春の木漏れ日を感じる暖かい日々が続くここ最近。
 人間の里から続く道を進むと魔法の森の入口が見えてくる。
 しかし、魔法の森の入口にある建物が見えてきた。
 商店のように見えるが、店の外にはゴミのように置かれている物が無造作に置かれている。
 店とは言いにくいが、とにかくこの店の店主にとっては店なのだ。
 店の入口へと歩を進めると、そこには『香霖堂』と書かれた看板が立掛けられていた。
 看板の横の戸を開くと、そこには天狗の新聞を読んでいる眼鏡をかけた成人男性が座っていた。
「やぁ、いらっしゃい」
 香霖堂店主――森近霖之助がこちらへと気づき、一応店主っぽいことを言う。
「以前注文した物はあるかしら?」
「あぁ、入荷したが、一体何に使うのだい、君が着る訳でもあるまいし」
 読んでいた天狗の新聞を畳み、森近霖之助は座っていた椅子から立ち上がり、店内に置いてある大き目の木箱へと近づく。
「あら失礼ね、私だってこれぐらい似合うわよ。でももっと似合う子がいるからね」
 私の可愛い弟子に着せるのがとても楽しいのよ。
「ふむ……まぁいい、とにかく毎度あり」
 深く疑うこともなく、森近霖之助は木箱から布に包まれた商品を取り出した。
「どうも、またお願いするわね」
 私は森近霖之助から商品を受けると、足早に店を後にする。

     ☆


「ウドンゲー、何処に居るの」
 今日も永遠亭から見上げる空は清々しいほどの晴天である。
 いつものように永遠亭の庭の植木の手入れをしていると、師匠が私を呼ぶ声が聞こえる。
「はい、師匠なんでしょうか?」
 手入れを一時中断し、縁側へと近づくと、ドタドタと大きな音をたてて師匠が大きな布に包んだ何かを抱えてきた。
 師匠――八意永琳は私を見つけると、妖艶な笑みを作り、さらに大股で近づいてきた。
「ウドンゲ、これを着なさい」
 師匠が誰も居ない和室へと入り、手に持った大きな布を畳の上に置いて開き始める。
 そこには様々な色をした奇妙な衣服が多々ある。
「またですか……」
 靴を脱ぎ、師匠が居る和室まで歩を進める。
 和室には何も置かれておらず、二十畳ほどの広さである。
「何、嫌なの?」
「いえ、そうではないのですが」
「じゃあ着なさいよ」
 ウキウキとしながら師匠は衣服の山を漁っている。
 師匠はよく私に色々な衣装を着させる。
 あまり他人にこのことは知られたくない。
 変な目で見られるかもしれない。
 特にアリスには……。
「判りました……」
 師匠の命令には逆らえない、どうせここまで客は来ないだろうから大丈夫だろう。
 すると師匠が衣服の山から一つ選び出した。
「じゃあ、まずこれよ『ナース服』!」
 師匠が手に持つなーす服と呼ぶ物は、薄い桃色の始めて見る服である。
 幻想郷では見たことのない服だ。
「なーす……服?」
「外の世界で、私のような薬師を補佐する人間が着る制服みたいな物よ」
「はぁ……」
 いつもより生き生きしている師匠に曖昧な相槌しかできない。
 師匠は私に服を着させる時、なんでこんなにも元気なのだろうか。
「さぁ、早く早く」
 そう言いながら私が着替えること前提のように師匠が部屋から早々に退出する。
 師匠の命令は絶対だけど、私の意見も少しは聞いて欲しい。
 様々な文句を口に出さず着替えることにしよう。
 身に纏うブレザーにネクタイ、カッターシャツとスカートを手早く外す。
 部屋の障子から師匠が落ち着かない様子で待っている影が見える。
 なんで師匠は私にこんな服を着させるのだろうか……私なんて似合わないのに……。
 と思いながら渡されたなーす服を着てみる。
 着てみて気づいた。
「な、何これ……」
 このナース服というのは、かなり丈が短く、屈めば下着が見えてしまう。
 こういう服なのだろうか……。
 そ、そんな訳ないじゃない。
「し、師匠!」
「ウドンゲ着替えたわね」
 私が叫ぶと同時に師匠が部屋へと入ってくる。
「なんですかこれは!?」
 こんな恥ずかしい格好が普通な訳ない。
「まぁー、似合っているわねー、流石ね」
 質問を軽く流すように師匠が私の姿を見て喜んでいる。
 すると師匠が部屋の隅に置いた衣服の山から他の服を取り出す。
「次はこれよ、『メイド服』!」
 それは赤色を基調とした洋服。
「メイド服って、紅魔館の人間が着ているあれですか?」
「いえ、これは紅魔館とは違うメイド服よ」
 たしかに紅魔館の人間が着ているメイド服は青を基調としていた。
「紅魔館のメイド服は以前着せたでしょ?」
「そうでしたね……」
 師匠の、この行為が始まった最初の頃に着た覚えがある。 
 最初は何処から手に入れたのか判らないけど博麗の巫女服とかも持ってきたなぁ。
「まだまだあるからさっさと着替えてねー」
 そして師匠はまた部屋を退出する。
 早く着替えて終わらせよう……。

