七夕……年に一度、織姫と彦星が天の川を越えて会える日。
 織姫と彦星の二人はとても仲がよい夫婦だったらしい。
 しかし、仲がよすぎて二人は仕事をしなくなったため、神様の怒りに触れてしまい、二人は離れ離れになりました。
 だけど二人がそのことを非常に悲しむため、神様は一年に一度だけ会うことを許したそうだ。
 それが今日、七夕の日――――



 空を見上げると、竹林の間から星々が美しく輝き、夜色の空を美しく表現していた。
 星たちが作る夜空の川、天の川が続いている。
 この時期になると夜でも少し暖かく、気持ちがいい。
「ウドンゲ、何をやっているの?」
 私が空に広がる無限の川に見惚れていると、背後から声が聞こえる。
 振り向くと、そこには赤と青の服を身に纏い、銀色の髪を垂らす妖艶な美しさを持つ女性――八意永琳が立っている。
「いえ、なんでもありません。ただ、空を見ていたのです」
「空……あぁ、今日はよく星が見えてよかったわね」
 私の言葉に師匠も天の川が続く夜空を見上げる。
 今日は七夕。
 師匠は何故か毎年七夕の日になると、ちょっとしたイベントとして短冊を永遠亭の者に書かせている。
 だから今は永遠亭の庭先に大き目の竹を用意して、その周りで兎たちが思い思いの願いを短冊に書いている。
 短冊には願い事を書く。
 だから私は毎年、永遠亭が平和であるように、と書いていた。
 だけど今年はそのお願いをどうしようか考えていた。
 私にはもう一つ叶えて欲しいお願いがあるからだ。
 青の色紙を持ちながら、私はずっと悩んでいて夜空に見える天の川に見惚れていた。
「……あら、まだ短冊に書いていないの?」
「あ……はい、少し悩んでおりまして」
「そう」
 師匠は一言頷いた後、何故か私の顔を見てクスクス笑っている。
 本当に最近の師匠はよく判らなくなってきた。
 何故か嬉しそうに笑っていることが多くなった。
 でも師匠が嬉しいと私も嬉しくなってくる。
「――――鈴仙様! 何やっているんですか!」
 兎たちがわらわらと動き回っている中、地上の兎のリーダー――因幡てゐが、とてとてと駆け寄ってきた。
「鈴仙様、早く笹に短冊をつけましょう」
 見た目は子供のような容姿だが、もう千年近く生きているんじゃないかしら。
 もしかしたら私よりも長生きかもしれない。
 だけど喋り方や言動を見ていると、ついつい妹のように感じてしまう。
 無邪気なてゐは私の腕を子供のように引っ張る。
「二人とも、ちゃんと願いを書くのよ」
「はーい、永琳様」
 師匠は本当に嬉しそうな顔を作っていた。



「……うーん」
「鈴仙様、まだ書かないのですか?」
 てゐに無理矢理連れてこられて短冊へ書くことを考えていたが、やっぱりどちらを書くかで悩む。
 他の兎たちも竹に短冊を結びつけ、すっかり宴会のような雰囲気になっている。
 師匠は短冊を一つしか渡してくれない。願いは一つだけ。
 こんなに悩んでいても仕方が無い。
「……てゐ、貴女、なんて書いたの?」
「ふぇ!?」
「どうしたのよ、そんなに驚いて」
 何気なく聞いたのに、何故か大袈裟に驚くてゐ。
 この娘はよく変な反応を多々する。最近はそれが多くなってきた気がする。
 てゐは先ほどから持っている、短冊を隠すように背後に持つ。
「わ、私の願いなんて面白くないですよ!」
 明らかに何かを隠しているような反応。
 こんな反応をされると見たくなってしまう。
「いいじゃない、見せてくれたって」
「ダメ! ダメです!」
 頑なに拒否しながら、逃げるようにてゐは兎たちが宴会をする中へと走っていってしまった。
 結局何を書いたのだろうか、後でもう一回問い詰めてみよう。
 一人になりながら、私は短冊と再び睨み合う。
 短冊と睨み合いながら、私はふととある友人のことを思い出す。
 美しい金髪を靡かせ、人形のような可愛らしさを持つ大切な友人。
 彼女はなんて願いを書くのだろうか。
 それを考えると、私はあることに気づく。
 あぁ、そうだそうすればいいんだ。
 大切な友人が書くと思うこと、それはとても簡単な文章だった。
 それでもその文章には深い深い意味が込められている。
 彼女なら、きっとこの願いを書くに違いない。
 私は竹を囲むように置かれている机に近づき、筆を手に取る。
 そして先ほど思いついた文章に少し加えて短冊へと書いていく。
 一文字一文字思いを込めて。
 そして最後の一文字を書き終え、私は短冊を持つ。
「……うん」
 我ながらいい願いだと思う。
 でも誰かが見たら安直と言われるかもしれないが、今はこれがいい。
 もしかして、ついでなの!? と突っ込まれるかもしれないし。

