ここはゲンソウシティー。
 様々な人々が住む近代化が進む巨大な街。
 夜は眩しいほどのビル郡の光と、朝は目まぐるしいほどの人と車が蠢く。
 そこでは一世代で富を作り上げた者、貧困で喘ぐ者など様々な者が存在していた。
 それでもゲンソウシティーはいつものように時間が過ぎていく。
 数々の都市伝説を囁きながら。
 その不思議な街の一角に存在する小さな洋館。
 まるで御伽噺に出てきそうなほど可愛らしく、色とりどりの花々が育っていたが、周りの家はこれといって普通の一戸建ての住宅、異様にその洋館が目立っている。
 これから話すのはそこで探偵業をする二人の少女の話。



 小鳥の囀りが楽しく響く住宅街。
 この辺りは古くからある自然が多い住宅街で、それなりに人気の場所。
 多くの学生や会社員が学校や仕事場に向かって通勤通学をする時間、私は駅から住宅街の方向へと歩いていた。
「今日こそ学校に一番よ!」
「待ってよチルノちゃーん」
 小学生っぽい水色の髪の女の子と、その子を追いかける黄緑色の髪の女の子が横を過ぎていく。
 今日は綺麗な青空が空に広がる。何かいいことがありそうかも。
 そこから少し歩くとコンクリートで造られた住宅街の中に奇妙な光景が見えてくる。
 赤茶色のレンガで造られ、庭には色とりどりの花々が生き生きと咲く庭園がある御伽噺のような洋館が異様に目立つ姿で住宅街の中に立っている。
 洋館の正門には小さな看板が掛けられていた。その看板には『マーガトロイド探偵事務所』と可愛らしいような、ちょっとかっこつけたような感じの文字で書かれていた。
 私はいつものように洋館の小さな可愛らしい門を開けて庭へと入り、郵便ポストから新聞を取り出す。
 新聞はここの主が前から気に入って愛読している『文々。新聞』の朝刊が入っていた。
 軽く一面記事に目を通す。そして足早に洋館の入口へと歩を進める。
 入口のドアを開けると、扉につけられたベルが可愛らしい金属音を鳴らす。
「いらっしゃ……あら、レイセン」
「おはようアリス」
 扉を開けて見えたのは、紅茶を淹れている美しい金色の髪を靡かせる女性。
 この洋館、マーガトロイド探偵事務所の主、探偵のアリス・マーガトロイドが笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう、今紅茶淹れるからそこのソファーに座って待ってね」
「うん、ありがとう」
 アリスに言われるまま、私は事務所の真ん中にあるお客様用のソファーに座る。
 お客様用でもお客が居なければただのソファー、使わなければもったいない。
「そういえばアリス、また黒白の大泥棒が出たみたいよ。新聞に書いてあった」
 最初から二つ用意してあったティーカップに紅茶を注ぐアリスへと、先ほど見た新聞の一面を話す。
「また? 今度は何処に出たのよ」
「えーっとね……」
 手に持った新聞の一面を開き、目的の記事をアリスのために読み上げる。
「昨日未明、ゲンソウシティー中央部にある、カワシロ研究所に黒白の大泥棒が侵入。試作機である最新型のジェットパックを盗む。
 警察はまたしても黒白の大泥棒を逃してしまい、信頼はゆっくりと落ち始めている。だって」
 黒白の大泥棒とは、ここ最近ゲンソウシティーを騒がせている泥棒のことである。
 ゲンソウシティーにある珍品名品ばかり盗み、犯行前には必ず予告状を送るという不思議な泥棒である。
「よく盗むわね。そのわりには仕事が増えないけど……」
 愚痴を言いながら、アリスはティーカップが二つ乗っているトレイを持ってきて、テーブルに置く。
「こんな大きな事件は無理だと思うんだけど」
 その瞬間、アリスが私の前に乱暴な音をたててティーカップを置く。
 音に驚きながらアリスへと視線をやると明らかに怒った表情でこちらを睨んでいる。
「何? 私は泥棒と対決出来ないって言うの!?」
「いや、そういうことじゃなくて……アリスが……その……怪我……しない……」
 やっぱり怪盗とか大きな事件とかだと凶悪な犯人が相手だったりする場合が多いから……アリスがそこで怪我したら嫌だし。
「……まぁいいわ。そんなこと言えないほど有名になってあげるんだから、貴女もしっかり頑張りなさいよ」
「うん……」
 アリスはサバサバした性格なので、もうさっきのことを気にしていないようだ。
 自分の思いを告げられず、少し悔しい。
 こんなことを今まで何回も繰り返してきた。自分にもっと勇気があればよかったのに。
 自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、事務所のドアが開くベルの音が響く。お客さんかな?
 そちらへと視線を移すと、黒のロングスカート、白のカッターシャツ、その上にベストを身に纏い、頭と背中から蝙蝠の羽のような物が生やした少女が立っていた。
「いらっしゃいませ」
 アリスがいつものように接客対応をする。
 私も挨拶をしないといけないんだけど、どうも初めて会う人はどうも……。
「いらっしゃい……ませ……」
 これでも声を出した方だ。
「初めまして、コウマカンパニーからやってきましたリトルと申します」
 少女はそう名乗ってお辞儀をした。
 あれ……コウマカンパニーって何処かで聞いたことがあるような。
「へぇ……そんな大企業がうちみたいな小さな探偵事務所に何故」
 あ、そうか、ゲンソウシティーの中心部にある、あの大きなビルだ。
「あのー、依頼する事務所間違えたんじゃ? こんな小さな探偵事務あたッ!」
 思いっきり後頭部を叩かれた。痛いよう。
「余計なこと言わくていいの」
「うう……ごめん」
 だからって叩かなくっても……これ以上言ったらまた叩かれるかな。
「まぁ、立ち話もなんですから、こちらに座って話でも」
 テーブルに置かれた私たち用のティーカップやトレイをアリスが片付け、席を空けるがリトルは入口から動かない。
「いえ、急を要するので早速ですがお二人とも同行を願えますか?」
「それはかなり急ですか?」
「はい、かなりです。手ぶらで構いませんよ」
 リトルの表情からは何か重大なことがあるように感じ取れる。
 この事務所での行動の権限は殆どアリスにある。私はそれにくっついていって、雑用とか色々手伝う程度。
 アリスはほんの少し思考すると手に持ったトレイを置いて、机に広げられた書類を片付け始める。
 この行為に長年助手として手伝ってきた私には判る。
「じゃあリトルさん、外で待っていてください」
「え……でも探偵さんが……」
 探偵のアリスでは無く私から言われて困惑するリトルだが、大丈夫。
「アリスは行くみたいですから外で待っていてください」
「え……はい」
 不安そうにリトルは事務所の外へと出る。
 リトルが外へと出たのを確認し、せっせと書類を片付けるアリスへと向く。
「アリス、何か用意する?」
「いや、手ぶらでも構わないと向こうも言っているんだし、何も持っていかないわよ。向こうが何か用意しているでしょ」
 アリスは書類を纏め鍵付きの戸棚に入れ、鍵を掛けるとポケットにこの事務所の鍵と、重要な戸棚の鍵を入れ、本当に何も持たずに事務所の入口へと向かう。
 私も今日は特に持ってこず、来たばかりなのでそのままアリスに続く。
 事務所の外へと出ると、そこにはテレビとかでしか見たことが無い豪華な黒塗りのリムジンがエンジンを掛けたまま横向きに停車していた。
 リムジンの横で暇そうにしていたリトルがこちらの姿を確認して安心したように胸を撫で下ろし、背筋を伸ばしてお辞儀をした。
「では、早速こちらで移動をお願いします」
 微笑みながら、リトルはリムジンの後部座席のドアを開け、私たちを車内へと促す。
 ここまでされると本当に私たちでいいのか少し迷う。
 私の疑問を知ってか知らずか、アリスは「ほら行くわよ」と言って足早にリムジンへと乗り込む。
 不安に思いながら私もアリスの後に続く。
 車内はこれまた豪華な造り、座席はフカフカしており事務所のソファーより気持ちいいかもしれない。私たちが座る座席と対面するようにもう一つ座席がある。こんな豪華な車なんて生まれて初めて座る。
 あちらこちらへと視線が行くのにアリスはとても落ち着いた雰囲気で座席に腰掛けている。アリスは珍しくないのだろうか……。
 私たちが車内へと入ったことを確認し、開けていた後部座席のドアを閉められる。すると対面する座席の横のドアが開き、そこからリトルが車内へと入り、座席に座ると開いたドアを閉める。
「ではお願いします」
 リトルの言葉を継げると止まっていたリムジンはゆっくりと動き出した。
 それでも車内は止まっているかのように静かで、振動をあまり感じない。
「それでは……」
 感心しながら車外の背景を見ているとリトルが静かに声を出す。
「まず我が社、コウマカンパニーはどれほどご存知でしょうか?」
 微笑むように、それでも何か試すようにリトルが問う。
 いきなりそんなこと言われても……ただ大きな会社だなぁ。てことぐらいしか考えたことが無い。
「……コウマカンパニー。ゲンソウシティーに本社を構える大企業。
 食品や家具、電気製品や衣服など様々な事業を取り扱っており、各地に支社を持ち、世界の五つ指に入ると言われている。
 前社長が一代で作り上げたこの会社を、現在前社長の娘であるレミリア・スカーレットが引継ぐ。
 当初は幼い彼女に勤まるか不安の声も上がったが、彼女の抜群の経営センスとカリスマ性によりさらに実績を上げている」
 不安に思っていた矢先、隣に座るアリスがすらすらと説明するように喋った。
 それを聞いたリトルは少し驚いたように目を開き、喜ぶように「ほぅ……」と呟いた。
「素晴らしい。そこまでご存知ならこちらから説明は不要かと思います。流石ですね」
「いえ、知識として入れていただけです」
 それでも十二分に凄いと思うのだけど。
「……で、用件はなんでしょうか?」
 アリスがリトルへと問うが、困ったようにリトルが首を傾げる。
「申し訳ありません、それは社長から直接聞いてください。私は貴女と、もし助手が居たら一緒に連れて来いと言われただけなので」
「レミリア……スカーレット本人がわざわざ」
 眉を顰めながらアリスは座席に深く腰掛ける。
 社長本人からの直接の依頼……私でもこれは普通の依頼で無いことは判る。
 だけど私、助手も連れて来いってなんだろうか?
「本社に到着するまで暫しお待ちください」
 リトルのその暫しが、とてつもなく長い時間となることを感じながら、私は外の流れる風景を見つめた。