     ☆


「うさうさー」
「暇ー」
 周りで部下の兎たちが喚いている。
 しかし、私はそんなことに構っている場合ではない。
 人生の至福の時を堪能できるかできないかという大きな問題なのだ。
「まったくー、色々な衣服を着る鈴仙様を見たかったのにー、永琳様がダメって言って見せてくれなかったし」
 私は鈴仙様のお美しい姿が見たいのよ。
 どうやって近づくか……でも近づいたらどうせすぐ追い出されるし……。
 何か理由を探さないと……。
「てゐ隊長、何かしましょうよー」
「そうですよ、私たちが暇で死んでしまいますよー」
「五月蝿いわね、今はどうやってあの部屋に近づくか考えているのよ」
 周りの兎たちがギャーギャー騒いでいる。
 私はこっちの方が大事なのよ。
 そうしていると永遠亭入口方面から別の兎がやってくる。
「隊長、アイツが来ましたよ!」
「アイツ……?」
 その兎は血相を変えて走ってきた。
 一体何があったのだろうか。
 まるで月が落ちてきたような顔をして。
「アイツですよ!」
 少し時間が掛かったが、その兎が言う『アイツ』が誰かが判った。
 なんて時に来るのよ、まったく本当に空気読めないわね。
 ……いや、待てよ、これは上手くいけば。

     ☆


「うーん、流石ウドンゲ、よく似合っているわ」
 次に着させられたのはごすろり? と言われる洋服。
 これまた屈んだら下着が見えるほど丈が短く、白いフリルがついた黒いワンピース型。
 これはかなり露出が高く、胸と腕がむき出しになっている。
「ししししし、し、師匠! な、ななな、なんですか! これは!?」
「もー、かなり色っぽいわよ、ウドンゲ」
 恐らく顔がトマトのように真っ赤になっている私を見ても、師匠は涼しい顔で私の姿を見ている。
 こんな肌が出ている服なんて着たくない。早く脱ぎたい。
「恥ずかしいです、こんな格好嫌です!」
「そう言いながら着たんじゃない」
「師匠が無理矢理着せるから!」
 私がこの服を着るのを嫌がったら、師匠は私が着ていた服を無理矢理脱がして、着せたんじゃないんですか。
 こんな姿、誰にも見せれない。早く着替えよう。
 まだ師匠にしか見られていないし、姫様やてゐが来る前に着替えよう。
 ふと私は部屋の入口へと視線を移動させると、そこにはある女性が立っていた。

