「アリス……私、お前のことが好きだぜ」
「ぶふッ!!」
 私は魔理沙の突然の言葉に、口に含んでいた紅茶を噴出さずにはいられなかった。
 化け物キノコの出す胞子や瘴気に、何重にも重なる木々の葉がこの森に陽を地面まで降ろしてはくれない。
 そんな常人にはとてつもなく居心地の悪い森の中に私の家がある。
 家屋内に陽の光が当たるように木を伐り、胞子で家にキノコが生えないように結界まで張っている。
 それでもトラブルの種は防げないようだ。
「ごほっごほっ!」
「お、おい……大丈夫か?」
 喉の変なところに紅茶が入ってしまったせいで、盛大に咽てしまった。
「ごほっ……大丈夫じゃないわよ、いきなり何を言っているのよ」
 冗談にしては悪い内容ではある。
 私と魔理沙は同じ魔法の森に住んでおり、同じ魔法使いである。そのためお互いをライバル視して日々研究を続けている。
 だから魔理沙はよく私に突っかかってくる。変にムキになったり、顔を赤くしたりと感情が不安定である。
 その魔理沙が私のことを好きですって? 明日、幻想郷は滅びてしまうのだろうか、魔界に帰ろうかな……。
「私は本気だぜ」
「ちょ、ちょっと!」
 魔理沙の顔が私に近づく。
 いつもあっけらかんとしている魔理沙の表情はとても真剣で、まっすぐ私を見ている。
 彼女の吐息が私の顔に当たる。
「アリス……」
 彼女は私にキスをしようとしているのが判る。
 ダメ……それだけは、ダ――――

「……ぷッ!!」

 私が全力で魔理沙を突き放そうとした瞬間、彼女が噴出したのだ。
「わはははははははははははははははははははッ!!」
 そして次に大口を開いて、腹を抱えて転げまわっている。
 魔理沙のその行動に私はただ目を丸くして、現状を理解しようとするが訳が判らない。
「何本気で顔を赤くしているんだ! はははははははは!」
「え? な、何……?」
「今日は外の世界で『えいぷりるふーる』っていう嘘をついていい日なんだよ」
 笑いすぎて魔理沙は目元に涙を浮かべながら、ひぃひぃ言っている。
「紫に聞いて、アリスに早速やってみたが……やっぱりお前は騙されやすいな! まぁ、それがアリスのいいところで、今のは実は嘘じゃなくて私の気持……アリス?」
 私はけらけら笑う魔理沙の声なんて最初から耳に入っていなかった。
 ただ騙されたことに対する怒りのみが、ふつふつと頭の中で煮えたぎっていた。
「……いけ」
「へ?」
「出て行けええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 私は怒りのままに、ナイフを持たせた上海人形で魔理沙に斬りかかった。

     ☆

「……はぁ、はぁ」
 魔理沙を追い掛け回して部屋の中はぐっちゃぐちゃ。本は床に散乱し、イスや机も無残に倒れている。
 この原因を作った魔理沙は脱兎のごとく窓から箒に乗って逃げ出した。
 あんな恥をかかされ、怒りはまだ消えない。
 今度魔理沙を見つけたら絶対に捕まえる。そして捕まえたら貼り付けにして焼いてやる。呪ってやる。ふふふ……。
 しかし、部屋の片付けないとどうにもならない。息が整っていないが人形を使って掃除をする。
 人形たちを操り、床に散らばった書物を本棚に入れていく。
 魔理沙にこんな恥をかかさせられるなんて情けない。最大の汚点ができてしまった。
 怒りを通り越して、もう呆れるしかない。
「――――ス」
「……ん?」
 溜息を吐いていて気づかなかったが、誰かの声と玄関をノックする微かな音が耳に入ってきた。
「――アリス」
 私の名前を呼ぶ女性の声。その声を聞いて誰が来たかすぐ判った。
 兎の可愛らしい友人が来た。
 私は今まであった怒りなどは全て吹き飛び、部屋の片付け途中だが玄関へと駆け足で向かう。
 このイラついた状態も、彼女と話したり、彼女の耳を触ると消えるはず。いわゆる癒し系と私は思っている。
 しかし、その時私の中で悪魔が囁いた。
 彼女に嘘をついたらどうなるかと。
 彼女は変に私を心配してくる癖があり、いつも心配しすぎかと思えるほどである。
 結構涙もろく、弱気になるとすぐ瞳を潤わしている。
 かっこいい時はかっこいいんだけどね。
 あら、女性に対してかっこいいは失礼かしらね。
 そんな彼女に嘘をついたらどんな反応をするのだろうか。
 彼女の色々な反応を想像しながら、くすくすと笑ってしまう。やってみたら面白いかもしれない。
 自慢じゃないけど私は彼女に嘘をついた記憶はない。だからきっと騙されるに違いない。
 私の中の天使は一言も発する前に消えてしまったようだ。というか髪の毛一本出ていないだろう。
 悪魔が私をイタズラの世界へと導いてくれる。ふっふっふっ。
 そんなことを考えている内に私は玄関前へと到着する。
「アリスー、いないのー?」
 ドアの向こうからは彼女の可愛らしい声がはっきりと聞こえる。
 あー、早くどんな反応をするか見てみたい。
 好奇心が私の顔をにやけさせる。
 だけどここで笑っていては嘘もばれてしまう。真面目に、演技で。
 私は大きく深呼吸すると、一息ついて気合を入れる。
 自分では現在深刻そうな表情を作っているつもりだ。魔法研究を失敗していた時の気持ちで。ダークに、暗く。
 私はドアノブへと手をかけ、ゆっくりと重い雰囲気を出しながらドアを開いた。
「あ、アリス、いるなら言ってよ」
 するとドアの前にいた彼女が安心したように肩を上下させる。
 膝まで伸び、風に一本一本が靡く美しい髪の毛。その髪の毛の間から二本のシワがついた細い兎の耳。
 もうすぐ春が近づいているので白いブラウスに、爽やかな青いスカート。
 迷いの竹林にある永遠亭に住む薬師の弟子であり、月の兎である、私の友人の鈴仙・優曇華院・イナバがそこにいた。
 彼女との出会いは永遠亭の主にして月のお姫様が起こした異変のせいだった。
 迷惑な異変だったが、今は感謝している。
 あれがなかったら、私は彼女と出会えなかったのだから。
「アリス? どうしたの?」
 可愛らしく首を傾げる鈴仙。
 本当に彼女の一動作一動作が可愛すぎる。同姓にこんな感情を持つなんて変かもしれない。だからこの思いは私だけの秘密。
 さ、早くしないと顔の形を保つことができない。
 私は鈴仙イタズラ計画を実行する。
「……鈴仙」
「どうしたの?」
「私、もう貴女と会えないの……」
「……え? ど、どういうこと?」
 私の言葉に鈴仙の声色が曇る。やった、成功?
「ごめんね……」
「え……え……」
 今回の嘘の内容は、特に意味を考えていない。
 なんか適当に別れ話でもしておけば鈴仙が動揺すると思ったから。
 そして見事に今、彼女の顔は私の言葉がまだ理解できず、動揺の色を濃くしている。
 あぁ、困る鈴仙は可愛いわね。
「さようなら、鈴仙……」
「…………」
 ついに鈴仙は言葉を発しなくなった。
 うーん、流石にやりすぎたかしら、ネタばらししたほうがいいけど、もう少し待ってみよう、鈴仙の困った顔を見ていたいし。
 そう思って、鈴仙の顔を見てみると彼女はうつむいている。
 あれ、嫌な予感がする。