 私の中の不安が消えぬまま、リムジンは目的地へと到着した。
 リムジンから先にリトルが降り、後部座席のドアを開けてくれた。下手に触って傷をつけるよりはやってもらったほうがいい。それに何か有名人になった気分。
 車外へと出るとそこには目が眩むほどの高さで壁を紅色が美しいバランスで塗られた高層ビル――コウマカンパニーが聳え立っていた。
 その巨大な光景に棒立ちになると背中を小突かれる。
「どうしたの?」
 振り向くとアリスが車から出られないようだ。慌てて後部座席のドアの前から退く。
「わわわ、ごめん」
 そしてアリスも車外へと出るとコウマカンパニーを見上げるが、少し「へぇ……」と呟くと、
「さ、行きましょう」
 すぐにリトルへと案内を促す。
 アリスはやっぱり凄いなぁ。こんなに落ち着いて、見習わないと。
「こちらです」
 リトルがコウマカンパニーの入口へと歩き出す。
 しかし、この会社は凄いなぁ。なんか色々な人が会社に出入している。あまり居たくないなぁ……なんか怖い。
 自然とアリスにくっつきそうなほど近くに居ることに気づく。アリスに気づかれる前に少し離れる。
 アリスはこちらの行動に気づかず、リトルの後を歩いている。
 するとコウマカンパニーの入口に緑色の警備服のような服を着た女性が立っていた。
「あら、出かけていたんですね、リトルさん」
「ただ今戻りました、メイリンさん」
 よく見ると額を赤く腫らしている女性が笑顔でリトルを出迎えた。
 女性から見ても豊満な胸をしている女性。少し羨ましい。
「……あら、そちらの方々は?」
 こちらに気づいた女性の問いにリトルは少し位置を横にずらして私たちを紹介する。
「探偵のアリスさんと……えっと」
 リトルが私を困った顔で見ている。あぁそうか自己紹介してなかった。
 でも知らない人へ自己紹介はなんか勇気が居るなぁ……。
「えっと……私は……」
「この娘はレイセンよ、私の助手」
 私が困っているのに気づいてくれたのかアリスが紹介をしてくれた。
「どうも、初めまして、コウマカンパニーの警備主任、ホン・メイリンです……て何故、探偵さんが?」
 不思議そうにメイリンが首を傾げる。
「あれ? サクヤさんから聞いていませんか?」
「全然。というかさっきサクヤさんにデコピンで叩かれたばかりなんだけど」
 赤く腫れた額を撫でる。
「……はぁ、とにかくサクヤさんから聞いてください、なるべく早く」
「うーん、よく判らないけどサクヤさんに聞けばいいんだね? 判った」
 リトルが呆れた風に溜息を吐き、まったく気にしていないようにメイリンがにへらにへらと対応している。
 こんな人が警備主任で大丈夫なんだろうか?
「ほら、レイセン行くわよ」
 メイリンを見ていたらアリスとリトルが既に先に進んでいた。
「あ、うん」
 慌てて駆け足でアリスへと追いつこうとする時、メイリンが笑顔で手を小さく振って見送ったのでこちらも軽くお辞儀をして返す。
 社内はさらに豪華な造りになっており、これまた紅色がところどころに混ざっており、それでも不思議に自然と感じる色使い。
 何よりも広い。エントランスホールの時点でうちの事務所の十倍、いや二十倍以上あるだろう。
 天井を見上げると吹き抜けになっており五階ぐらいまで見える。非常に開放感に溢れた場所だ。
 だけど社内も数多くの人が行き来する。怖い。向いていないはずなのに、こちらに視線が集中しているような錯覚に陥る。早く帰りたいなぁ。
 そんな不安に駆られていると、一つのガラスのような壁の前へと到着する。
「これは?」
 アリスがそのガラスの壁を見ながらリトルへと質問する。
「はい、これは社長室への直通エレベーターです」
 そう言いながらリトルがガラスの壁へと手を当てると、少し電子音を響かせながらガラスの壁が左右に開く。
 すると中には広めの個室があった。
 社長室直通のエレベーターとは凄い会社なんだなぁ。
 興味津々に見ながら二人の後に続いて中へと入るとドアが閉まる。
 すると中から外が丸見えの状態になる。
「へぇ〜凄い」
 こんなエレベーターに乗るなんて、今日はついているのかな?
 リトルがエレベーターの操作版のような物を操作すると、エレベーターは静かに上昇し始めた。
「わぁ、凄い、どんどん高くなる」
 なんかこういうのに乗っていると興奮してしまう。
 エレベーターが上がるにつれ、下に居る人がどんどん小さくなっていく。
「……レイセン」
 はしゃいでいると背後からアリスの注意するような声色の声が聞こえる。
 あぁ、しまった。はしゃぎすぎた。
「あ、五月蝿くしてごめんな――」
「いや、そうじゃなくって」
 謝ろうとするとアリスが私を指差している。
 私というより足元を指差しているような。
「貴女、スカートでしょ?」
「……そうだけど――――ッ!!」
 アリスの言葉が最初、なんのことか判らなかったが、すぐにその理由が判る。
 中から見えるってことは外からもこちらが見えるということではないか。
 慌ててスカートを抑えながらしゃがみこむ。
 うう、私はなんて馬鹿なんだろう……。恥ずかしいよう……。
「大丈夫ですよ。特殊なガラスなので、外から中は見られませんよ」
 リトルがくすくすと笑いながらフォローしたつもりなのだろうが、見えないと判っていてももう立てない……。
 すると周りの風景が無くなり、エレベーターの壁だけが見える。
「ここから社長室がある六二階までは何も見えませんし、速度が上がるので後三十秒ほどで到着します」
 そう言われ、周りを確認して、足元の床も確認する。
 本当に何も無いことを確認しやっと立ち上がる。
 多分、今の自分の顔は真っ赤に染まっているに違いない。
 アリスへと視線を向けると、苦笑いをしながらエレベーターの壁に寄りかかっている。
 あぁ……アリスにまた迷惑を掛けちゃった……。
 自分の行為を恥じていると、エレベーターはもう目的の階へと到着したようだ。
 ドアが開くとそこはとても威厳がある部屋だった。
 床一面に赤いカーペットが敷かれ、四方の部屋の片側一面は全てガラス張りになっており、外の風景が一望できる。
 部屋はとても広く、これまた事務所の四倍はありそうだ。
 うーん……アリスに聞かれたら何されるか判らないけど。うちの事務所は小さいなぁ。
 嘆いていると、正面に一際大きな机がこちらに側面見せて置かれてある。
 その机は半月型になっており、中心部がさらに半月型で切り取られている形だ。
 その切り取られている部分の横に青いビジネススーツを着た女性が行儀よく手を揃えて立っていた。
 青いスーツの女性の横に紅い革で作られている大きな椅子がこちらに背中を向けて置かれており、背もたれの部分から左右に蝙蝠の羽のような物が出ているのが見える。
「やっと……来たわね」
 その紅い椅子から女性の声が響く。
 すると椅子がくるっと回転をして、こちらに向いた。
 椅子の大きさと明らかに不釣合いと思えるビジネススーツの背から蝙蝠の羽を生やしている子供のような少女が足を組んで座っていた。
「ようこそ、小さな探偵さん」
 幼き社長――レミリア・スカーレットが笑っていた。
「私がコウマカンパニー……ここの主のレミリアよ。それからこの娘は私の秘書のサクヤよ」
 青いビジネススーツの女性――サクヤが無言でお辞儀をする。
 レミリアは見た目がまだ幼い子供のように見えるが、全身から威厳のような物を感じ、その顔は自信に満ち溢れている。
「初めまして、私立探偵のアリス・マーガトロイドと私の助手のレイセンです。社長自ら私のような小さな探偵に依頼とはなんですか?」
 鈍感ってたまに言われる私でさえその幼い姿から出ているとは思えない気迫に押されたのに、アリスは一歩も引かずにレミリアへと聞き返した。
 それでもレミリアは楽しげに笑い、ゆっくりとのその質問に答える。
「ふふ……貴女、スペルカードを持っているわよね?」
「ッ!」
 その言葉に流石のアリスも動揺の色を一瞬見せる。
 スペルカードのことは周りに話していないはずなのに!
「な、なんでそのことを!?」
「こらレイセン!」
「あ、ごめん……」
 あまりの驚きについ口が滑ってしまい、アリスに怒られる。
「あら、そちらの兎さんも持っていたの? そんなに警戒しなくてもいいわよ。私たちもスペルカード持ちだから」
 するとレミリアは懐から一枚のトランプほどのカードを取り出した。
「スペルカード……このゲンソウシティーに広がる都市伝説の一つ。
 それがどんな形をしているかは判らず、ただ魔法のような不思議な力が使えると言われている存在。
 誰がなんのために創ったのかも判らず、何故自分がそれを持っているかも判らないカード。
 だけど使い方によっては善とも悪ともなるカード……」
 レミリアは自分のスペルカードをくるくる回しながら確認するように喋る。
 そう、私とアリスもスペルカードを持っている。
 だけどいつ手に入れたのか、いまいち判らないのだ。ある日突然手元にあり。その前後の記憶が無いのだ。
 ただ、判ることが一つ。
 レミリアが言ったように、これは人を殺める可能性もある危険なカード。
「貴女は善と悪、どっち側なのかしら?」
 自分のスペルカードで遊ぶレミリアへとアリスが威圧しながら問う。
「今後の展開によっては善とも悪ともなるわね」
 レミリアは自分のスペルカードを懐へと収めると、とても不気味な笑顔で答えた。
「それは遠まわしに、この仕事を断ったら悪になるってことかしら?」
「さぁ……どうなるかしら」
 アリスとレミリアの間に不穏な空気が流れる。
 全身を突くような空気。アリスの行動によっては身の危険もある可能性が出てきた。
 自然と背筋に寒気が走る。
「……まぁ、受けた仕事は犯罪で無ければなんでもやるわよ」
 アリスはその空気を鼻で笑いながら、その場を収める。
 その行動により、レミリアの威圧的な空気もいくらか緩和されたように感じる。
「ふふ、ありがとう。また別の日にでも私の妹と遊んでもらうのも仕事になるのかしら?」
「私はなんでも屋じゃないわよ。探偵業専門」
「冗談よ、冗談」
「それでなんで貴女は私がスペルカードを持っていることを知っているの?」
「あぁ、それは――――」
「私が教えたのよ、アリス」
 突然、何処からか声が聞こえてくる。
 声の主を探すと社長室の片隅にある大きなソファーから誰かが立ち上がる。
 今まで隠れていて気づかなかったが、その人物はこの紅い部屋の中でなくても目立つ美しい紫の長髪、紫のビジネススーツ、頭に月型の髪飾りをつけた女性がそこに立っていた。
 女性はゆっくりとこちらに近づいてくる。近づくとよく判るが、女性の顔色はあまりよろしくない。
「パチュ、リー……? パチュリーじゃないの!?」
 するとアリスが驚きながらその女性へと歓喜の声を上げる。
「久しぶりね、アリス」
 どうやら二人は知り合いのようだ。
 アリスの知り合い……どういう関係だろう。
「パチェから貴女のことを聞いたのよ」
 一瞬忘れそうになっていたレミリアが補足説明をする。
「そっか、そういえば貴女には教えていたね」
「ええ、だから貴女を呼んだのよ」
 アリスが勝手に納得している。
 このままでは私だけが判らない状態で話が進んでしまう。
「あの……二人は知り合いなの?」
 勇気を出してアリスへと喋りかける。
「え? あぁ、彼女はパチュリー。小さいころからよく遊んだ仲なのよ」
 サラッと答えられてしまった。
 幼馴染……、結構昔からの知り合いなんだ。
「……ねぇ、アリス。さっきから気になっていたんだけど、そちらの方は?」
 パチュリーが不思議そうに私、特に頭の耳を見ている。
「この子は私の助手をやっているレイセンよ。おっちょこちょいでたまに足を引っ張って――」
「アリス……そこまで私は足を引っ張っていないよ……」
 結構気にしているのに……。そりゃーたまに足を引っ張るけどさ、頑張っているよ、私。
「へぇ……昔は人見知りだったアリスが……助手ねぇ。探偵だけでも驚きだったのに」
「こ、こらパチュリー」
「へ?」
 パチュリーの言葉にアリスが慌てる。
 そんなに慌てるほどの過去があるのだろうか。アリスはなかなか私に教えてくれないからなぁ。
「事実を言ったまでよ」
 パチュリーはアリスの反応を気にせずレミリアの横へと移動する。
「……そろそろ本題に移ってもいいかしら?」
 いい加減忘れられているレミリアが眉尻を寄せながら首を傾げる。
「レミィ、いいわよ」
 パチュリーが答えると、やれやれと溜息を吐きながら、レミリアは傍らに居るサクヤへと視線を向ける。
「……サクヤ、あれを」
「かしこまりました、お嬢様」
 命令されたサクヤは慣れたように手に持つファイルを開く。
 お嬢様……?
「サクヤ……ここでは社長よ」
「はい、社長」
 まったく反省していないようにレミリアへと微笑むと、サクヤはファイルから一通の手紙をアリスへと渡す。そこには星のマークが描かれていた。
「中を見ていいのかしら?」
「どうぞ」
 アリスが怪しみながら手紙の開いた封から中身を出すと、そこには一通の可愛らしい手紙が入っていた。
 それには可愛らしい文字でこう書かれていた。
『本日、五月七日、午後十時にコウマカンパニー本社、資料室にあると思われる大切な物を借りるぜ。 黒白の大泥棒』
「これって、あの有名な!」
 ここに着て、本日二度目の驚きの声を上げてしまう。
「そう、黒白の大泥棒からの犯行予告状」
 紅色の椅子に座るレミリアがさらに深く腰掛けて面倒臭いように言う。
「何? まさか、私たちが黒白の大泥棒を捕まえろとか言うの?」
「その通りよ」
 アリスの問いにレミリアがなんの迷い無く速答する。
「なら警察にでも言ったら? もう何度も逃げられているけど……」
 黒白の大泥棒が最初に現れて、現在まで警察はことごとく逃げられており、最近は黒白の大泥棒がどんな奇策で逃げるかが民衆の楽しみの一つになっている。
 噂では警察の面子が丸つぶれなので、奇策には奇策と色々な逮捕計画を使っているらしいが、ことごとく逃げられているらしい。
「それが黒白の大泥棒……いちいち言うのは面倒だわ、黒白で十分。とにかく黒白がこの前の事件で少し面倒なことをやってくれたのよ」
 パチュリーが目頭を押さえる。
「面倒なこと?」
「ええ、黒白が昨日入った研究所にどうも人の力では不可能な巨大な穴が開けられていたみたいなの」
 穴……? それが何か問題あるのだろうか。
「どうもその穴がスペルカードによる物みたいで、エイトクラウドが釘を刺してきたの」
「エイトクラウドが?」
 エイトクラウド……それはゲンソウシティーに存在する謎の組織。
 ゲンソウシティーに存在するスペルカード持ちの人物を全て把握しており、それが世界の秩序を乱さないように監視、介入しているっと言われている謎の組織。
「スペルカードが一般にはあまり知られてはいけない、今回の犯行予告状もなるべく警察には言うな、と言ってきたわ」
「まったく、こっちはまだここに居る者にしか見せてないはずなのに、なんであいつらが知っているのよ」
「社長、愚痴っても仕方がありませんよ」
「だってサクヤー」
 私も詳しくは判らないけど、エイトクラウドの組員みたいな人に自分のスペルカードの危険性や心構えなどを教えられた。
 たしか狐の尻尾を持った大人びた女性、ヤクモと名乗っていたなぁ。
「とにかく、警察は会社の外。資料室にはスペルカード持ちか、それの関係者のみということになったの。だからなるべく人は多い方がいいでしょ?」
 パチュリーがアリスへと優しく微笑む。
「だから私たちを……」
「それで――」
 レミリアが静かに問う。
「お仕事を引き受けて頂けるかしら? 探偵さん」
 その問いは先ほどのような威圧感は無く、本当に協力を願っている感じがあった。
「判ったわよ、引き受けるわよ、社長さん」
 アリスも今回の依頼にはかなり乗り気のようだ。
 今朝のこともあるのかな……言わなきゃよかった。
「ふふ、ありがとう。早速だけどお二人を資料室に案内してもらってもいいかしら、パチェ?」
 依頼を引き受けてもらったことにより、レミリアは満足したような表情になる。まるで子供のようだ。
 無邪気にはしゃぐ社長の頼みにパチュリーも嬉しそうに顔を緩ませ答える。
「いいわよ、レミィも今日の夜のためもう一人くらいスペルカード持ちを探しといてね」
「判ったわ。でも私はやらないといけない仕事があるからあまり期待しないでね」
「えぇ、じゃあ期待しないで期待しているわ。さ、二人とも行きましょう」



