見つけたような顔をしていた。
「……お願いがあります」
 先を歩く少女は立ち止まり、こちらへと振り返る。
 その表情は何かを不安に思いながらも、信じるという想いが込められた黄色い瞳で一点を見つめていた。
「この後……ネディが想い出の場所に到着したら――――」



 その後、十五分ほど歩くと開けた場所に出た。
 雪が厚く残り、ドーナッツのように中央に何年も前から朽ち果てた大きな樹が一本だけ立ち、間を空けて囲むように中央の樹と同じように朽ち果てた木々があった。
「……再びここに来るとは、運命とは悲しい物です」
 黄色い目の少女は朽ち果てた寂しい樹を見続ける。
 何かを決意したように頷くと、少女はこちらへと向き直った。
「では、お願いします」
「まかせろ。……あんたにはまた会えるか?」
 その質問に少女は悪戯っ子みたいに笑う。
「さあ、どうでしょうね。貴方次第ですよ司くん」
「俺、次第か……少し不安だな」
「期待していますよ」
「ああ。……そう言えば」
「はい?」
 少女は笑みを崩さずに首を傾ける。
「あんたの名前はなんて言うんだ?」
 まだ一度も名乗られていない。いつまでも「あんた」ってのも変だろう。別れ際に変なことを聞く。
「んー……私は私です。名前なんてありません。誰とも関係を持たず、ネディにも知られない存在です。そんな私に名前なんてありません」
 その答えに、少女は悲しそうに、それでも明るく答えた。
 変なところはネディに似ている人格だ。
「そうですね……今度もし会えたら、司くん、貴方が名前をつけてください」
「俺が? またなんで?」
「私と関係を持った人なのですから」
「変な感じに聞こえるぞ」
「ご自由にお受取ください」
 くすくすと少女は笑う。調子が狂わされる。
「……判った、考えとく」
「はい。それでは、また」
 少女は片手を軽く上げて手を振る。
「またな」
 それに答えるように手を振った。
 次の瞬間、少女の上げられた片手はカクンッと落ち、目を瞑ったまま立ち尽くしている。
 少女はゆっくりと瞼を上げる。
「……はれ? ここは……あ、ツカサ」
 青い目の少女――ネディが辺りをキョロキョロ見回し、目の前の自分へと気づく。
「よう、目が覚めたか」
 今まで寝ていたと思っているネディ。黄色い目のネディのお願いだから仕方ない。
 寝ぼけ眼で視線が右往左往している。
 右へ。左へ。右へ。左へ。横に一回転。逆に一回転。
「……ここは?」
 現状把握ができていないようだ。
「目的地」
「…………」
「…………」
 間。
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
 えらい驚きようだ。こちらもかなり驚いたぞ。
「ここが!? たしかに樹が真ん中にありますけど、花は?」
「そりゃ、冬だし、花咲いていたのは初夏ぐらいの時だろ?」
「残念……」
 がっくりとしながらネディは大きく溜息を吐く。このオーバーリアクションを見ると、本当にさっきの黄色い目のネディは別人だなと実感する。
 くしゅんっ、とネディがくしゃみをして体を震わせる。
「寒い……もっと防寒具を着てくればよかったです……」
 それでも十二分に厚着のようだが。
 鼻をずずずっ、と啜るとネディはある一点を見つめる。その視線の先にはぽつんと寂しく立つ樹があった。
 ネディはゆっくりと朽ち果てた樹へと一歩一歩近づく。
 近づくと判るが、朽ち果てたと言うよりも、もう樹とは判断しがたいほどに腐り、ボロボロになっている。腐ってから十年以上経っているのだから残っているだけでも凄いかもしれない。
 今なら思い出せる。この樹が力強く立っていたことも。周りの黄色い花畑の光景も。全てが思い出せる。
 そう、全てを思い出した。
 それは自分けとは言えない……。
「あれ……ここは……」
 樹を見上げるネディは呟く。
 次第にその目は開かれ、小刻みに防寒具に包まれた体が揺れる。
「前に、来たことが……あれ、ツカサと……」
 目は限界まで開かれ、肌を刺す寒さのはずなのにネディの頬には汗が流れる。
 ネディは地面へと力無く座り込み、手袋で覆われた小さな両の手で頭部を押さえる。
「小さい、ツカサと……それで……それで……」
 小さいこの記憶が蘇ったのだろう。黄色い花が咲いており鮮やかなここの昔の風景。共に遊びまわった記憶。そして目の前で自分が死ぬところを見た記憶。
「ああ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
 その体から出たとは思えないほどの悲鳴が辺りに響く。
 全てを思い出し、その時の感情も全て思い出す。その感情に恐怖し、ネディは一心不乱に叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ツカサ――ツカサが――ッ!」
 まるで別人のように叫ぶ。あんなに明るく、可愛らしい少女だったはずなのに。
 それでも自分は酷いほど落ち着いていた。このことが前もって判っていたこともあるが、他にもあるかもしれない。
「ネディ……俺はここに居るぞ……」
 いつの間にか後ろからネディを優しく抱きしめていた。
「俺は、生きている……」



