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「相変わらず美味しいな、この焼き鳥」
 木製の椅子に座りながら、上白沢慧音は手に持った焼き鳥の串を口に運ぶ。
 顔を綻ばせながら美味しそうに焼き鳥を食べる慧音。
「妹紅もう一本」
 慧音は食べ終わった串を皿の上へと置くと、右手を突き出して催促してきた。
「慧音、いったい何本食べるの?」
 と言いながら、妹紅は焼き鳥を焼き始める。
「夕食をまだ食べていなかったからな、それなりに頂くぞ」
「まったく……」

 ここは人間の里と迷いの竹林の間にある焼鳥屋。
 どちらかというと竹林よりに建っているために、物好きや常連客以外は滅多に来ない。
 現在は陽も落ち、物好きな客と常連客も既に居ない。居るのは慧音だけである。客が全く居ないのは一日の大半を占めるので問題は無い。
 慧音はよく私に喋りかけてくる。幻想卿に来た頃は、彼女の家に暫く住まわせてもらってもいた。
 今の私があるのも、彼女のお蔭かもしれない。
「ふぅ、食べた食べた」
 満足そうな顔を作りながら慧音が食べ終わった串を皿に置いた。
「そりゃあ、五十本も食べれば満腹にもなる」
 皿の上には山のように食べ終わった串が乗っていた。
「しまった……食べ過ぎた……妹紅、御代は幾らになる?」
 慧音は山のようにある串を見て、不安そうにこちらに視線を送ってくる。
 そんな視線を送られても困る。表情から予想するに、金はそれほど持っていないのだろう。
「無料でいいよ」
 慧音から貰った物は数多くある。これでは雀の涙ほどしか返せていないだろう。
「いや! 自分が食べた分くらいはしっかり支払わないと」
 慧音は真剣な顔で言い放った。
 変な所が頑固なんだから。
「じゃあ、金はあるの?」
 図星を突かれたのか、慧音は顔を強張らせる。
 やはりあまり持っていないのか。
「私の気持ちだ。それぐらい受け取れ」
「す、すまない……」
 左右の人差し指の先を合わせながら、慧音は申し訳なさそうに答えた。
「気にするな」
 妹紅は慧音が食べた串の山を片付け始める。
「……こほん、それじゃ私はこれで」
「帰るの?」
「あぁ、明日の寺子屋の準備があるからな」
「判った」
「妹紅も里にはたまに来い、いいものだぞ」
 不安そうに、それでも笑顔で慧音は妹紅へと問いかけてきた。
 その問いかけに、妹紅は答えられない。
 不老不死となり歳を取らない妹紅にとっては、同じ場所に長く留まれず、何度人間に命を狙われたか。
 こんな辛いのなら何度も死にたいと思った。しかし死ねない体はその想いを嘲笑う。
 人間は憎いのではない。
 人間が怖いのだ。
 元は人として生きた妹紅は、人間は決して憎めず、手を出すことは無かった。
 不老不死と言っても痛みや苦しみはある。
 だが幻想卿にやってきてからは違った。
 ここでは人間と妖怪、幽霊などが普通に暮らしているのだ。
 最初来た時は驚いた。人間の里に普通に妖怪が買い物をしていたのだから。
 里の人間は気さくに話しかけてきてくれた。
 それでも、過去の不安は拭えない。
 最近は焼鳥屋のお陰で慣れては来たものの、人間の里はどうも好かない。
「……まぁ、強いてとは言わないさ」
 慧音は残念そうに言う。
 そんな顔をしないで欲しい……私が悪いことをしているみたいじゃないか。
「それじゃあ」
「あぁ……」
 店の入口を開けると、慧音は軽く手を振った。
 その手に妹紅は顔を上げずに黙々と皿の片付けを始めていた。
 戸が閉められると、店には妹紅一人だけが残った。
 沈黙。寂しさが漂う空間。
 それでも妹紅はこの空間には慣れていた。何十、何百、何千と経験した空間。慣れると心地よさまで感じる。
 それでも最近この空間が寂しくなるのが多くなってくる。
 何故だろうか、何故寂しくなってくるのだろうか。
「……」
 皿の片付けも終わり、明日の仕込みをしようとすると、店の戸が開かれる。こんな時間に客が来るわけも無く、恐らく慧音が忘れ物でもして戻ってきたのだろう。
「慧音か? 忘れ物?」
 顔を上げると、そこには何時も見る慧音の姿は無く、開かれた戸の前には小さな女の子が立っていた。
「こんな時間に娘が一人で何の用?」
 手入れされた艶やかな髪を夜風に靡かせながら、身分の高いと判る衣服を纏っていた。
 少女は、ずんずんと店内を歩くと、妹紅の前へと行く。
「……今から、竹林の先にある永遠亭に連れて行きなさい」
 それが少女の第一声だった。
「いきなり何?」
「五月蝿い、あんた竹林の案内人なんでしょ? さっさと連れて行きなさい」
 突然来てそれが人に頼む態度か。それとも身分の高いお嬢様の本質なのだろうか。私も元高い身分の生まれだがこうはならないぞ。
 少女の態度に不満を覚えていると、少女は「早く連れて行け!」とギャーギャー騒ぎ出した。
 これは連れて行くまで帰らないな。
 迷いの竹林の案内は私の仕事だが、急病人以外は相手にしないつもりなのだが。それに構って急病人が来たら大変だし。そもそも娘一人で来ているのだから冷やかしかもしれない。
「なんで永遠亭に行くの?」
 理由を聞いてまともだったら連れて行こう。急病人は……慧音がなんとかしてくれるだろう、永遠亭の場所知っているし。
「……母上の、病気を治す薬を買いに行くの」
 少女の瞳には、焦りと不安が渦巻いている。その瞳からは嘘は見えないが――
「……判った、それなら連れて行ってあげる」
 その言葉に少女の顔が崩れ、喜びの色に染まる。
 望む者が居る限り、迷いの竹林の案内は遂行する。それで人間の命が助かるのなら安いものだ。
 妹紅は明日の仕込みを一時中断し、店の入口へと進む。少女は妹紅の後に続く。