 資料室へは最初に乗ってきたエレベーターから行けるようになっていた。
 どうもこのエレベーターはレミリアが認めた者だけが自由に使えるようだ。
 いわゆる身内専用なエレベーターだ。
 資料室は会社の中央部分にあるようで、エレベーターに乗ってほんの数秒でついた。
 扉が開く社長室と同じように目の前に部屋が広がっている。
 ただ、社長室と大きく違うのが一つ。
「……汚い」
 部屋の中に様々な物が錯乱していた。
 塔のように積み重ねられた本や、ピラミッドのように綺麗に山を作っている本が置かれている。
 床は何処を見ても、本、本、本。
 よく見てみると一冊は難しそうな哲学の本、さらに一冊は何処かの国の言葉で書かれた薄い本、そして文字かと思えないような古代文字で書かれた分厚い本、様々な本が置かれている。
 天井まである巨大な本棚が数々置かれており、まるで図書館のように並べられている。
 本に埋もれて見えないが、机も置かれている。そこだけ書類やら筆記用具が置かれていたりする。ここの主が机の周りをよく使っていることが判る。
「何、この物置みたいな状況は」
 アリスが部屋の状況に圧倒されながら呟く。
「すいません……パチュリー様が図書室から持ってきた本を読んで返さないので」
「五月蝿いわねリトル」
 リトルが申し訳無さそうに謝り、パチュリーはそれをまったく気にせず慣れたように床に錯乱した本などを器用避けながら歩く。
「本当に住み慣れているみたいですね」
 足元を見ずに部屋の奥へと歩いていくパチュリー。足に目でもあるのだろうか。
「すいません……片付けてもどんどん散らかるので……」
「リトル、口を慎みなさい」
「すいません……」
 なんかリトルさんが可愛そうだ……。
「私は資料室兼図書室の管理をしているのだから、これくらいいいでしょう」
「しかし、本当にアンタは昔から変わってないわね」
 アリスが呆れたように肩を落とす。
「逆にアリスは昔と変わったわね」
 自分の机に到着したパチュリーが戸棚を漁りながら言う。
「そんなに変わったかしら?」
「ええ、大違いよ。なんというか、丸くなったというか」
 昔のアリスは今より丸くなかったのかな。というか今で丸いって……。
「何が丸くなったのよ……」
「さぁ……それよりこっちに来なさいよ、目的の物はたしかこっちにあるから」
 パチュリーの手だけが本の山からこちらを手招いている。
「たしかって……」
 私とアリスは本を踏まないようにゆっくりと、本を退かしながら歩く。
 しかし、歩きにくい。結構貴重そうな本があるかもしれないから慎重に行かなければ。
「えっと……何処に……」
 近づくとパチュリーが、がさがさと机周辺を漁っている。
「パチュリーさん?」
「ちょっと待ってね、たしかここに……」
「まさか、無いの?」
「いや、この部屋にあるはずなんだけど……」
「……あれ? パチュリー様、これじゃないですか?」
 振り返るとリトルが本の山から一冊の本を抜き取っていた。
 それは革張りの表紙で飾られており、年期の入った分厚い本。
「あぁ、それよ、それ」
 本の山に埋もれていたパチュリーが顔を出すと、リトルが器用に床に置かれている本をこれまた器用に避けながら本を届ける。
 上司も上司なら部下も部下か。
「これが黒白の狙っていると思う、この会社で一番貴重な本、錬金術について書かれた本よ」
「錬金術……?」
 何か本で昔読んだことがある。
「錬金術って、あの大昔にあった貴金属を作るやつ錬金術?」
「ただの錬金術の本じゃないわよ。賢者の石を唯一手に入れたとされている古人、ヘルメス・トリスメギストスが書いたと言われている非常に珍しい本なのよ。その本事態も何か魔法みたいな物を掛けているのか殆ど朽ちないのよ」
 目をきらきら光らせながらパチュリーが力説をする。
 なんかよく判らないけどきっと凄いんだろうなぁ。
 アリスがさらに近づいてその錬金術の本を凝視する。
「なんでこんな物があるのよ……」
「探せば意外に見つかる物よ、これだって支社から送られてきた物だし」
 大企業って凄いなぁ。
「でも錬金術で本当に金とか作れるの?」
「さぁ? これにはそう書かれていたけど、できるかどうかは判らないわよ」
「そんな嘘臭い物が本当に貴重な物なの?」
「恐らくね。現代に存在する最古の錬金術の本らしいわよ」
「そんな貴重な本を床に放り出さないでよ!」
 アリスが普通な突っ込みを入れる。
 それを綺麗に流すようにパチュリーは自分の机にある椅子へと座る。
「違うわよ、ちゃんと重ねて置いていたはずなんだけど、勝手に倒れて散らばったのよ。リトル、ちゃんと片付けなさいよ」
「……かしこまりました」
 そう言って、リトルは不満そうに床に散らばる本を集め始める。
 あぁ、なんか可哀相だ。
「とにかく黒白が狙っているのはこれね、奴の今まで盗んできた物を考えると」
 黒白の大泥棒は、数々の珍品名品を盗んできた一種のコレクターなのだ。
 しかし、今までの犯行場所に一度も銀行などの金融機関は盗まれておらず、このことからお金など現金はあまり目標にしていないのが判る。
「それなら、金庫とかに保管しておきなさいよ。こんな大きな会社なんだからそういった物はあるでしょ?」
 まったくその通りだ。絶対ありそうな気がするんだけど……。
 アリスの正論にパチュリーは眉間に皺を深く刻んで言い返す。
「嫌よ、これは私の本なの、読みたい時に手元に無いと嫌なの」
「なんて我侭な……」
 思わず口から言葉が零れる。
 その言葉が聞こえたか知らないが、パチュリーが言葉を続ける。
「それに、私が持っていた方が黒白の顔を確認するのに簡単だと思うし」
「パチュリー……貴女やっぱり……」
 その瞬間、アリスが険しい顔でパチュリーへと確認するように険しい声を上げる。
「もちろんよ、アリス、貴女もでしょ?」
「……?」
 二人がお互いの意思疎通を、私は疑問の念に埋め尽くされながらその場に立ち尽くしていた。
 結局その理由は教えてくれなかった。
 そして犯行時間が刻一刻と近づいてくる。