「――――あら鈴仙、短冊書いたの?」

 私はその突然の声に驚き、体が跳ねる。
 声がしたのは自分の背後から。
 勢いよく振り返ると、そこには美しい金髪を靡かせ、青色の洋服と桃色のリボンを身に纏う。
 人形のような可愛らしさを持つ大切な友人――アリス・マーガトロイドが私の背後で覗き込むように立っていた。
「あ……アリス!? なんでここに!?」
「私は誘われたから来たのよ」
 当然といった風にアリスは答える。
 毎年、この七夕は永遠亭に住む者だけで行なわれる、いわゆる身内だけでしか居ないはずなのだ。
 一応部外者のはずのアリスが何故ここに居るのだ。
「……あぁ、私が誘ったのよ」
 すると先ほどまで姫様の相手をしていた師匠が現れた。
「し、師匠がアリスを!?」
 何故師匠がアリスを。
 そんな疑問を思い浮かべていると、
「おぉ、でかい竹だなぁ」
 あまり聞いたことの無い声が聞こえる。
 そちらに視線を送ると、腰まで伸びた金髪と黒いとんがり帽子、黒いブラウスに黒いスカート、その全身を黒に身に纏うが、腰につける真っ白なエプロンが異様に目立っている少女がこちらの竹を見て驚きの声を上げている。
 何度か会ったことのある黒白の魔法使いが居る。
 黒白だけではない、その後ろには紅白巫女や小鬼、吸血鬼とその従者のメイドなどが居るではないか。
「せっかくだから、願い事は多い方がいいでしょ?」
 師匠はそう言いながら色とりどりの短冊を持って、部外者の集団へと歩いていった。
 本当に最近の師匠はよく判らない。
 去年までは部外者を誘うなんてしなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「で、なんて書いたの?」
 私の肩越しにアリスが短冊を見ようとする。
 近い、アリスの顔が近い!
 私の頬とアリスの頬が触れるかと思える近さ。
 アリスはそのことをまったく気にしていないようだが、私の動悸が激しく高まる。
「ま……まだ書いていないわよ」
 本当は書いたけど、嘘を吐いてアリスを誤魔化す。
 するとアリスは残念そうに私から離れる。
「あらそう……じゃあ私も書こうかしら」
 離れたが、私が居る机の横へと移動して、黄色の短冊を手に取った。
 アリスは筆をくるくる回しながら、天の川を見上げて願いを考えているようだ。
 なんかアリスの仕草はいちいち可愛い。
 この時間が、私を暖かく包む。
 周囲は宴会で盛り上がって暖かくなっているが、私たち二人の周囲も別の暖かさを感じ取れる。
 ずっと続いて欲しいこのひと時。
「……よし、決めた」
 アリスを見つめていたら、彼女は何か願いが思いついたようだ。
 流石アリス、私より思いつくのが早い。
「何か思いついた?」
「えぇ、いい願いがあったわ」
 そう言いながら、何故かアリスは私から離れる。
「あれ、アリス、何処に?」
 ちょっと離れた机へとアリスは移動した。
 すると意地悪っぽい笑顔でアリスは、
「鈴仙も教えてくれないから、私も教えないー」
 そう言って小さな舌をちょろっと出した。
 うぐ、嘘だとばれていたのね……。
 アリスの願いを見てないのは少し残念だが、後で探そう。黄色い短冊……黄色い短冊……。
 でも恐らくアリスの願いは、昔話していた『自立した人形を作ること』だろう。
 私もアリスに短冊を見られないように竹を壁にして少し笹が多い場所に結びつけた。
 天の川が輝く夜空、その下で私たちの思いも結ばれる。
 永遠亭の庭先に響く明るい声。
 そして暖かく進む楽しいひと時。



 東の空が明るくぼやけてくる。
 天の川も見えなくなり、永遠亭の庭先は静寂に包まれていた。
 何匹かの兎が庭の隅で寝転げていたりする。
 私が招待した客人も既に帰ってしまった。
 姫も先ほどまでそこらへんで寝転がっていたが、我が弟子に運ばせた。
 朝霧が様々な短冊を吊るす竹を不気味に表現していた。
 普通の短冊なら湿ってしまうが、少し湿気に強い材質を使っていてよかった。
 私は竹に近づき、目的の青の短冊を探す。
 青の短冊は、我が可愛い弟子だけにしか渡していない。
 なので青の短冊を探せばあの娘の願い事が判る。
 去年まではどうせ同じ願いだろうと思い、探そうとしなかったが、今年は少し違う。
 あの娘の心の支えのような人物が今年は居るからだ。
 その人物――人形遣いのお蔭で、今年の願いはどうなっているか楽しみだ。
 楽しみながら笹を掻き分ける。
 あの娘は毎年願い事を他人に見られないように奥へと隠す癖がある。
 今年はあの人形遣いも居たからきっと奥に隠しているに違いない。
 そうやって笹を掻き分けていると、お目当ての青い短冊が見えてきた。
「やっぱり……少しは頭を使いなさい」
 弟子の可愛らしい癖を呟きながら、その青い短冊の内容を見る。
 短冊に書かれていたのは――
「……ふふ」
 当たり前すぎて、笑いがこぼれてしまう。
 流石、私の弟子ね。
 そう思っていると、青い短冊の近くに隠れるように黄色い短冊が吊るされていた。
 私はふとその黄色い短冊を手に取り、書かれた願いを読む。
 その瞬間、私はさらに笑いがこみ上げてきた。
「まったく……似たもの同士ね」
 そう呟きながら、私は笹を元に戻す。
 今年もいい年になりそうだ。
 小鳥が囀る永遠亭の庭を軽い足取りで歩く。



 笹で遮られる青い短冊と黄色の短冊。
 そこには短くとても思いの篭った文字で書かれていた。
 お互いの気持ちに気づかず、自分の気持ちに気づかない妖怪の二人が書いた願い事。
 


『アリスと――』

『レイセンと――』


『――――皆、元気でいれますように』




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