「――――到着したら、ネディを抱きしめてあげてください」
「は……? いきなり何を言っているんだ」
 つい数分前の話だ。黄色い目の少女の頼みを聞いていた。
「だから、ネディを抱きしめて欲しいのですよ」
 少女の願いはそれだった。
「……なんで?」
 疑問だらけの願いだ。何故想い出の場所に着いたらネディを抱きしめなければいけないのだ?
「想い出の場所に着いたら、ネディは記憶を取り戻します……ネディは貴方の前とは裏腹に、とても弱い子なのです。そんなネディに過去の記憶は大変です。必ずと言っていいほど取り乱すはずです。多分、貴方が見たことの無いような取り乱し方をするはずです」
「……それは判った。だがなんで俺が抱きしめるんだ?」
「ネディは貴方のことが好きですから」
「ぶッ!!」
 おもいっきり噴出す。
「い、いきなり何を言うんだ!」
「事実ですし」
「そんなこと……!」
「幼い頃のネディも、今のネディも貴方に惚れていますよ。やはり好きな人は記憶が無くても覚えているんですね」
「だから……」
 目の前で告白されている気分になるが、中身は違うんだよな。
「まぁ、とにかくネディを抱きしめてくださいね」
「なんで、そうなる……」
「ふふ、愛は世界を救いますよ」
 絶対遊ばれている気がする。



 荒い息を吐きながら、ネディは体を小刻みに震わせる。
 女の子を生まれて初めて抱きしめた。
 最初は戸惑いが出て迷うかと思ったが、何故か自然に抱きしめることができた。
 儚い小さな体を抱きしめる。少しでも力を込めたら、すぐに潰れてしまいそうなほど儚い。
「……はぁ……はぁ……」
 ゆっくりと呼吸を整えながら体の震えが消えていくのが防寒具の上からでも判る。
 数分ほどしか抱きしめていなかったはずなのに、その数分が永遠のように長く感じた。
 いつ終わるのか。いつまで続くのか。
 氷がゆっくりと融けるように時間は過ぎる。
 ネディを包む不安も、ゆっくりと融けて剥がれていく。
 体の震えも完全に消え、ネディは落ち着いてきた。
「……落ち着いた?」
「……うん」
 全てを思い出し、全てを受け入れられないネディ。
 そんなネディを抱きしめ続け、この少女がとても弱い存在だと知る。
 今まで明るい言動は、この弱い存在を隠すための行動だ。明るくしないといつ弱い自分が出るか判らない。
 いつも不安に想い、自分に自信が無い。だから自分は強く振舞っていた。
 弱い自分を隠すために、ネディは明るく接していた。
「ツカサ……」
 弱々しく、今にも消えてしまいそうな声。
「わたし……思い出したよ……全部、何もかも……」
「俺も、思い出したよ」
 あふれ出る泉のように記憶が蘇る。
「なんで、わたし、忘れていたんだろう……ツカサのことや、ここでの想い出……そして……」
 それ以上、ネディの言葉は続かなかった。
 口に出さなくても何を言おうか判っている。
 ネディは思いだしたくは無かっただろう。
 目の前で人が死んだことなど。
「こんな記憶……思いだしたくなかったです……バス停で出会った時が初めてだったら、こんな苦しい……苦しい想いを、しなくてすんだのに……」
 苦しそうに、胸を握り締め、ネディは今にも泣き出しそうなほどに顔を歪める。
「こんな……こんな……」
 彼女は過去を思いだして苦しんでいる。
 こんな苦しむなら思いださないほうがよかった。

 ――――本当にそうだろうか?