 陽もすっかり落ち、夜が暮れ始め、数々の建物の灯りがゲンソウシティーの夜を美しく照らす。
 黒白の大泥棒の予告時間まで後数十分前となっていた。この事件は極秘で警備をするため、エイトクラウドから許可を得て警察は最小限の人員で護られる。
 はずだったのだが……。
『私、シャメイマルは現在、黒白の大泥棒が犯行予告をしたコウマカンパニー前に居ます! どうやら黒白の大泥棒はマスコミ各社に犯行予告状を送ったようです。
 そのため数多くのマスコミがひしめき合っています! 犯行予告時間まで後少しです! 果たして黒白の大泥棒は現れるのでしょうか!?
 それから私の新聞、文々。新聞をよろしくお願いします』
 資料室にあるテレビからニュース映像が流れる。
 窓から地上を見ると数多くのマスメディアが犇めき合っているのがここからでもよく見える。
 私とアリス、パチュリー、レミリア、サクヤ、リトル、メイリンが資料室で犯行時刻を刻一刻と待つ。
「……別に隠す必要が無かったわね」
 アリスが皮肉たっぷりに言う。
「まさかマスコミにまで予告状を出しているとは……」
 今までの苦労はなんだったの、と怒りをぶつけるようにレミリアは下に居るマスメディアを睨みつけている。
「しかし、なんでマスコミにまで?」
「さぁ、泥棒の考えることまで判らないわよ」
 レミリアとは逆にパチュリーは酷く落ち着いた様子で何処か外国の本を読んでいる
 すると資料室のドアが開かれ、燃えるような赤髪で長身の女性が大股で入ってくる。
「この部屋以外の警備配置は完璧です。ネズミ一匹入れませんよ。マスコミも入口付近で警察が止めています」
「あら、ありがとう」
 敬語にあまり慣れていないような喋り方で赤髪の女性はレミリアへと報告する。
「いや、こんなにも大々的に予告されたら今回こそ捕まえないと警察の……いや、アタイの面子に関わるので!」
 握り拳を作って女性は窓の外へと向かうように意気込む。
「あの、この方は?」
 私の質問にレミリアの横にいつも待機しているサクヤが説明を始める。
「こちらの方は、警察の――」
「コマチ・オノヅカ警部だ。事件の責任者、一応」
 いきなり態度が大きくなったような。
「警部もスペルカード持ちなので、ここの警備が可能なのです」
「本当はもっと人員を増やしたかったのだけど、エイトクラウドが警察上層部に何か圧力を掛けたみたいで、唯一スペルカードを持っているアタイだけがここに入れるのさ」
 コマチが得意げそうに自分のスペルカードを私たちに見せる。
 そんな無防備に見せていいのだろうか。
 するとコマチが私とアリスを見て何かに気づいたようだ。
「それで、そちらの二人は?」
「こちらの二人は私が依頼した探偵さんよ、もちろんスペルカード持ち。味方は多い方がいいでしょ?」
 先ほどまで窓の外に怒りをぶつけていたレミリアは気が済んだのかいつの間にかこちらに近づいていた。
「なるほど、よろしく」
「アリス・マーガトロイドよ、よろしくね、警部」
 コマチとアリスは慣れた様子で自己紹介をするが、私はまだこういう場での自己紹介は慣れない。自然と小声になってしまう。
「レイセンです……よろしくお願いします」
 これでも頑張った方だ。
「さて、もうすぐ犯行時間だが……あの黒白め! 今度こそ捕まえてやる!」
 やる気満々にコマチが腕を振る。
 なんでこの人はこんなにも元気なのだろうか。
「警部は黒白に会ったことがあるのですか?」
「会ったというか、あいつの事件は殆どアタイが担当しているのさ! 毎度毎度逃げられて……」
 アリスの質問にそんな自信満々に答えられても……なんか不安だなぁ……。