 焼鳥屋からほんの少し歩くと見えてくる月明かりに照らされた不気味な竹林の入口。
 広範囲に竹を生やすこの森は、道と言う道が無いために一度迷い込むと慣れた物以外は永遠に出てこられないだろう。
 その中を迷い無く進む二つの影。
 妹紅と少女は迷いの竹林に存在する、永遠亭へと進んでいた。
 妹紅は慣れた道なので迷わず進むが、少女にとっては自分が何処に居るのか判らない状態である。先を進む妹紅の後を必死に追いかけている、というか密着しているに近い。
 最初は高飛車な態度を取っていたが、今は怖がっていて何も喋らない。
「怖いの?」
 その言葉に周りを気にしていた少女は妹紅から離れた。
「そそ、そ、そんな訳、ない、な、なない!」
 突然言われてなのか呂律が回っていない。
 まさかここまで過敏に反応されるとは思っていなかった、気にせず先に進もう。
「こ、こら! 私を、置いていくな!」
 少女は慌てて妹紅を追いかける。
 まったく、文句を言うなら私に頼むな。
「…………聞かないの?」
 追いついた少女が静かに言った。
「何が?」
 妹紅は歩くのを止めず、後ろを向かずに聞いた。
「私のこととか、母上のこととか」
「相手が言わないことは無理には聞かないさ。私はただの竹林の案内人兼焼鳥屋だし」
「……そう」
「そうだ」
「……ねえ」
「何?」
「私は今から独り言を言うけど、気にしないでね」
「……」
 一瞬の間があり、少女は話し始めた。
「……私の母上は、それはそれは美しく、賢く、優しい人なの。父上は何時も仕事で家には居らず、家では母上と何時も一緒だったの。母上の存在は、私を優しく包み、安らぎを与えてくれたの」
 少女は嬉しそうに語る。その表情は本当に母親を愛していることが判る。
 だがその顔がゆっくりと暗くなる。
「でも、一ヶ月前に母上が倒れて、寝たきりになって、お医者様が……」
 それ以降、少女は黙ってしまう。
 妹紅も喋らず、延々と続くと思われる竹林の中を歩き続ける。