 たしかに自分の死んだ記憶は苦しかった。
 思いださない方がよかったと、一瞬考えたかもしれない。
 だけど、ネディとの想い出を忘れたままの方がよかったろうか?
 彼女と遊んだ記憶。小さい頃は同年代の友達が居なかった。年上や年下が居たが、同年代の友達が居なかった自分。
 その時、この場所に花々が美しく燦々と輝いていたで、ネディに出会った。
 人形のように美しく、儚いほどに小さく。
 幼い子供でも判っていた。それが初恋だと言うことを。
 たしかに野犬に襲われた時は怖かった。すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。
 それでも逃げなかった。
 自分の後ろには、自分よりも怖がり、脅える少女が居たのだから。
 とても弱い存在の少女を、身を挺して護った。
 野犬に噛みつかれた時、焼けるほど傷口が痛かった。息が出来ないほど苦しくなった。それでも野犬に立ち向かった。
 必死の思いで野犬を追い払った。
 そして、安心したのと同時に司は倒れた。
 痛みはすでに判らなくなり、意識がゆっくりと奥底へと沈んでいった。
 薄れ行く意識の中でネディが自分の手を握り、大粒の涙を流しながら自分の名前を呼んでいた。
 自分はか弱い少女を護れたことに安心し、ゆっくりと意識は無くなった。
 そして、次に目を覚ました時は家の前だった。ネディとの関係や、自分の死を全て忘れた状態で。
「……たしかに、思い出したくなかったかもしれない。……だけど、俺は忘れたくない」
 言葉が、止まらない。
「死んだ記憶はたしかに嫌だ。だけど俺は生きている。そして、ネディ、お前との記憶は忘れたくない」
「ツカサ……」
 ネディが脅える顔をこちらに向ける。
「俺は小さい頃、同年代の友達が居なかったんだ。年上とか年下の友人は居た。でも同年代の友達ってのが居なかったんだ。そして、この場所で出会った、ネディが初めてできた友達だったんだ」
「……わたし、も……」
 聞き逃しそうなほど小さな声で呟く。
「わたしも……ツカサが初めての……友達です」
「そう、か……まったく気が合うな」
「うん」
 ネディが小さく微笑む。
「……ネディ」
「うん?」

「――好きだよ」

 自然に、口から出た。
 心の底からの想い。
「初めて出会った時から、好きだった。とても可愛らしくて、明るい子だった。一目惚れだったよ」
 いつもの自分だったら、こんな恥ずかしい台詞なんて照れて言えない。
 だけど、本当に好きな気持ちをネディへと伝える。
「…………」
 顔を伏せたまま、ネディは黙ってしまう。
 あれ、まさか失敗したか? それはまずい。まさか失恋?
「……褒めすぎだよ……もう」
 少女が呟く。
 驚き、ネディの顔を見ようとするが、少女は頑なにそっぽを向く。一瞬見えた頬は朱色に染まっていた。
 右から見ようとすると左を向き、左から見ようとすると右に顔を向ける。
 意地でも顔を見たくなってきた。
「……あ」
 今気づいたが、ずっとネディを抱きしめたままだった。
「わわわわ……ご、ごめ――」
 慌てて離れようとすると、ネディが腕を抱きしめる。
「ね、ネディ?」
「このまま……」
「え?」
 ネディは朱色に染まった顔を向ける。
 本当に可愛らしく、眩しいほどの笑顔を作っている。
「このままで、お願いです……」
 少女はその小さな体を自分の体へと寄りかける。
 とても長い時間。しかし苦しくは無く、暖かい空間が二人の周りにできる。
「……わたし、もうすぐこの町を離れるんです」
「え?」
 ネディが腕の中で呟く。
「わたしの、病気が悪くなって……大きな街の病院で手術を受けることになったのです……」
 突然の告白に混乱する。
 言われてみれば、たしかにネディの顔色は以前より悪い。
「手術って……大丈夫なのか?」
「……判らないです。成功すれば学校に行けるかもしれない。失敗するかもしれない……」
 それ以上、ネディは喋らない。
 失敗すればどうなる?
 いや、なんとなく判っている。
 だけどそれを告げると、ネディの弱い心は不安に満ちてしまうかもしれない。
「わたし、怖くて……病院が変わる前に、ツカサに会いたかったです……」
「いつ、移動するんだ?」
「……明日」
 時間が無かったから、彼女は寒空の下、バス停でずっと待っていたのだ。
「笑顔で……笑ってお別れを言いに来たのに……こんな状態じゃ笑って別れられないよ……」
 ぽろぽろと、自分の手へと水滴が落ちる。
 それはネディの涙。
 大粒の涙を流しながら、腕を強く抱きしめる。
「成功したら、学校に行けるんだろ?」
「うん……」
「俺も別れるのは辛いよ。でもネディ、言っていたよな。学校に行きたいって」
「……うん」
「じゃあ、行って来い」
 前に一歩踏み出さなければ何も変わらない。現状を維持しようと思っても周りが変わっていく。何かを変えないといけない気持ちがないと何も変わらない。
 ただ、一人では前に行くには勇気がいる。他の誰かに、背中を押してもらえば進むことはできる。
 ネディは手術が失敗することに恐れている。
 失敗したら、永遠に目が覚めることが無い、深い深い眠りに陥ることを彼女は恐れている。
「…………前に言っていたよな。明るく生きないとダメだって。何暗く考えているんだよ。そんなの、ネディらしくないぞ」
 周りを明るく、楽しく盛り上げるのが彼女の得意分野だ。
「自信を持たないと、手術も成功しないぞ。ほら、はいッ!」
 ネディの真似をし、言葉を求めるように少女を見る。
 不安だった顔も次第に崩れて行き、ネディは目に涙を浮かべながらも太陽のように明るい笑顔で返した。
「うん! わたし、頑張る。手術して、学校に通えるようになるです」
 前のように、明るい、羨ましいほどの無邪気な少女がそこに居た。
 まだ雪が残っているほど寒いのに、何故か暖かい。
 二人でくっついているからかもしれない。
 でも、何か他のことが原因のような感じがするが、別になんでもいい。
 この空間を一分一秒でも大切に過ごしたい。
「あ……そうだ」
「ん? 何?」
 可愛らしく透き通る青い目をこちらに向けると、ネディはそのまま顔を近づけ、唇を重ねあわした。
「――――!?」
 とても軟らかい感触が口に伝わる。
 あまりにも突然のことに司の思考回路は熱暴走をしている。
 三秒ほど唇を重ね合わせると、ネディから顔を離す。その時に一瞬ちゅぷ、と湿った音が響く。
 ネディは頬を紅潮させ、恥ずかしがるように俯くと、子供のように無邪気に抱きついてくる。
「ふふ……ツカサ〜」
 嬉しそうに密着してくる。
 なんか恥ずかしくなってくるんだが。
「ツカサ、わたし、絶対戻ってくるから。また会おうです」
 そうなれば良いと願う思いじゃない。
 そうするためにネディは前へと歩き出す。
 変われない人など居ない。人は変わってこそ人であることを自覚する。
 求める物は自分から取りに行かなければ手に入らない。
 大切な人との再会を願う。
 願いは人を大きく変える。
 気持ちを強く持てば、世界はそちらへと傾く。
 諦めてはいけない。
 何かに挑むことが大切だ。
「おう、また会おうな」