「……ひぐ……」

 すると彼女から鼻を啜る音が聞こえた。

「……ごめんね……ごめんね……ひぐ」

 彼女の声に嗚咽が混じっている。

「私の……ひぐ……悪いところは、直すから……ひぐ……」

 鈴仙の体が小刻みに震えている。

「ごめんね……ひぐっ……」

 うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! まずい! 本気で泣かせてしまった!

 鈴仙は涙もろいところがあるが、まさかここまで弱いなんて思っていなかった。
 私に言われただけですぐ泣くの!? と、とにかく謝らないと!!
 私は慌てて泣く鈴仙へと近づく。
「ご、ごめんね! 嘘よ! 嘘! 鈴仙に悪いところなんてないから! だから泣かないで!」
「ひぐっ……ひぐっ……」
 謝らないといけないが気が動転してしまい、何を言えばいいか判らない。勢いで謝るしかない。
「ごめんね、本当に!」
「ひぐっ……」
 嗚咽を漏らす鈴仙。
 もう私が泣きたいわよ。
 あぁ、鈴仙に悪い印象を持たれたかもしれない。なんて最悪な日なんだ。

「ひぐっ…………ぷっ!」

 混乱する私の頭の中に聞こえてきたのは、鈴仙の嗚咽と……何かを噴出した声。
 私はその声に疑問を持ち、うつむく鈴仙の顔を下から覗き込む。
「ふふふふ……」
 すると鈴仙が口元を押さえて笑いをこらえている。
「鈴仙?」
「ふふふ……ごめんね、アリス」
 先ほどまで泣いていたと思った鈴仙が楽しそうにクスクス笑っている。
 どういうこと?
「アリスって嘘をつくのが下手だね。口元が笑っているよ」
「え……判っていたの?」
「私を誰だと思っているの? 私の周りにはよく嘘をつくてゐがいるのよ、何十年も嘘をつかれ続けたら簡単な嘘くらいすぐ見抜けるよ」
 私はその言葉に頭が真っ白になる。
「あまりにも初々しい嘘だったから、ついからかいたくってね。私の演技上手かった?」
 口元に笑みを作りながら鈴仙が首を可愛らしく傾げる。
 だけど私は鈴仙に対して魔理沙とは違う怒りが心の奥底から生まれてきた。
 あれだけ私を心配させといて……。
 本当に泣いたと思ったのに……。
 貴女に嫌われたと思って絶望していたのに……。
 この娘は……この娘は……。
「ば……」
「ん? どうしたの、アリス」
「バカアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!」
 暢気な鈴仙に対して本日二度目の、家全体を振るわせるほどの大声を張り上げた。

     ☆

「……ごめんね、アリス、そんなに怒らないで」
「ふん……」
 家の中。だけど私は机につっぷしているしかなかった。
 恥ずかしくて頭を上げることはできない。
 鈴仙が隣で私をなだめている。
「アリスだって悪いんだよ、嘘をつこうとするから」
「……貴女がいつも泣いてばかりいるから、演技でも信じちゃったじゃない」
「な……私はそんなに泣き虫じゃないわよ!!」
「泣き虫よ! そんな貴女だから嘘ついた時の反応が可愛いと思ったから嘘をついてみたかったのよ!!」
「え? アリス、今なんて……」
 私は勢いで言った自分の言葉に顔全体が熱くなることが判る。
「――ッ!! な、なんでもないわよッ!!」
 今日は本当に最悪の一日だ。
 もう四月一日なんて大嫌いだ。




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