 黒白が現れるまで後数分。
 資料室は犯行時間まで後少しということでかなりピリピリした雰囲気が流れている。
 私も探偵業をやっていてこんな大きな事件に関わるのは初めてでかなり緊張している。
 だがやることが無い。
「アリス……どうなるんだろう……」
 背後に脅えるように立っている私の相棒のレイセンが控えめの声で聞いてくる。
 この娘は本当にこういう場が苦手なのだな。
 判らないことも無いけど、もうちょっと慣れて欲しい、私の助手をやっているのなら。
「さぁ、もうすぐ来る小悪党が来るまでどうも出来ないわね」
「うぅ……なんかドキドキしてきた……」
「貴女がドキドキしてどうするのよ、落ち着きなさい」
 言ってはなんだが、脅えているレイセンは少し可愛い。こういう時に見せる顔はまるで小動物のようだ。
 だけど今はそんなことに気を散らしている場合ではない。
 しかし、レイセンが涙目になりながら私の肩にしがみついてくる。
「でもアリスぅ〜兎にストレスを与えると死んじゃうよぉ〜」
「もう、しっかりしなさい。貴女だって黒白が来たらしっかり動いてもらうんだから」
「うぅ……私にできることなんかあるかな……」
 またレイセンのネガティブな思考が現れた。真面目になればこんな思考を持っているとは思えないほど凛々しい動きになるのに。
「まぁまぁ、お二人とも、そんな焦っても仕方が無いですよ」
 すると、朝方にコウマカンパニーの入口で見た警備員のメイリンがこちらへと近づいてきた。
「貴女はたしか警備主任のメイリンさん」
「どうも、アリスさん、レイセンさん」
 朝方のようにメイリンはにへらにへらした笑顔で私たちへと挨拶をした。
「もうすぐですね、緊張していますか?」
「まさか」
「私はかなり……」
 ここで緊張しているなんて言ったら私のプライドがダメだ。少し嘘を加える。レイセンは見た目からでもかなり緊張しているのが判るけど。
「おー、凄いですね。私なんかかなり緊張していますよ。だけど頑張って捕まえて見せますよ!」
 メイリンもコマチと同じようにかなり意気込んでいるようだ。
 その時、パチュリーと目が合い、合図を送られる。
「……そういえば、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
 目をパチパチしながら首を傾げる。

「――朝会った時、鼻先を赤く腫らしていたじゃないですか」

 その私の言葉に、メイリンの目が一瞬泳ぐ。
「え……えぇ、もう大丈夫ですよ!」
 メイリンがたしかに、答えた。
「そうですか……もう大丈夫ですか」
 その瞬間、メイリンの背後からレイセンとサクヤが掴みかかり押さえ込む。
「ふぎゃッ! な、なんですか!?」
 地面に押さえ込まれたメイリンは訳が判らないように首を振る。
「やっぱりメイリンに変装してきたわね、黒白!」
「本当にパチュリー様の言うとおりだったわね!」
 勝ち誇った顔でレミリアとサクヤがメイリンへと叫ぶ。
 そしてサクヤは慣れた手つきでメイリンを縛り上げると、取り囲むように資料室に居る全員が立つ。
 まだ現状が理解出来ないようで、メイリンが周りに視線を送りながら問う。
「い、一体なんですか!?」
「ふふ、メイリンになりすましたつもりだったんだろうけど、少し爪が甘かったわね」
「あの娘はこんな律儀にここに居ないわ」
「いつもは居眠りしているか忘れているか」
「メイリンさんは真面目な時でも入口からあまり動きません」
『そして何より』
 レミリア、サクヤ、リトル、パチュリーが何も意図せず、ほぼ同時に声を上げた。