 アリスが――――

「永琳様ー! お客様ですよー!」
 アリスの横からてゐがニコニコと喜びながら部屋へと入ってきた。
「あら、いい時に来たわね」
「わぁ、鈴仙様、凄い綺麗です!」
 師匠が面白そうに喋り、てゐが喜んだような声を上げる。
 だけど私はアリスから目が離せなくなった。
 私の大切な友人。
 唯一の友人と呼べる存在。
 そのアリスが私を見つめている。
 そしてアリスの唇がゆっくりと動いた。
「鈴仙」
 私の名前を呼んだ。
 アリスが私を呼んだ。
 私の姿を見ながら呼んだ。
 見られた、見られた、ミラレタ。
 アリスにこの恥ずかしい姿を見られた。
 変な趣味がある兎だと思われる。
 嫌われる、アリスに嫌われる、嫌われる。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだ、いやだ、イヤだ、イやだ、イヤダ――
「――――うぅぅぅぅ……ひぐッ…………ひぐひぐ……」
 涙が突然止め処なく流れ出した。
 足に力が入らなくなり、床へと座り込む。
 アリスに嫌われる……。
「鈴仙!」
 泣く私へとアリスが駆け寄ってくる。
 見ないで……見ないで……。
 そう言おうにも嗚咽により声にならない。
 止まらない涙を必死に拭おうとしていると、アリスの手が私の後頭部と背中に当てられる。
「鈴仙様! どうなさったんですか!?」
「ウドンゲ?」
「ちょっと、アンタ、鈴仙に何をしたのよ!?」
 アリスが師匠に向かって怒鳴る。
 待って……アリス……。
「別に何もしてないわよ」
「鈴仙、一体何されたの? 無理矢理それを着させられたの?」
 アリスが優しい声が私に聞いてくる。
「違うの……ひぐ…………違うの……」
「鈴仙……?」
 嗚咽でまともに喋ることができないが、必死でアリスへと喋る。
「アリ……ス……に……ひぐ……」
「私に?」
「こんな……変な……格好……ひぐ……見られて……嫌われ……ひぐ……ひぐ……」
 それを考えると、涙が止まらなくなってきた。
 こんな泣きじゃくっては余計アリスに嫌われる。
 止まってよ、止まってよ……。
「私に嫌われると思ったの?」
 涙を拭い続けるため、アリスの表情を伺えない。
「アリス……嫌いに……ならない……うぅ」
 感情が制御できない。
 鼓動が高まり、体が熱くなる。
 何を言えばいいのか判らない。
 今までのアリスとの時間が……時間が……。
 するとポンポンと頭を軽く叩かれる。
「バカね……何を気にしているの」
「え……」
 アリスの言葉に顔を上げると、涙によって潤んだアリスの顔が見える。
 潤んだ世界から見えるアリスは優しく微笑んでいるように見える。
「こんなことで嫌いになるわけないでしょ。それにその服、よく似合っているわよ」
 私の頬を流れる涙をアリスが拭う。
「本当……?」
 アリスの言葉が本当か確認するように聞き返す。
「ええ、本当に似合っているわよ」
 優しく笑うアリス。
 あぁ……そうだ、アリスはこんなことを気にするような人じゃなかった。
 小さいことを気にしていた私に恥じながら、アリスの優しさに心が温まる。
 そして、安心した気持ちと同時に涙が再び流れ出す。
「……う……アリスぅ〜……」
 こんな泣きじゃくる顔をアリスに見せれない。
 アリスの胸に顔を埋める。
 よかった、アリスに嫌われないでよかった。
「鈴仙、泣かないでよ」
 アリスが私の頭を撫でる。
「ごめん……ごめん……ひぐ……」
 謝ることしかできない。嬉しいのに、なんでだろう。
 全身の力が抜ける、涙が止まらない。
 こんなにみっともない姿を見せているはずなのに、アリスは優しく私の頭を撫でてくれる。
 少し暖かくなった部屋に流れる春の風。
 それとは別に感じる暖かい気持ち。
 多分、これは嬉しいから暖かいんだ。
「じゃあ、貴女もこの衣装着る?」
 するとすっかり忘れていたが、師匠の声。
「な、なんでそこで私が着ることになるのよ!」
 慌てたように声を荒げるアリス、私の頭を撫でていた手が硬直したのが判る。
「だって貴女、ウドンゲの衣装が合いそうだし」
「わ、私も鈴仙様の服を着たいです!」
「貴女じゃサイズが合わないわよ、てゐ」
「そんなぁ……」
 何か必死な声のてゐが師匠に諭されているのが聞こえる。
「とにかく、私は着ないわよ」
 頑なに嫌がるアリス。
「いいじゃない、ウドンゲも見たいでしょ?」
 師匠が何故か私に聞いてきた。
 顔を上げ鼻を啜ると、アリスの困ったような顔が私を見つめていた。
 アリスの姿……。
「……はい」
 人形のような井出たちのアリスは私よりも似合うはずだし、アリスが色々な服を着た姿を見てみたい。
 私の答えにアリスは驚いたように目を見開く。
「ちょ、ちょっと鈴仙、何頷いているのよ」
「ほら、ウドンゲも見たいって言っているし、着替えて着替えて」
 子供のように無邪気に喜ぶ師匠が部屋の隅に置かれている衣服の山を漁っている。
 するとアリスが私を真剣な眼差しで見つめる。
「……鈴仙、見たいの?」
「うん……」
 見たい。
「…………」
 頬を朱色に染めながらアリスは少し悩むと。
「判ったわよ、着ればいいんでしょ、着れば」
 もうどうにでもなれ、という感じでアリスが言う。
 それを聞いてか聞かずか、師匠が衣服の山から何かを抜き出してくる。
「それじゃー、まずはこれを着てもらおうかしら」
 師匠が手に持っているのは暖かい紅色の中華系な服。
「な、何よそれ!」
「『チャイナ服』っていう物よ、紅魔館の門番が着ているような物よ」
「そ、それは判るけど、なんでそんなに丈が短いのよ!」
 師匠が持ってくる服は全て異様に丈が短い。
 屈めば下着が見える。これでは外に出歩けない。
 家でしか着れないのに需要があるのだろうか。
「特注よ、特注」
「どっからそんなのを手に入れてくるのよ!」
 顔を真っ赤にしながらアリスが否定するが、まだ私を抱きしめている。
 アリスの暖かい温もりを感じながら、滅多にできない一時を堪能する。
 アリス……。




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