桜が散り始めた春のある日。 幻想郷の中心とも言える博麗神社では今日も宴が行なわれる予定である。 しかし、宴と言っても準備は必要である。 宴会場の設営や、酒のつまみなどもある程度用意しないといけない。 もちろんそんなのは一人でできるわけもなく、宴会参加者が早い時間に神社を訪れ、宴の用意を進んで手伝うのだ。 神社の主である、博麗霊夢はそのような面倒なことは進んで行なわないが、手伝ってくれるのなら、と渋々やっている。 今日も宴会参加者が数名用意を手伝うため、早い時間に神社を訪れた。 その一人は霊夢の友人である人間の魔法使い、霧雨魔理沙。 もう一人は同じく友人である妖怪の人形遣い、アリス・マーガトロイド。 二人は現在、お天道様が大空で輝いている外で、敷物を敷いたりと宴会場の用意をしている。 人形遣いのアリスがいるお蔭で、外の用意はスムーズに進んでいる。物量は半端ではない。 魔理沙は宴会の時によく霊夢の手伝いに来てくれるから珍しいことではないが、アリスが手伝いに来るとは珍しいことなのだ。 普段は誘わないとアリスは自ら来ないため、手伝いに来ることは滅多にないのだ。 たまに魔理沙が誘ってきて手伝うことはあるがここ最近はそれもなかった。 霊夢は現在台所で酒のつまみの用意で新鮮な野菜を切っている。 トントンと軽快な音を二つ響かせながら。 キャベツを切りながら、霊夢は隣にいる者に目をやる。 膝まで伸びた長い髪を靡かせ、頭に二本の白く不思議なシワが入った長い耳を生やし、すらっとした体躯。少し羨ましい体型に霊夢は嫉妬する。 永遠亭の兎、鈴仙・優曇華院・イナバも霊夢と同じく野菜を切っている。 彼女が手伝いに来たことが非常に珍しく、霊夢は最初驚きを隠せないでいた。 迷いの竹林にある永遠亭の住人は、普段手伝いに来ることはない。というか手伝いに来たのは鈴仙が初めてかもしれない。 今日の昼ごろ、宴会の準備にはまだ早い時間に、縁側で霊夢が魔理沙とまったりお茶を飲んで時間を潰していた時、鈴仙はアリスと一緒に来たのだ。 二人は白菜やキャベツ、ニンジン、タマネギなどの野菜を満載した大きめの木箱を二個人形たちに持たせ、宴の用意を手伝いに来たと言った。 どうやらたまには何か提供しないと、という永遠亭の主の命令で鈴仙が持って行こうとした時、たまたま薬を取りに来ていたアリスが手伝って今に至るらしい。 霊夢は、アリスと鈴仙は本当に仲がいいと思った。 永夜事件というなんとも面倒な怪異が起こった時に二人は出会ったらしい。 それ以来、アリスと鈴仙が一緒にいる光景を見ることが多くなった。アリスの家、永遠亭、人間の里、宴会の席などなど……。 誰がどう見ても二人は恋仲になっているかと思われているが、実はまだ結ばれていないらしい。 変なすれ違いが微妙な距離を保っている。 その光景が少しいらだたしいこともあるが、別に不仲と言うわけでもないので時間がなんとかしてくれるに違いないと周囲の者は思っている。 だけどその仲をあまりよろしく思っていないのも何名かいる。 その一人が現在アリスと宴会場の用意をしている魔理沙である。 彼女はアリスに片思いをしているのだ。 アリスのことになるとムキになったりと反応があからさまで判りやすい。霊夢もそのことでよくからかっている。 しかし、アリスは魔理沙の気持ちに気づいておらず、魔法使い仲間でライバルと思っているらしく、現状だと結ばれることは難しいだろう。 妖怪と人間が結ばれるか……、と霊夢は心の中で苦笑する。 自分も魔理沙とあまり変わらない関係を求めているかもしれないからだ。 霊夢はふと、神出鬼没な妖怪の姿を思い浮かべる。最近冬眠から目が覚めてよく訪ねに来てくれる、変に憎めないヤツ。 いつからこんなことを考えるようになったのか。それは誰も判らない。霊夢さえも。 そういえば……と霊夢は隣にいる鈴仙へと目をやる。 鈴仙は慣れた手つきで野菜を切り揃えていく。 「ねぇ、アンタって」 「ん? 何?」 鈴仙が野菜を切るのを止め、霊夢へと顔を向ける。 「アリスとどこまで行ったの?」 「ぶッ!!」 霊夢の質問に鈴仙は噴出してしまう。 「どうしたのよ?」 「い、いきなりなんて質問をするのよ!」 「いや、気になったから。アリスもいないし」 霊夢はアリスがいたら鈴仙が言いにくいかと思い気をきかせたつもりである。 しかし、鈴仙は頬を朱色に染めている。 「ねぇ、接吻とかした?」 「せ、せせせせせせせ、接吻!?」 「してないの?」 「す、するわけないでしょ! わ、わた、私と、アリスは、別に……そんな……うう……」 顔を真っ赤にしてもじもじし始めた鈴仙の声は段々小さくなっていく。これはこれで判りやすい反応である。 霊夢はそんな鈴仙の反応が面白くなってきた。 「……じゃあ、アリスの裸は見たことあるかしら?」 「ふぇ!? は、裸!?」 「そう、見たことある?」 