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 肌寒い日々が続く今日この頃。
 師匠のお使いも終了し、てゐの遊び相手も、彼女が昼寝をしてしまい終った。
 ぐっすり眠りながら「鈴仙様……」と私の名前を呟くてゐの額を撫でながら、彼女の体に布団をかけて永遠亭をでかけた。
 陽は頂点からすっかり傾き、乾燥した空気の匂いが鼻をくすぐる。
 そして今、私はある洋館のドアの前に居る。
 深い森の中、化け物茸が出す瘴気や胞子でいつも暗く陽の光が射さない場所。
 そんな森にも陽の光が差し込む場所がある。
 それがこの洋館の周辺。
 私はそのドアを軽くノックする。
 コンコンコンと、乾いた音が響く。
「アリス、私だよ、鈴仙だよ」
 私はその洋館の主へと自分が来たことを告げる。
「――――え!? れ、鈴仙!? ちょ、ちょっと待って!」
 すると中から透き通るような美しい女性の声が聞こえる。
 だけどなぜか慌てたようなそんな声色。
 さらにガチャガチャと金属同士がぶつかり合うような慌しい音が激しく聞こえてくる。
 何か片付けているのだろうか……。
「きゃッ!!」
 床に何かが倒れこむような声と同時に女性の短い悲鳴。
「あ、アリス!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫!!」
 本当に大丈夫か怪しい。
 私は少しハラハラした気持ちでそのドアが開くのを待つ。
 すると洋館の中から慌しい音はやみ、少しの静寂が続いてから私の正面にあるドアが開かれた。
 輝くような金髪に赤いヘアバンド、人形のような美しい顔立ちや華奢な体躯。
 まるで造形品のように美しい女性、人形遣いのアリス・マーガトロイドが私を出迎えてくれた。
 しかし、アリスの鼻の先は微かに赤く腫れ上がっていた。
「アリス、鼻大丈夫?」
 私がその言葉を言うとアリスはハッとしたように手で鼻を隠す。
「う、うん。ちょっと転んだだけだから」
「結構大きな音出して転んでいたように聞こえたけど」
 きっと先ほどの悲鳴はアリスが転んだ時のだろう。
 だけど床に倒れこむ音は大きく、真正面から転んだことが判る。
 相当痛かったはずなのに。
 それでもアリスは「大丈夫」と頬を朱色のに染めながら照れている。
「大丈夫じゃないの、ちょっと見せて」
 私だって一応、医者の卵、もしかしたら鼻の骨が折れているかもしれないから診察しないと。
 無理矢理鼻を隠すアリスの手をどけて、彼女の赤く腫れ上がった鼻を見る。
 彼女の鼻はただ赤くなっているだけで、これといった外傷はない。
 それに鼻血が出ているわけでもなく、腫れもだんだん引いているようだ。
 鼻の骨も折れていないようだし一安心。
「……ねぇ、鈴仙、顔……近いよ……」
「へ?」
 私はアリスの言葉に気づき、現状をよく確認する。
 診察に集中するあまりに私は気づかなかった。