 永遠に続く、その道を。



 まったく同じような道を歩き続けると、貴族の家のような豪華な建物が見えてきた。
 ここが目的の永遠亭である。
 妹紅と少女は正門からそのまま永遠亭の敷地内へと入る。
 永遠亭は綺麗に掃除がされており、庭も美しく手入れされている。下手な貴族の家よりも貴族らしい家であるが、ここの持ち主は貴族ではない。
「おい! 誰かいないの!?」
 建物に向かって大声で叫ぶ。
 …………
 ……
 暫くするが反応が無い。
 何時もならこれぐらいで兎が来るはずなのだが。
「おい! 客だ、早くしなさい!」
 もう一度叫ぶ。
 …………
 ……
 反応がやはり無い。
「ねえ、誰も居ないんじゃ……」
 少女が不安そうに聞いてくる。
 そんなことはない。この家には必ず人は居る。あの女は家から滅多に出ないからな。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
 建物の入口に美しい銀髪を靡かせながら、大人びた女性――八意永琳は立っていた。
 あるゆる薬を作ることが出来る月の頭脳。何か過去では色々やっていたようだが、妹紅には関係ない。今は人間に薬を売ったりしている。
「まったく、兎どもはどうしたの?」
「さあ、あの子たちも何か用があるのでしょ? 鈴仙は最近、人形遣いに会いに行っているみたいだけどね」
 永琳は兎たちが居ないことを楽しんでいるように言う。
 まったく理解し難い奴だ。
「……それより、客を連れてきたわよ」
 横に居た少女の背中を後ろから押す。少女は妹紅の顔を一瞬見ると、永琳の方へと向き直る。
「あの――」
 少女は緊張した面持ちで喋り始めた。
 しかし妹紅にとってはどうでもいいことだ。それより早く永遠亭から離れたい気持ちで一杯である。
 あいつが来る前に――

「――なんで早く帰りたいって雰囲気を出しているの?」

 その声に反応し、勢いよく振り向くとそこには一人の女性が立っていた。
「貴様! 私に近づくな!」
 妹紅は叫ぶと同時に、その女性との距離を開ける。
「そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃない。まったく、暇だから鈴仙とてゐを弄ろうと思ったんだけど居なくて暇を持て余していたのよ」
 女性は楽しそうに語る。
「そうしていたら貴方たちが来たの。いい時に来てくれたわね」
「人を遊び道具にするな!」
 この女は蓬莱山輝夜。不老不死でありこの永遠亭の主である。
 昔は激しく憎んでおり、何度も殺し合いをした。今となってはそれほど憎んではいないがあまり一緒に居たくはない。
「あ! さては早く帰って上白沢慧音に甘えたいのね! もこたんは赤ちゃんでちゅねー」
「貴様、消炭にしてやろうか。いや跡形も残らなく燃やしてやろうか」
「きゃー、もこたんに殺されるでちゅー」
「殺してやる!」
 妹紅の反応を楽しむように輝夜が逃げる。
 今にも弾幕ごっこが始まりそうな雰囲気である。

「――――なんでよ!」

 その雰囲気が、少女の悲痛な悲鳴によりかき消されてしまった。
 妹紅と輝夜も少女の方へと何事かと視線を向ける。
「だから薬は作れないのよ」
「なんで!? お金ならちゃんとあるから、作ってよ!」
 少女は永琳に縋る様に叫ぶ。
「永琳、どうかしたの?」
 すっかり崩れた雰囲気を惜しむように、輝夜は問いかけた。
「いえ、この娘が病を治す薬を作れと言ってくるのですよ」
「作れ!」
 永琳は困ったような顔で言う。
 作るくらい永琳にとっては造作も無いことのはずだ。それを何故拒むのだろう?
「作ってあげればいいじゃないの、貴方には簡単なことでしょう?」
 輝夜も同じようなことを思っていたようだ。何か嫌だ。
 しかし永琳は困ったように少女に視線を移し、また輝夜に戻す。
「意味が無いのです」
「「意味が無い?」」
 輝夜と妹紅が同時に聞き返す。
「はい……この娘の母親は――」