「そ、そんな……私は……アリスの……はだ……」 「見たことあるのね」 「…………はっきりとは……お風呂だったし」 「へぇ、一緒にお風呂入るんだ。よく入るの?」 「そこまでは……でも……それなりに……」 「ほほう、じゃあ、アリスの裸を見てどんな感想? どんな感想?」 「え……えっと……白くって……細くって人形みたいに綺麗だった……って何言わせるのよ!」 「アンタが勝手に言ったじゃない」 トマトのように顔を真っ赤にしている鈴仙の言動に、霊夢は可笑しさで笑い転げそうになるがここは我慢しておく。 「じゃあ、アリスの胸とか揉んだことある?」 「も…………ッ!!」 「アリスって以外に胸が大きいのよね、着やせするタイプかしら?」 「き…………ッ!!」 「結構掴みやすい胸でね、揉む度にアリスがいい声を出すのよ」 「…………ッ!!」 恥ずかしそうに顔を伏せながら顔を抑える鈴仙。耳を押さえないということは聞きたくないわけではないようだ。 まるで弱い者イジメをしているようだが、霊夢は面白くて面白くて止める気はサラサラないようである。 「アンタも一回やってみたら? 本当にいい声出すのよ」 「…………そんな……でき……」 か細い声で鈴仙が呟くがもはや霊夢の耳には入っていない。 「その勢いで体を混じり合わしちゃえばアリスもきっと喜ぶわよ。一人じゃ不安なら私も手伝って――あだッ!!」 頭に血が上りすぎて顔を真っ赤にして今にも鈴仙が倒れてしまいそうな時、台所にスパッと何かを叩く音が響いた。 それは調子に乗って周りが見えていなかった霊夢の後頭部が誰かに叩かれた音。 その一撃ですっかり勢いが下がってしまい、叩かれた頭を撫でながら霊夢は振り向く。 「……霊夢。鈴仙に何やっているのよ」 「あ……アリス……」 人形のような華奢な体に青を基調とした洋服。肩まで伸ばした金髪を靡かせ、透き通るような青い瞳に怒りの色を濃く写すアリスが、霊夢を睨みつけていた。 霊夢は調子に乗りすぎてアリスが近づいてくるのに気づかなかった。 「宴会場の用意が終って、手伝いに来てみれば……」 「い、いえね、アンタたちの仲がどうなっているか聞きたくってね」 「な……れ、霊夢には関係ないでしょ!」 するとアリスは頬を朱色に染めて、今の霊夢の言葉を流すように鈴仙へと近づく。 「鈴仙、大丈夫? 霊夢に変なことされなかった?」 「アリ……ス?」 現在も顔を真っ赤にしている鈴仙は、アリスがいることに今気づいた様子で顔から手を離す。 しかし、鈴仙はしばらくアリスの顔を見つめた後、爆発させたかのように一気に顔面を紅潮させた。 「――――!!」 「れ、鈴仙!?」 次の瞬間、鈴仙はアリスから逃げるように駆け出し台所を出た。 恐らく先ほど霊夢に聞かされた話が蘇り、まともな思考でアリスを見れなくなったのだろう。 「ちょっと霊夢! 鈴仙に何したのよ!!」 「何って、普通に世間話よ」 「そんなわけないでしょ! 鈴仙は素直な娘なのよ! おおかた変なこととか言ったんでしょ!?」 「だから、そんなこと言っていないわよ」 「それは後で聞くわ! 鈴仙!」 言いたいだけ言ってアリスは鈴仙の後を追うように台所を出て行った。 ドタドタと廊下を走る音を聞きながら、霊夢は一人台所に残される。 アリスと鈴仙の仲は行くところまで行っているようだが、どうも一線を越えれずにいるようだ。 一線を越えたら越えたでなんか鎖が外れたようにとんでもないことになりそうな予感を感じ、霊夢は自分で頬を朱色に染める。 「…………なんかあったのか? 霊夢」 腰まで伸ばした輝くような金髪を靡かせ、宴会場の設営の用意が終った魔理沙が遅れて台所に入って来た。 「アリスと……あの兎がもの凄い勢いで走って行ったけど」 「まぁ、色々あったのよ」 「色々ねぇ……」 魔理沙は眉をひそめながら二人が走っていった方向を見ている。 彼女は鈴仙のことをあまりよろしく思っていない。アリスと仲がいいのだから当然である。 自分の恋を邪魔する者を快く思う者はいないだろう。 しかし、霊夢は魔理沙のことを応援したい。それは友人として。 だけどアリスと鈴仙の仲も応援している。 アリスは鈴仙といると、本当に楽しそうに笑う。霊夢は友人の幸せを願っている。だからこそ二人を応援するという矛盾が発生する。 この結末がどうなるかなんて判らない。 だけど幸せな方向へと変わることを霊夢は心から願っている。 「……ねぇ、魔理沙」 「ん? なんだ」 「……宴会のつまみを用意するの手伝ってよ。私一人じゃ量が多いし」 「何? まだ終っていないのにあの兎は出て行ったのか?」 「色々あったからね」 「まったく……仕方ないなぁ」 渋々魔理沙は霊夢の手伝いをする。 そんな魔理沙の反応に微笑しながら、霊夢は包丁を握り、再び野菜を切り始める。 外からアリスの鈴仙を探す声が聞こえてくる。 霊夢は感じる。本当に平和な時間が流れていくことを。 もしよかったら感想をどうぞ。 |
前のページに戻る |
TOPへ戻る |