『あの娘に今日のことは言っていないわよ!』

 サクヤにこの可能性を出された時、メイリンを不憫に思いながらも、流石にそれは無いだろうと思っていたら案の定メイリンに変装した黒白がのうのうと資料室へとやってきたのだ。
 しかし、万が一ということもあったので誰かがメイリン本人だと判断できる質問を出して判断をすることにしたのだが、先ほどまで色々な質問を見事に答えていたメイリン(黒白)だが、やっとアリスの時にぼろを出したのだ。
「て……テレビを見たから来たのですよ!」
 メイリンが酷く狼狽したように喋る。
「あの娘がよくサボるから警備室にはテレビを置いていないわよ」
「休憩室のですよ!」
「まぁ、貴女に少し痛い思いをしてくれれば本物かどうか判るわ」
 言い訳なんて鼻から聞く気無いわね。
 サクヤがスカートで太腿に隠していた銀色のナイフを手に取り、悪魔の笑みのような顔でメイリンに近づく。
「…………ふぅ」
 絶体絶命のはずのメイリンは余裕があるように小さく溜息を吐くと、縛られていたはずの縄を解いて大きく飛び上がる。
 体を回転させてナイフを構えるサクヤの上を舞うように飛び越える。
 そしてメイリンは壁を正面に、こちらに背を向けるように立つ。
「時間が早いが、まぁ……いいか」
 先ほどのメイリンの声とは違う、別の女性の声を放ち、そいつは自分の肩を手を掛けると、引き裂くように腕を振る。
 しかし、衣服はマントのように綺麗に剥がれその下から新たな姿が現れた。
「またせたな、マリサ・キリサメ様の登場だぜ!」
 魔女のような黒いとんがり帽子を被った女性――黒白の大泥棒がそこに立っていた。
「予告通り、ここの宝を借りていくぜ!」
「この人数でそんな口が利けるかな!?」
 今まで横でこの光景を傍観していたコマチが水を得た魚のようにマリサの前へと立ちはだかる。
 それでもマリサは、
「お、コマチ刑事、この人数より何倍の警察から逃げている私を忘れたのか?」
 と知り合いに会ったような感覚で挨拶をする。
「五月蝿い! 今日こそお前を捕まえて、アタイの地位を昼寝ができるくらい、上げてやるんだ!」
 この刑事……。
「確保ぉぉぉぉぉぉぉきゃんッ!」
 コマチがマリサへと向かうが、見事に頭を踏まれ変な声を上げて倒れる。
 頭を踏んで勢いをつけたマリサは、そのままの跳躍力で一直線に山積みにされている本へと向かった。
 パチュリーの提案で木を隠すなら森の中、本を隠すなら本の中。錬金術の本はその山積みになっている本の山の中に隠してあるのだ。
「うおッ!?」
 すると向かっていたマリサが何かに気づいて上半身を倒して滑り込むような状態になる。
 次の瞬間マリサの鼻先を銀色のナイフが掠め、それは壁へと突き刺さった。
 投げたのは、サクヤ。既に次のナイフを構えている。
「サクヤ、あまりこの部屋を傷つけないでね」
「申し訳ございません、パチュリー様」
 しかし、マリサはサクヤの攻撃をギリギリで避けていく、その顔には余裕の色さえ見える。
 マリサが目的の場所へと近づこうとする。
 私は反射的に本を護るように間に入る。
「おっと……」
「やっぱり貴女だったのね、マリサ」
 パチュリーがマリサの真後ろへと挟むように立つ。
「あの癖のある書き方を見たらなんとなく判ったわ」
「よう、久しぶりだな、アリス、パチュリー」
 マリサは私たちに向かって親しげに片手を上げる。
 そう、昔からこんな場合でも焦るという言葉を知らない女性。
「え!? アリス、知り合いなの!?」
 レイセンがおどおどとしながら私の少し後ろに移動して、聞いてくる。
「知り合いって言っても何年も前の話よ」
「小さいころから一緒に遊んだ仲」
 そう、マリサとは昔からの幼馴染。
「パチュリーが居ることは判っていたが、まさかアリスまで居るとは。こんなところで同窓会とはな」
 本当に嬉しそうにマリサは喋る。昔見た悪ガキのように楽しそうな笑顔。
「幻滅したわよ、マリサ」
「まさか泥棒になるとわね」
「ふ、これはこれで楽しい……ぜッ!」
 語尾を強めたマリサが一歩後ろに下がると、急に方向を変え、本のある場所とは逆の方向に居るパチュリーへと向かう。
 その突然の行動に、その場に居た者は呆気に取られた。
 しかし、私だけが自然と反応出来た。マリサの本当の目的が。
 懐に入れているカードを抜き出し、前へと突き出す。
 そう、私のスペルカードを。
「咒符『上海人形』!」
 私の正面、何も無い空間から突如としてメイド服のような洋服を着た人形が、自分の身の丈と同じ大きさの大剣を持って現れる。
 これが私のスペルカードの一つ、上海人形。私の意のままに操れる人形を召還することができる。
 パチュリーに触れようとしたマリサへ、上海人形は一気に距離を詰めて、大剣を振りかざす。
「うおッ」
 かなり奇襲に近い行動だが、マリサは身を捻ってそれを避け、パチュリーの横を抜ける。
「危なかったぜ。それでも一枚ゲットだ」
 マリサの手には一枚のカードがあった。
 それを見た瞬間、パチュリーは目を見開きながら自分の懐を調べる。
「……なんだ、これは名前無しのスペルカードか」
「わ……私のカード! 返しなさいよ!」
「だからこれは借りていくぜ、ついでに私が名前をつけてやる」
 昔からマリサはそうだが、意外に頭が切れる、本は囮だったのだ。
「最初からスペルカードが狙いね」
「本当はここに居る全員のカードが欲しかったんだが、なかなか手ごわい。今日はこの一枚だけで我慢してやるぜ」
「もってかないでー」
 マリサは逃げようと誰も居ない壁の方向へと向かうが、そこには先ほど頭を踏まれたコマチが立ちはだかる。
「今回のアタイは前回とは違うぞ! 新技! 距離を操る能力! これでお前は距離感を掴めなくなって、この部屋から出――――」
「恋符『マスタースパーク』!」
 長々と台詞を叫んでいたコマチを無視するようにマリサが懐から取り出したカードから極太のレーザーのような物が放たれる。
「あ〜れ〜」
 何か叫び声を響かせながらコマチは社外へと吹き飛ばされた。
 そして壁に大きな穴だけがぽっかりと開いている。
 するとマリサが服に隠していた小さな棒を取り出し、ボタンを一つ押すとあっという間に小さな棒は箒の形へと変わった。
「いいだろ、これ、昨日手に入れたジェットパックだぜ! じゃあな!」
 空いた壁の穴からマリサが新型ジェットパックらしい箒に跨り飛び出す。
 逃げられた、そう感じた瞬間、私はしっかり見た。
 箒に……レイセンがしがみついていたのだ。