「――母親はもう亡くなっているのです」

「……は?」
 その言葉に妹紅は呆気に取られる。
 もう亡くなっている?
 その娘は母親の病を治すためにここへ来たのではないのか?
 亡くなっているのなら何故ここに来た?
「死んでいない! 母上は死んでなんかいない!」
 少女が全てを否定するように永琳へと叫ぶ。
 それでも永琳は首を左右に振り、今にも泣き出しそうな少女へと語りかける。
「もう一度言うけど、貴方の母親は一昨日亡くなったのよ」
「そんなことない! 母上はただ寝ているだけよ、医者なら早く治しなさいよ!」
 少女が永琳の言葉をかき消すように、否定するように叫ぶ。
「……貴方の母親は既に手遅れの状態だったの。もうすぐ死ぬ人間や、死んだ人間は誰にも治すことは出来ないのよ」
 永琳はそう言う。
 私や輝夜のように不老不死の体にとって、死とは永遠に合うことの無い存在。
 死ぬことの無い体とは響きはいいが、実際になってみると最悪だ。
 老いることも死ぬことも無い体。友人や知人、家族も全てが死んでいなくなる。ずっと孤独な体となる。
 孤独の苦しみから逃れることも出来ず。痛みと苦しみしか残らない体。
 何かを手に入れるためには、何かを捨てなければいけない。
 そんな寂しい体になるから、永琳はもう不老不死の薬――蓬莱の薬はもう二度と作らないと誓ったと私は聞いた。
 死とは平等に訪れる決まりである。
 人間だろうが、妖怪だろうが、幽霊だろうが様々な形で終わりは必ずやってくる。
 その終わりが来ない者は、最後は何処に行き着くのだろうか?
 終わりを求めて私は生きているのかもしれない。
「……お願い……母上を……治して……お願い」
 少女は永琳へと縋り付く。今にも崩れ落ちそうな、弱々しい声で少女は呟く。
「母上を……母上を……」
 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、少女は地面にへたり込む。
 永琳は衣服を握る少女の手をゆっくりと持ち、「ごめんなさい」と少女に呟いた。
 すると少女は、ピクッと一瞬反応して握っていた永琳から手を離す。
 永琳は妹紅へと視線を送ると家に向かって歩き出した。
 その時の永琳の顔は、仕様が無い、仕方が無いとした顔をしていた。
 輝夜も気が失せたのか、つまらなそうにその場を離れた。
 広大な庭に残された妹紅と泣き続ける少女。
「……ほら、帰るよ」
 妹紅が少女へと言うが、少女は泣き崩れたまま動かない。
 大きな溜息を吐くと、妹紅は少女の正面へと座り背中を見せる。
「ほら、背中に乗れ。背負ってあげる」
 ぐずぐずと背後から鼻を啜る音が聞こえる。少し待つと、背中に重量を感じる。背中に視線を送ると、顔を妹紅の背中に埋めながら少女が負ぶさっていた。
 妹紅はそのまま永遠亭の正門へと向かう。背中から少女が泣く声と寂しいように光る月明かりを全身に受けながら。
 迷いの竹林を歩く間、少女は「母上……母上……」と呟いていた。
 少女になんて言葉を掛ければいいのか判らず、妹紅は無言でただ歩き続けた。
 少女を笑うように無数の竹林は風に靡いていた。