 私とアリスの顔の位置が、今にもくっつきそうなほど近いのだ。

 アリスは上目遣いで、頬をさらに朱色に染めて私を見ている。
 その瞬間、私の頭が爆発するように熱くなった。
「あわわわわわ! ご、ごめん!」
 私は慌ててアリスから顔を離す。
 アリスは顔をうつむけたまま黙ってしまう。
 私も急に恥ずかしくなり、うつむく。
 私は何をやっているんだろう……。
 先ほどの近づいたアリスの顔を思い出すとさらに顔が赤くなる。
 今のアリス、可愛かったな……。
 って私は何を考えているんだ。
 私は今の考えを振り払うように頭を振る。
 そして気を取り直し、まだうつむくアリスへと向き直る。
「……あ、アリス……こんにちは……」
 とりあえず挨拶をしてなかったから挨拶をしたが、いいのだろうか……。
「……うん」
 アリスはうつむきながら一瞬上目遣いで私を見て、小さく頷いた。
 うわぁ……本当に何やっているのよ私。
 診察とはいえ、気づかずアリスにあんなに近づいた自分に呆れる。
「寒いから、中に入って……」
 アリスはそう言いながら私を家の中に招く。
 体が変に堅く、私はカクカクと可笑しい動きでアリスの家の中へと入る。
 空気は変に気まずい。
「ね……ねぇ、鈴仙!」
「はい!?」
 すると突然アリスが声を張り上げる。
 私は驚きながら声が裏返る。
 アリスはとても真剣な表情で私を見てくる。
 な、なんだろう。
 そんな風に疑問に思っているとアリスが、
「鈴仙って、チョコレートって食べられる!?」
「ちょ、チョコレート?」
「うん!」
 チョコレートとは、師匠の話でしか聞いたことがない。
 なんかとても甘い食べ物らしいが、幻想郷では甘い食べ物は和菓子ぐらいしか食べたことがない。
「……な、名前しか聞いたことないけど……」
「そう! じゃあ初めてチョコレートを食べるのね! もらうのも!」
 私の言葉にアリスはとても喜んだ表情を作っている。
 こんな表情のアリスはあまり見たことがない。
 何かに必死な時にしか見せないようなそんな表情。
「う、うん……そうだけど……」
 するとアリスは私に背中を向けて「よしっ」と呟いた。
 なんだろうか。
「ち……ちなみに、今日はなんの日か知っているかしら?」
「今日?」
 今日は二月十四日だけど、何か特別な日なのかな。
 私は記憶にある限りの二月十四日を考え続けた。
 だけど私の記憶には今日が何かあるか判らない。
 聞くってことは何かあるかもしれない。
 うーん、なんだろう。
「……わ、判らないけど……なんかあるの?」
「え!? な、なんもないよ!」
 私が聞き返すとなぜかアリスは酷く動揺した。
 今日がなんの日か激しく気になってきた。後で師匠にでも聞いてみよう。
「……こほん。今日ね、実はちょっと作ってみたのがあるの」
 拳を口元に当てて一息。アリスがテーブルを指差した。
 するとテーブルの真ん中には可愛らしい赤い鍋が一つ、そして鍋の周りには切り分けられた苺やパイナップルなどの彩り鮮やかなフルーツが皿に乗せられている。
 赤い鍋の中には濃い茶色のドロドロした液体が暖かそうな湯気を出していた。
 話の流れかいくとあの鍋の奴がチョコレートだろう。
 不思議な色をしている……食べられるのか……。
「チョコレートフォンデュっていう食べ物を用意してみたの」
 早く食べてみて、という表情でアリスが私を見ている。
 まぁ、アリスが用意してくれたのだからきっと美味しいに違いない。
「まぁまぁ、座って座って」
「え、あ、うん」
 すると私の背中を押しながらアリスがテーブルの近くへと移動させる。
 私も特に抵抗するわけでもなく、アリスに促されるまま椅子に座る。
 なんか今日のアリスはやけに積極的な気がする。
 私が椅子に座ると、アリスはいつも私の対面する椅子に座るのだが、今日はなぜか私の右側に置いてある椅子に座った。
「はい、じゃあ鈴仙、フォーク」
 アリスが銀色に光るフォークを私に渡してくる。
 私はそのフォークを受け取る。
 するとアリスはもう一本のフォークを持つ。
 アリスはフォークに小さく切り分けられたパイナップルを刺して、赤い鍋の中にあるチョコレートの中へとパイナップルを入れる。
 そしてフォークを赤い鍋から離すと、チョコレートがたっぷりとついたパイナップルが出てきた。
 アリスはそのパイナップルを口の中へと運んだ。
 何回か咀嚼すると美味しそうに食べている。
「……こうやって果物にチョコをつけて食べるのよ」
「う、うん」
 アリスは美味しそうに食べているが、やはり食べたことのないのは勇気がいる。
 どんな味がするのだろうか……。
 師匠に聞いた話では和菓子みたいに甘いらしいが。
 アリスも私を食べるのを待っている、早く食べないとアリスが気を悪くしてしまうかもしれない。
 私は意を決し、手に持ったフォークで苺を射す。
 そしてその苺をチョコレートが入った鍋へといれ、苺にたっぷりとチョコレートをつける。
 取り出した苺はチョコレートがたっぷりとついており、まるで苺に見えない。
 アリスに気づかれないように、私は心の中で気合を入れてチョコレートのついた苺を口の中へと運んだ。
 すると初めて食べたチョコレートに私は驚いた。
 あのドロドロした液体はとても甘く、和菓子とは違う甘さを持っていた。
 さらに苺のさっぱりとしたすっぱさなども合わさり、美味しさを倍増する。
 とろけるような甘さに私の顔は緩んでしまう。
「美味しい!」
 私は初めて食べたチョコレートに素直な感想を出す。
「本当!? よかった!」
 アリスは私の感想を聞いて、喜んでいる。
 よかった、アリスを悲しませるような感想が出なくて。
「さ、鈴仙、どんどん食べてね」
「うん、判ったわ」
 私はアリスに薦められるまま、今度はパイナップルにフォークを刺す。
 今度はたっぷりとチョコレートをつける。
 うーん、癖になりそうな美味しさだからもっと食べたい。
 鍋から取り出すと、パイナップルに先ほどより多めにチョコレートをつける。
 チョコレートが垂れ落ちそうになる。
 私は慌ててフォークに刺さったチョコレートを口へと運ぶ。
 先ほどより甘い味が口の中に広がる。
 ちょっとつけすぎたけどやっぱり美味しい!
 てゐとか師匠に食べさせてあげたいな。
 すると指先に暖かい何かが当たる感触。
 そっちへと視線を移動させるとフォークをつたって人差し指にチョコレートがついた。
 やっぱり、チョコレートをつけすぎたのかな。
 私はフォークを空いている手で持ち直し、人差し指についたチョコレートを舐めようとする。
 しかし、突然私の腕が掴まれた。
 突然のことに驚き、私はその手の持ち主へと……アリスへと視線を移動させる。
 アリスはなぜか驚いたような表情で私を見ている。
「アリ――――」
 私は彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、その言葉は途切れてしまう。