 少年と少女は誓う。
 朽ち果てた樹の傍で、枯れ果てた花畑で。
 いつか、必ず再会することを願い。




「――――そう言えばツカサ」
「ん?」
「なんで犬に噛まれたのに、無事だったんです? 結構血が噴出していたような気がするんですけど」
「…………気合だ」
「気合?」
「気合だよ! 生きようと思う気合で、なんとか生きているんだよ! ほら、お前だって気持ちが大切と言っただろ?」
「気合か……」
「そうそう」
「なるほど……やっぱ気持ちは大切ですね!」
「…………単純」
「はい?」
「いや、なんでもない」

 少し不安な言い訳ですが、まぁよしとしますか。
 司くん、貴方は素敵な騎士になるでしょうね。
 お姫様を護る素敵な騎士に。
 またいつ会うか判りませんが、それまで楽しみにしています。
 それから、私の名前もちゃんと考えてくださいね。
 それではまた、何処かで会いましょう司くん。
 再び出会った時は、昔の貴方に見せた時のように、黄色い花を咲かせてあげますよ。




 貴方は幽霊と魔法を信じますか?

 幽霊は落ち着いていて、わたしが寝ている時に現れるの。
 それを見た人は、いつものわたしじゃないような大人びた雰囲気を出しているらしいの。
 でもわたしは見たことが無いです。
 だっていつも寝ている時だから。

 魔法は、まだよく判らない。
 なんで魔法と言う単語を使っているのかも判らない。
 でもわたしはこれを知っていなきゃ大変な想いをしたと思うです。
 だからこの単語は大切な言葉だと想う。

 わたしには友達が一人だけ居る。
 とても大切で、掛け替えの無い存在。
 その友達が居なかったらわたしは存在していなかったかもしれない。
 その友達が想い出の場所で、わたしに……好きだって……言ってくれた。
 とても嬉しかった。
 わたしもその友達が大好きだった。
 だから衝動的に唇を重ねたのかもしれない。
 ……あ。
 告白の返事、まだしてなかったです。
 …………。
 ……。
 しゅ、手術が成功すれば、また会えるから大丈夫です。
 うん、きっと大丈夫。
 また会えるよね、きっと。
 そうですよね、ツカサ――――




 もしよかったら感想をどうぞ。


前のページに戻る


TOPへ戻る