「わわわ」
 無我夢中で逃げ出そうとしたマリサが乗る箒へと飛び掛ってしまい、現在ゲンソウシティーの空を浮かんでいる状態である。
 地面へと視線を送るとゲンソウシティーのビルが照らすオレンジ色の地面が小さく見え、恐怖心が一層強まる。落ちるとまず死んでしまう。
「こ、こら! 放せ! いや、放したら落ちるか……」
 箒の主であるマリサが叫ぶ。
 そう簡単に放してたまるか。というか放したら私が死んじゃうし、捕まえた意味も無くなる。
「放すもんか! せっかくアリスが受けた大きな仕事なんだから、絶対に逃がすもんか!」
「ああ、もう! 湖とか池に落とせば大丈夫……ん?」
 すると背中を何かが上るような感覚がある。そしてそれは私の肩へと登った。
 視線を肩へと移すとそれは背中に大剣を担いだアリスのスペルカードの上海人形だった。
「げ!」
「アリス!?」
 上海人形が背中にある大剣を握り、勢いよくマリサへと攻撃を加えようと飛び上がる。
「あぶッ!」
 身を屈めて、上海人形の薙ぎ払いを避けるマリサ。
「殺す気か!? そんなことしたらこいつも落ちるぞ!」
 その忠告も聞かずに上海人形は攻撃を続けようと大剣を振りかざす。
「くそう! どうなっても知らないぞ!」
 そう言い、やけくそ気味にマリサは振り落とすように箒を急激に動かし回った。
 その急激な動きに私の手の力が耐え切れず、箒から手を放してしまう。
「あ――――」
 不思議な浮遊感に一瞬包まれる。
 刹那、重力に従うように体が落ちていき、全身に寒気が走る。
 だがその死の恐怖が全身を駆け巡った瞬間、私の体が宙に止まるのが判る。
 それは体のあちらこちらを持つ人形たちが私の体を宙に止めていた。
 そう、それはアリスの持つスペルカードの一つである上海人形とは人形たちであった。
「た……助かった」
 安心していると何かが私の頭へと着地する。恐らく上海人形だろう。
 するとマリサが少し離れた空中を浮かぶのを確認する。
「そこの兎! たしかレイセンだっけ? パチュリーに伝えな、いつか返すぜ! ってな」
 そう言って、マリサが漆黒の夜とゲンソウシティーが作り出す地上の星々の境界へと流れ星のように消えていった。
 私は去り行くマリサを見つめながら、捕まえられなかったことに悲愴感が生まれる。
 そのまま私の体を持つ人形たちがフワフワと宙を飛びながら穴の開いたコウマカンパニーの資料室へと戻る。
 そこにはこちらを見つめるアリスの姿が見える。



「レイセン! なんであんな無茶をしたの!?」
 無事に戻ってきたレイセンへと私は感情をそのままに怒りをぶつける。
「ごめん、アリス……私、どうしてもこの依頼を成功させたかったの……」
「レイセン……」
「私、アリスの足をよく引っ張るから……本当に私がアリスの助手でいいのか自信が無かったから、どうしても……」
 レイセンは目を瞑り、泣きそうな顔をしながら俯く。
 まったく、この娘は本当に悩みすぎだ。
 足を引っ張るからって、今までちゃんと仕事をこなしてきたでしょ?
 それに誰がなんと言おうとも、貴女は私の助手なのだから。
「…………もう、貴女は――」
 だが次の瞬間、部屋に置いてある時計から十時を知らせる音が響く。
 それと同時に私の視界にある光景が写った。
 へたり込むレイセンの奥、部屋の片隅に脱ぎ捨てられたマリサが着ていたと思う変装衣装を調べようとしていたコウマカンパニーの面子。
 そして十時を知らせる時計の音と同時に、彼女らが調べようとしていた変装衣装が、

 一瞬の大きな破裂音と、強烈な光を放った。

 そして私の視覚と聴覚を奪った。



 突然のことに何が起きたか判らなかった。
 ただ、背後から強烈な光と爆音を感じ、驚いて目を開けると、目の前に居るアリスが足元が覚束ない動きでフラフラと動いている。
 何故かアリスは目を瞑り、何か喋っているように口を動かしているが私には聞こえない。
 そういえば周りの音が聞こえない。いや聞こえないというよりは耳鳴りのような音が耳の中に響いている。
 現状を理解しようと必死に思考を巡らせているが、目の前に居るアリスがフラフラとしている。
 ゆっくりとアリスは動いている。
 穴の開いた壁の方向へと。
 アリス――――!
 そう彼女の名前を呼ぶが自分が叫んでいるのか判らない。
 恐らくアリスも今は耳が聞こえない状態なのだろう。そして目も見えないのかもしれない。
 そしてアリスは、崩れかけていた床を踏んだ。
 聞こえないはずなのに、何故かアリスの小さな悲鳴が聞こえたような気がした。
 刹那、その床と共にアリスは何も無い空へと体が傾く。
 反射的にアリスへと手を伸ばす、ギリギリでアリスの片腕を掴むことに成功した。
 よし、と思い踏ん張った瞬間、脆くなっていた床がさらに崩れた。
 アリスの腕を掴んだまま、ビルの外へと放り出される。
 先ほどとは違い、すぐに重力を感じ下へ向かって落ちていく。
 風を全身に受けながら私は視界と聴覚が利かない状態のアリスを引き寄せ、護るように抱きしめる。
 このまま落ちたら二人ともただでは済まないだろう。だからアリスでも護らないと、こうすればもしかしてアリスが助かるかもしれない、私がどうなっても……。
 それでも他に何か手が無いか、近づく地面へと視線を送る。
 地面にはマスメディアはマリサが逃げるのを発見したのか既に移動し始めている光の数々と、

 突然、空間の裂け目が現れ、そこから覗く無数の紅い瞳。

 そのまま空間の裂け目へと私とアリスは落る。
 ふぇ?
 先ほどの周りの風景とは違い、赤や黒、紫や白、様々な色が練り動き、そして私たちを見る無数の紅い瞳。どちらが上なのか下なのか判らない不思議な空間。
 それを見たのは一瞬、次の瞬間。
 あたッ!
 再び重力を感じ、お尻から地面に落ちる。
 そこはコンクリートの地面ではなく、先ほどまで居た資料室の床。
 落ち方は勢いよくではなく、ふわっという感じで落ちた。
 あたたたた……。
 打ち付けたお尻を擦る。
 周りを見回すと、レミリアやサクヤ、パチュリーやリトルがアリスのように目と耳をやられているようだ。
 すると目の前にまた先ほどの裂け目が現れる。
 そしてそこの隙間から一枚の小さなパネルが見える。それにはこう書かれていた。
『身を挺して友人を護ろうとした貴女を賞して、助けてあげる。エイトクラウド代表取締役、ユカリ』
 それを読み終わったと同時に、裂け目が消えた。
 段々と耳も正常に戻ってきたようで、音が聞こえてきた。
「――ですか!? ――様!」
「なん――――あの黒――」
「――見え――マリ――」
「パ――――様――痛――」
 皆混乱しているようだ。
 すると目の前に空いている穴から落ちたはずのコマチが這い上がってくる。
 無事だったんだ、よかった。
「――そ! ――白め! 今度――あ、皆――大丈夫――」



 朝、いつも通りに私が取っている新聞に目を通す。
『黒白の大泥棒、コウマカンパニーに忍び込むも何も盗まず退散!』
 そう書かれていた。
 スペルカードのことは何一つ書かれておらず、これもエイトクラウドからの圧力なのだろうか。それは判らない。
 レイセンは現在、ちょっとした用事で薬屋に行っているらしい。なんでも『師匠に呼ばれた』らしい。
 レイセンは薬師を目指しているらしく、その師匠と呼ぶ人のところで色々学んでいるらしいけど、よくここの仕事を手伝っている。そんな時間があるのだろうか?
 そんな一人の時間をゆっくりと紅茶を飲みながら過ごす。今日はいつも通りに溜まった仕事をこなすだけ。
 すると窓が軋む音。
「……あら、不法侵入よ」
「旧友に向かって酷いぜ」
 黒白の大泥棒であり私の友人――マリサが笑いながら窓枠にもたれるように立っていた。
「まさか、お前が探偵業をやっているとはな」
「私も本当に驚いたわよ、貴女が泥棒になっているとは」
「そんなに褒めないでくれ、照れるぜ」
 ぽりぽりと頬を掻くマリサ。
「褒めていないわよ」
「アリスはなんで探偵なんかやっているんだ?」
「別に……いいでしょ」
 そう、貴女には関係の無いことよ。
「ふーん……それより!」
「何よ?」
「お前の人形に昨日殺されそうになったんだぞ! 旧友を殺す気か!」
 マリサが昨日のことに怒りをぶつけてくる。
「あー、あれね。大丈夫よ、上海の持っていた剣に当たっても死にはしないわよ。当たったら気絶するとは思うけど」
 気絶したら、貴女を捕まえて解決でよかったんだけどね。
「お前……」
「それより貴女、いい加減こんなことは辞めなさい」
 そう言って、マリサのことが書かれた新聞の一面を指差す。
「うーん、ちょっと失敗だったな。次は頑張ろう」
「真面目に聞きなさい、貴女、いつか死ぬわよ」
「ふ、私のコレクター魂はそう簡単に止められないぜ」
 そしてマリサはゆっくりと私に近づく。
「貴女、そんなこと……」
「アリス、やっぱりお前は可愛いぜ」
 マリサが妖艶な笑みを作る。
 その瞬間、ソファーへと押し倒され、覆いかぶさるようにマリサが私の上に乗る。
「ちょ、な、何するのよ!」
「昔も可愛かったが、さらに可愛くなっているぜ」
「何を……ッ!」
 熱い眼差しで見つめてくるマリサ。
 あまり肉体労働をしていない私と違い、体を張っているマリサの力は強く無理やり押さえつけらる。
 マリサの顔が今にもくっつきそうなほど近かづいてくる。
「アリス……」
 マリサの生暖かい吐息を顔に感じる。
 このままではかなりまずい。ファーストキスを取られてはいけない。
 抵抗しようとするがマリサの力が強く、このままでは……。
「アリス、ただいま――うえッ!?」
 するとタイミングよく事務所のドアが開き、紙袋を持ったレイセンが帰ってくる。目の前の光景に驚き、手に持っていた紙袋を落として硬直する。
「あ、あああ、あ、ああ、あ、アリスに、な、ななななな、な、何やっているのよ!」
 レイセンが顔を真っ赤にしながらマリサへと飛び掛る。
「おっと」
「きゃふッ」