 アリスが、私の人差し指を口に咥えたのだ。

「――――アリ、アリスッ!?」
 その突然の行動に私の感情が高ぶり、息が詰まった。
 それでもアリスは私の指を咥えたままだ。
 私の指先にアリスの舌の感覚を感じる。
 湿った感覚が何度も何度も指先を撫でる。
「……ん……あ……」
 アリスの声が漏れる。
 こんなこと止めないといけないのに……私は言葉が出ない。
 私の指なんて汚いのに。
 それでもアリスは私の指を舐めまわした。
「……んっ……アリ、ス……」
 私の掠れるような声。
 それでも私の声はアリスに届いたのか、アリスは私の指を舐めるのを止めた。
 アリスが私の指から口を離す。
 私の指とアリスの口の間に糸を引く。
「ご……ごめんなさい……」
 我に返ったアリスがポケットから桃色のハンカチを取り出し、アリスの唾液で濡れた私の指を拭いた。
「私、どうかしていたわ……」
 アリスは顔全体を真っ赤にして自分の行動に動揺している。
 なぜあんな行動をしてしまったのか、多分彼女の中にはその思いでいっぱいなのだろう。
 私もなんと言えばいいのか判らない、だから話題を変えるしか私にはできない。
「……美味しかったよ」
「え?」
「チョコレート、美味しかったよ……ありがとう……」
 今の状況にまったく関係ない話だが、ちゃんとチョコレートにお礼を告げていなかった。
 私のためなんかにあんな美味しいチョコレートを味合わせてくれたのだ。お礼だけじゃ少ないくらいだ。
 いつも私がアリスから色々もらっている。申し訳ない気持ちが大きくなる。
「ありがとう……アリス……」
 お礼しか、言えない。
 大切な、大切な友人であるアリスへの言葉。
「……うん、こちらこそ……」
 頬を朱色に染めながら、照れる表情でアリスははにかむように笑った。
 そんな表情、卑怯だよ……。
 綺麗で、美しくって、可愛いアリス。
 彼女のこんな表情が見られて嬉しい。
 彼女に出会えて、本当によかった。

     ☆

 無限に続くかと思われる竹林の中。
 その日本家屋が目立つ大きな屋敷。
 私の家、永遠亭。
 アリスの家でチョコレートフォンデュを味わい、色々あったけど楽しい時間が過ごせた。
 てゐや師匠、姫様や兎たち用のチョコレートもお土産でもらったし。
 といってもそこまでの量はなく、兎たち全員は食べられないに違いない。
 アリスも後日、沢山作るって言っていたし、なんとかなるかな……。
「あ、鈴仙様」
 すると玄関で靴を脱いでいると、幼い高い声。
 声がする方向へと視線を上げると、癖毛の強い黒い髪から大きな丸い兎耳を生やす少女。
「あら、てゐ。ただいま」
「お帰りなさいませ、鈴仙様」
 地上の兎のリーダーの因幡てゐが私を出迎えた。
 彼女は私になついている。
 そのため妹のように感じるが、聞いた話では私よりも年上かもしれない。
 だけどてゐはそんなことを気にせず、私に接している。
 だから私はてゐのことを妹のように感じている。
「あれ、鈴仙様、それはなんですか?」
 するとてゐが私が持つチョコレートの入った袋を見ている。
「あぁ、これはアリスからもらったチョコレートってやつだよ」
 でも私はもう食べちゃったけどね。
「チョコ……あぁ、今日は『ばれんたいんでー』という日ですからね」
 するとてゐは納得しなように言う。
「ばれんたいんでー?」
 なんだろう、今日はやっぱり特別な日なのかな。
 だからアリスはあんなにも慌てていたのだろう。
 ……なんでだろう。

「そうです、なんでも外の世界では、今日は好意を持つ相手にチョコレートを送る日らしいです」

「……え」
 私はそのてゐの言葉の意味が判らなかった。
「やっぱりというか、なんというか、先を越されたというか……」
 残念な表情をしながらてゐは家の奥へと歩いていってしまった。
 だけど私はてゐがいなくなることも気づかず頭がいっぱいになった。
 まさか今日がそんな日だとは思いもしなかった。
 好意を持つ相手にチョコレートを?
 そんな日にアリスは私にチョコレートをご馳走してくれた。
 これって……つまり……。
 だけど、私とアリスは同姓なのに……え、ええ……。
 アリスはなんで……。
 私はアリスの考えが判らず、赤面してただ混乱するしかなかった。
 肌寒いはずなのに、私の顔は燃えるように熱い。
 あわわわわ……。





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