肌寒い時季へと静かに変わりつつある、今日この頃。
 魔法の森と呼ばれる人間や妖怪などが殆ど近づくことのない閉鎖された場所の一角にある可愛らしい洋館。
 私はその家の中で椅子に座りながら対面に座る人物の手元に目をやる。
 肩まで伸びた美しい金髪に、青色を基調とした可愛らしい洋服。
 頭の赤いヘアバンドがチャームポイントの女性。
 人形遣い――アリス・マーガトロイドがあることに集中して座っている。
 彼女が今やっているのは人形のための洋服作り。
 黄色の可愛らしい小さな服、もう殆どできているのか細かい修正をしている。
 本当は自室で作っていたのだが、私が丁度その時に訪ねたから、わざわざお茶の用意などしてくれて、そのままリビングで洋服作りの続きをしているのだ。
 しかし、アリスは本当に凄い、あんな可愛らしい服を簡単に作れるし、私にはないことをやってのけて凄い。
 そして今のアリスは眼鏡を掛けている。
 アリスは普段、読書や細かい作業などする時には眼鏡をかけるのだが、その時のアリスはいつもよりさらに知的な雰囲気を出しており、憧れてしまう。
 たまに落ちてきた眼鏡を上げる仕草も可愛いなぁ。
 そんなアリスを見ていると私の視線に気づいたのか、アリスがこちらへと目線をやる。
「どうしたの、鈴仙?」
 アリスが私の名前を呼ぶ。
「ん、なんでもないよ」
「そう」
 再びアリスは手元に視線を戻す。
 危ない危ない、変な目で見ていることを悟られたかと思ったが、アリスは気づいていないようだ。
 私は再びアリスの手元の洋服へと目をやる。
 もう殆ど完成に近い状況であり、アリスも最終確認をしているようだ。
 私もあんな服を着てみたいな。
 でも似合わないかな。それが怖いな。
「……まぁ、これでいいかしらね」
 そう考えているとアリスが一言発しながら手に持った洋服を広げる。
 人形サイズに縮小した……なんだっけ、アリスに教えてもらった……ろ……ろりー……なんだっけ。
 とにかく白のフリルと黄色の可愛らしい洋服だ。
「おー、お疲れ様、アリス」
「うん、待たせちゃってごめんね、暇だったでしょ?」
「ううん、大丈夫だよ、見ていて面白かったし」
「そう、ならいいけど」
 するとアリスは完成した洋服を置いて椅子から立ち上がり別の部屋へと移動した。
 恐らく自室にあると思われる人形を取りに行ったのだろう。
 私はアリスが置いていった洋服を見る。
 私もこんな服を一回着てみたいなぁ……。
 そう思いながら机に置かれた洋服を見ていると、アリスがすぐに戻ってきた。
 予想通り、アリスの腕の中にはまだ服を着ていない人形の姿があった。
 髪はアリスのように鮮やかな金色で、瞳は漆黒のように魅力的な黒色をしている。
 アリスはその人形を机へと置くと、手早く先ほど完成させた洋服を着させていく。
 そしてあっという間に洋服を身に着けた人形が完成した。
 服を身に着けた人形は本当に美しく、まるで生きているかのようだ。
 すると、その人形は独りでに立ち上がり、私に向かってスカートを持ち挨拶をしてきた。
 アリスへと視線を移すと、得意げそうな表情をして両手を人形へと向けて動かしている。
「どうかしら?」
「うん、この娘凄く可愛いよ」
「ありがとう」
 嬉しそうな表情を作るアリスが指を動かすと、人形が深々とお辞儀をした。
 アリスが操っているはずなのに、自分が褒められて本当に嬉しそうな感じを出している人形。
 私はその人形を見ていてあることに気づいた。
「ねぇ、アリス」
「ん? なに?」
 アリスが首を傾げる。
「前々から思っていたんだけど、人形っていつもどうやって動かしているの?」
 いつも何気なくアリスが人形を操っている姿を見ていたが、それを動かしている原理が未だに判っていないのだ。
「あぁ、そう言えば言って無かったわね」
 するとアリスが自分の手を指差す。
 私は疑問に思い、首を傾げる。
「人形を動かすには魔力を細く練り上げた目には見えない糸を使って操っているの」
「糸……? 切れたりしないの?」
「んー、糸って言っても実際に存在するわけじゃないから物理的に切れることは無いけど、魔力を吸収する物とかだと人形への接続が切断されるから人形が使えなくなるかな」
「う、うーん、よく判らない……」
 途中から違う生き物の言葉を聞いているようで頭が痛くなってきた。
「む……とにかくその魔力の糸を使って、人形に直接私の意思を送っているから好きなように動かせるの」
「んー……でもアリスってよく同時に人形を動かしているじゃない、あれはどうやっているの?」
 今の話だと、同時に動かすことはかなり困難だと思える。
 アリスはよく弾幕ごっこや家事は人形を使ってこなしている。
しかし毎回多くの人形がアリスの周りを動いている。
 今の話だとアリスの考えを人形に送ることで動かすことができるということだが、そんな同時に考えを送れるのだろうか。
「流石に数が多いと、簡単な行動を先に送っておいて動かしているけど四体から五体くらいなら好きに動かせるかな。さらに今みたいに指を動かすと細かく生きているように動かせるわよ」
「す、すごいね……」
「あまり難しくないわよ」
 アリスはさらっと簡単に言ってのけるが、どうも私の頭では簡単には思えない。
 やはりアリスは凄い、凄すぎる。
 私はアリスの凄さに感心しながら、椅子へと深く腰掛ける。
「凄いなぁ……」
 私の口からは関心の声しか漏れない。
「……じゃあ、鈴仙も人形動かしてみる?」
「へ?」
 突然のことについ間抜けな声が出てしまう。
「簡単よ?」
「え……いや、でも私、魔法なんて使えないし……」
 私は兎であって、アリスのように魔法使いでは無い。
 だから魔力なんてあるわけがなく、アリスがなぜこのような提案をしたのかも疑問に思う。
 するとアリスは、やれやれっといった風に肩をすくめ、今まで机の上で立っていた人形を座らせる。
 そしてゆっくりと私の対面から、背後へと回り込んだ。
 私はそのアリスの行動に疑問を持ちながら、頭を彼女が居る背後へと向けていると。
 アリスがいきなり私の両手に背中越しから両手を重ねてきたのだ。
「――――!?」
 私は突然のことに驚き全身を硬直させる。
 アリスが私に密着しているような状態なのだ。
 彼女の温もりが手を通して全身に伝わる。
「私がこうやって魔力の糸を出してあげるから、貴女は好きに動かしていいわよ」
 アリスの美しい声が私の耳元で響く。
 その瞬間、私の頭に血が一気に上る。
 アリ……! アリスが! ちかっ! ちかっ!
 そう言葉を告げようとしたがその言葉はさらに喉の奥底へともぐりこんでしまう。
 アリスの顔が私のすぐ横、顔を近づければ頬と頬がくっつきそうなほど近い。
「どうしたの? 手を向けて貴女の動かしたいように頭の中で指示を出せば人形は動くわよ」
「う……うん」
 このまま顔を見られ続けると私の動揺が悟られてしまう。
 私は人形へと向き直る。
 アリスは人形に向かって指示を出せばいいと言ったけど、どうすればいいのだろうか。
 私は手を机の上で座っている人形へと向ける。
 すると重なっているアリスの手も同じように上がる。
 指示……うーん、じゃあ……まず立たせないとね。
 私は人形へと『立って』と頭の中で強く念じる。
 しかし、机の上に座る人形はうんともすんとも言わない。
 ダメなのかな……。
 何がダメなんだろうか、もっと強く念じないとダメなのかな。