 マリサは軽々とそれを避け、避けられたレイセンは思いっきりソファーに顔面をぶつける。
 小さな叫び声を出して、レイセンはずるずると私のお腹の上へとのびるように乗る。
「邪魔が入ったぜ。アリス、これをパチュリーに渡してくれ」
 そう言って、マリサが一通の手紙を投げてきた。
 それを受け取ると、マリサは入ってきた窓枠へと足を掛ける。
「じゃあな、アリス!」
 そしてマリサは窓の外へと飛び出し、消えてしまった。
 呆気に取られながら、渡された手紙を見る。
 表側には予告状と同じ星のマークが入っており、片隅には『パチュリーとアリスへ』と書かれている。
 裏面の片隅には『黒白の大泥棒、マリサより』と書かれている。
「あたたた……はッ!」
 私の上で痛さに呻いていたレイセンが体を起こす。
「アリス、大丈夫!? 何か変なことされた!?」
「うん、大丈夫よ……ギリギリ、変なことはされていないかな」
「よかった……」
 それを聞いてレイセンは胸を撫で下ろすように安心しているが、次の瞬間怒りの表情に染まる。
「あの黒白め! 次会ったらただじゃ済まさないわよ!」
 マリサが逃げた窓枠へと怒りの声を上げるレイセン。
 そんな必死なレイセンを見ていると何か可笑しくなってくる。
「ふふ……」
「ん? アリス、どうしたの?」
「そんなにむきになっちゃって、まるで私がレイセンのもののような感じね」
「え、いや! そ、そんな、そん、そんなつもりじゃ!」
「なーに顔を真っ赤にしているのよ」
 顔を真っ赤にして慌てるレイセンの鼻先を突付く。
「いや、私、うん、そ、あわわわ」
「ふふ……そういえば大丈夫? さっき思いっきり顔からぶつけたけど」
 少し赤く腫れたレイセンの額を撫でる。
「ひゃうッ!」
「あ、痛かった?」
「い……ひや! なんでも、ひゃいよ!」
 なんか少し喋り方が変な気がする。
「わ、私、顔洗ってくるね!」
 逃げるようにレイセンが部屋を出て行く。
 もう、なんだったんだろうか。
 そして再び手に持つ手紙の表と裏を繰り返すように見る。



 私はすっかりマスコミも減り、落ち着いたコウマカンパニーへと訪れる。
 資料室はなんともう殆ど直っていた。なんでもパチュリーが早くしてくれと頼んですぐに直したらしい。
「これで落ち着いてまた資料室で本を読めるわ」
「貴女って人は……」
 今回訪れたのは夜、仕事が終えた後がいいと思いやってきた。
 まだ社長のレミリアが仕事を済ませていないために暇らしい。どうもパチュリーはレミリアの家に住んでいるようだ。何故だろう。
「それで、用件は?」
「ん、ああ……これよ」
 マリサに渡された手紙をパチュリーへと渡す。
「……私と、アリス宛?」
「そうよ」
「別に先に見てもよかったのに」
「私とパチュリー宛の手紙だから一緒に見た方がいいでしょ?」
「そう……じゃあ貴女が読んで」
「私が?」
「そう」
「……判ったわよ」
 まったく、面倒わね。
 パチュリーから手紙を受け取り封を切る、中身を取り出す。
 その手紙に書かれている内容を読む。
「よう、短い同窓会だったが二人の顔を見れてよかったぜ、元気そうで何よりだ。
 パチュリーへ、借りたカードだが早速名前をつけさせてもらったぜ、恋符『ノンディレクショナルレーザー』どうだかっこいいだろ。
 満足したらいつか返すぜ」
「今すぐ返しなさいよ……」
 パチュリーが愚痴るが気にせず読む。
「ところで、あの後、大丈夫だったか……ん、何これ?」
「あの後……?」
「続けるわよ……いやー、そういえば変装セットに時間通りに爆発する目くらまし機能をつけていたのを忘れていたぜ。
 時間になったら強烈な光と音で相手の資格と聴覚を奪う奴なんだが、すっかり回収するのを忘れていたぜ。
 ニュースや新聞を見る限りそのことについては書かれていないから大丈夫だったんだろうな。
 安心した、ぜ……」
「あれはマリサのせいだったのね」
「まったく、変なところが抜けているんだから」
「昔と変わらないわね」
「そうね」
 そう、あの時、強烈な光と音で何も判らなくなった。
 判るのは体の感覚だけ。
 そしてそこで私は確かに落ちたのだ。この部屋から、死へと向かってまっ逆さまに。
 だけど誰かが私の腕を取って、私を抱きしめていた。
 多分、レイセンだろう。
 なんとなくそんな気がする。
 近くに居たから、そんな簡単な理由じゃない。
 何も見えず、何も聞こえないはずなのに、レイセンが必死な顔で私の名前を呼んだ気がする。
 そして地面へと意外に早めに落ちたが、まったく痛みが無かった。
 ゆっくりと視覚と聴覚が元に戻っていくとそこにはたしかに居た。
 安心しきった顔でへたり込んでいるレイセンが、私へと微笑みかけてきた。そして彼女は言った。
『大丈夫?』
 いつも無茶ばかりしていて、いつも私が助けているはずなのに、その時はレイセンに助けられてしまった。
 不思議と、変な気持ちに包まれた。
 胸の奥が熱くなって、言葉では表現出来ない。
 なんだろうか、この気持ちは。
「――アリス?」
 気づくとパチュリーが不思議そうに顔を覗いてくる。
「ん? どうしたの?」
「貴女こそどうしたの? ボーッとしちゃって」
「いや、なんでもないよ」
 そう、なんでもない。この気持ちもきっとあの時、自分が死ぬかもしれないということで心拍数が上がっていたのだろう。
 そういえば、なんで落ちたはずなのに、資料室に居たのだろうか。レイセンに後で聞こう。
「……ところでまだ時間はあるかしら?」
「これといった用事は無いわよ」
「じゃあ、貴女のお話を聞かせて」
「え? 別にいいわよ、そんな楽しいことは無いと思うけど」
「いいわよ、聞きたいわ。それからあのレイセンとかいう助手のことも」
「なんでレイセン?」
「知りたいのよ……どうやって貴女と知り合ったか……」
「……まぁ、別にいいわよ」



 今回の事件のお話はここまで。
 アリスの過去や、レイセンとの出会いはまた別のお話。
 二人にはこれからも数々の事件が訪れるだろう。
 だけど二人は協力して解決していくに違いない。
 ゲンソウシティーの日々はいつも通りに過ぎていく。




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