 ――――カタッ

 私が疑問に思っていた時、何か硬い物体同士が当たる乾いた音が響いた。
 音がする方へと顔を向けると、ゆっくりだが机の上の人形がその小さな四肢を動かした。
 ぎこちない動きだが、人形が両腕を使い、立ち上がったではないか。
「おぉ!」
 私はその光景に驚きの声を上げてしまう。
 私が出した指示により、目の前の人形が独りでに動くなんて、驚きと楽しさが私の中で同時に舞う。
「ふふ、どう?」
「うん! 凄いよアリス!」
 私は子供っぽくアリスへと言う。
 だけどこんなに楽しい気分なのだから、つい子供っぽくなってしまう。
 そんな私を見て、アリスは母親のように優しい笑顔を作っている。
 私は次にどんな動きをさせようか考える。
 立たせたから……次は歩かせようかな。
 今度は頭の中で『歩いて』と何度も強く念じる。
 すると机の上で私の指示を待っていた人形はゆっくりとだがその二本足を動かし歩き出した。
「おおぉ!」
 凄い! 自分がやったことのないことをやると、なんて楽しい気分になるのだろうか!
 目の前で私の思い通りに動く人形はとても可愛らしく、少し欲しいと思ってしまう。
 よし、次は……。
「……ねぇ、鈴仙」
 するとアリスが小さく呟いた。
「なに〜?」
 私は机の上で歩く人形を見つめながら答える。

「――――私を、その人形みたいに好きに操ってみたい?」

 その言葉に今まで考えていたことは全て消し飛んだ。
 そして机の上で歩く人形も糸が切れたようにストンっと座り込む。
 アリスは今なんて言った?
 全身が硬直し、胸の鼓動が高まる。
 私はゆっくりとアリスが居る方向へと顔を向ける。
 視線の先には、アリスが頬を朱色に染めて、真剣な表情で私を見つめていた。
「え……あ……」
 突然のことに私の口からただ言葉にならない声だけが漏れる。
 今にもはちきれそうなほどに胸の鼓動が強まる。
「どうなの……?」
 静かに、そしてはっきりと私の耳の中へとアリスの声が入ってくる。
「今なら……私……何されても、いいよ……」
 恥ずかしそうにアリスの声が徐々に小さくなる。
 彼女の手が私の手を握り締める。
 アリスが私の答えを求めている。
 だけど私はそれに答えられない。
 アリスは私にとって友達だ。その友達を束縛するなんてできない。
 そして何よりも、私にはその問いへの答えを出すほどの勇気も無い。
 ただ沈黙だけが私たちを包む。
 私には……答えられないよ……。
「……ごめんなさい」
 すると突然アリスが私から離れた。
 私は慌てて後ろに居るアリスへと振り向いた。
 悲しそうに笑うアリスがそこに居た。
「ごめん……こんなこと言って……」
 俯きながら、アリスが今にも消え去りそうな声で言う。
 その時、私の中に強烈な不安が襲い掛かった。
 このまま何もせずに終ってしまうと、もう元には戻れないようなそんな危機感を。
 そんな危機感があったからでこそ、私は無意識の内にその行動を取った。
 アリスの、細く美しい腕を掴んだ。
「あ……」
 アリスはそう小さく言葉を漏らし、少し驚いたように目を見開いた。
 私にとって、アリスは新しい道を教えてくれた大切な存在だ。
 アリスが居たからでこそ今の私が居る。
 そしてアリスがいなければ、私は他のことを知らないまま終っていたかもしれない。
 彼女と会ってから、私は色々なことを教えてもらった。
 そして彼女と話している時が、今まで味わったことのない楽しさを感じる。
 だから彼女を失うことは、今の私を失うことに繋がる。
 それだけは嫌だ、アリスと離れたくない。
 だけど、私は何をアリスに言えばいいのかな……うん、素直な気持ちを伝えればいいんだ。

「――――どこにも、行かないで……」

 私の願い、そして大切なこと。
 私は……アリスと離れたくない。
 だけどこんな願いを通るとは思っていない。
 先ほど彼女の問いに答えなかった私の願いを聞き入れてくれるなんて都合がよすぎる。
 だが私は願う、アリスと離れたくないと。
 もしかしたら拒否されるかもしれない、それが怖い。
 しかし、アリスは昔教えてくれた、何かをやらなければ悪いことは何も変わらない。
 今、私はどんな顔をしているのだろうか、泣きそうな顔をしているのだろうか。
 私には判らないけど、私の顔を見ているアリスだけが判る。
 私の顔を見つめるアリス。
 そして彼女は、

 笑ってくれた。

「……うん」
 彼女がそう一言頷いた瞬間、私の中で蠢いていた危機感や不安がまるで無かったかのように消え去った。
 そして同時に私の全身を歓喜の気持ちが包み込んだ。
 嬉しい……アリスと離れないでいいんだ。
 私はその気持ちで涙腺が弱まってしまう。
 悲しいからじゃない、嬉しいから涙が出てくる。
 ダメだ、こんな顔、アリスに見せられないや。
 私はアリスに背を向けるように座りなおす。
 目の前には先ほどから机の上に放置されている人形。
 だけどその人形は不思議と嬉しそうな顔をしているように見えた。
 すると突然、アリスが背後から私を抱きしめた。
「あ、アリス!?」
 私は驚きながら顔を横へと向ける。
 するとアリスが私の肩に頭を乗せて静かに瞼を閉じている。
「……このまま……もう少し、このままで……」
 静かに、だけど嬉しそうな声色でアリスが願う。
 最初はそのアリスの行動に驚いたが、アリスの願いを聞き入れる。
 アリスと同じように、私もこの時間を堪能したい。
 抱きしめるアリスの手に私は手を握り締めて、同じように瞼を下ろす。
 私たちの間には静かで、だけど暖かい空間が広がる。

 アリス……。




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