 迷いの竹林を抜け、人間の里へと向かう二人。満月に近い月も頂点へと昇り、大半の生き物は寝静まっている時間だ。
 再び戻ってきた焼鳥屋。行く前は灯りを消して店を出たはずなのだが、今は遠くからでも判るようにポツンと灯りがついていた。
 少女を背負ったまま店の扉を開けると、店内には机に突っ伏しながら寝ている人物がいた。
「……むにゃむにゃ……もこー……」
 いったいどんな夢を見ているのか、慧音が気持ちよさそうに寝ていた。
 慧音は一応この店を建てた時も、責任者として鍵を渡してある。上白沢慧音先生のお墨付きってことでなんとか人が来ているこの店である。
「慧音、起きろ」
 ゆさゆさと慧音の体を揺らす。
「むにゃ? ……おお、妹紅、帰ったのか、御帰り」
 寝ぼけ眼で慧音がゆっくりと体を起こす。
 この反応だと結構寝ていたな。
「まったく、何で、ここで寝ているの?」
「え? えーと……」
 慧音は人差し指を唇に当てて天井を見つめて考える。
 この様子だと私が竹林に向かってからすぐにここに来て寝たな。
 慧音の視線が右へ左へと行く。
「……ああ! そうだそうだ」
 やっと思い出したか。
「実は里の娘が一人で迷いの竹林に向かったと聞かされてな。それで急いで妹紅と一緒に探そうと思ってな。しかし来てみたら居ないから焦ったのだよ」
「それならどうして店で暢気に寝ていたのよ?」
「いや、それはな、ついウトウトと……それはそうと、いやね、何時もならまだ仕込みの時間のはずなのに店に居ないということは、急用で出かけていると思ったのだよ。妹紅の急用は竹林以外に無いからな!」
 今かなり失礼なことを言われた気がするが、気にしないでおこう。
「それできっとその娘が妹紅に案内を頼んだに違いないと思い、ここで待つことにしたのだよ」
「もし違ったらどうするつもりだったのよ?」
「私は妹紅を信じているからな」
 変な自身を持たないで欲しい。時々慧音は不可思議な言動をするから困る。
 と、それはそれで――
「もしかしてその娘ってこいつのこと?」
 上半身を捻って、背負っている少女を慧音に向ける。
「おお、その娘だ。流石だな妹紅! ……ってどうしたんだ?」
 少女の顔を確認して喜ぶ慧音だが、少女が泣いているのを見て驚き聞いてきた。
 今まで少女はずっと妹紅の背中で泣き続けていたのだ。今はかなり落ち着いている。
 妹紅は背負っている少女を、店の椅子に下ろす。
「実は――」
 現状が飲み込めない慧音に妹紅が説明をするが、妹紅事態もあまり判っていない。とりあえず永琳が言っていたことなどを頭の中で整理しながら順番に話していく。
 説明している間、少女は椅子に座ったまま泣き続け、慧音は静かに真剣に話を聞いていた。
 少女に掛ける言葉を捜しながら慧音へと説明をする。しかし何も思い浮かばない。人の死ぬ場面を何度も見てきた妹紅にとって、親しい人が死んだ時の気持ちなんて判らなかった。今まで生きていて親しいと呼べる者は誰一人と存在しなかった。
 親しい者が死ぬ、遺された者はどうなる? 絶望して死ぬ? 明日に向かって生きる? 忘れてしまった想い。それは誰が教えてくれる?
「ふむ」
 説明し終わると、握り拳を口に当てて考え込む。
 えぐえぐと少女の嗚咽だけが店に響く。
 自分の店なのに居にくい雰囲気が広がる。
 慧音は思考を止め、嗚咽を漏らし続ける少女へと近づき、少女と同じ目線の高さになるようにしゃがむ。そして、優しく少女に喋りかける。
「……まったく、突然居なくなるなんて心配したぞ」
「……えぐ、えぐ……慧、音……さま」
 少女は泣きながら慧音を見る。
 どうやら二人は知り合いのようだ。
「慧……音……さま……母、上……えぐっ……は……生きて……」
 嗚咽交じりに喋る少女。
「薬……飲め……ば……治る……よね」
「母上は、もう亡くなられたのよ」
 慧音は母の死を否定する少女の言葉に、優しく言葉を重ねる。
「一昨日の夜、静かに息を引き取られたのを見ただろ?」
「う……そよ……まだ、生きて……る」
 現実から離れた少女は首をゆっくりと、壊れた人形のように横に振る。
 震える少女の手を慧音は優しく握る。
「……母上の死を認められぬか?」
「母……上……は、死んで……いない……」
「何が怖い? 何を恐れている?」
 その言葉に少女は言葉に詰まる。
 慧音の言葉で気づいたが、少女は母親が居なくなることで何かに恐れている。
 それは何だ?
「……いない……と……一人……なっちゃ……う……」
 少女は慧音が握る自分の手を見つめる。
 それだけ言うと少女はまた黙ってしまった。
 どういうことだ? 妹紅には今の言葉だけではよく判らなかった。
 しかし、慧音だけはその意味を理解していた。
「母上が居なくなったら自分一人だけになることを恐れているのか?」
 少女は俯いたまま頷いた。
「何故そう思う?」
「わた……し、には……母、上……しか……いな……い……」
「父上が居るだろう?」
「……父上……は……私……より、も……お仕事……が……」
「そう思うのか?」
 少女は大粒の涙を流しながら、もうすぐ来ると思われる孤独に恐怖していた。
 慧音は少女の頭に優しき片手を置く。
「では、本人に聞いてみるか」
 慧音の言葉に少女が頭を上げる。
「父上も自宅に居られる。帰ろう」
「や……だ……」
 よっぽど家に帰りたくないのか、少女は頑なに拒否する。
「そんなこと言わずに、な?」
「やだ……」
 慧音は優しく少女を諭すが、少女の方はまったく聞き入れない。
 平行線を進む二人の会話。これでは何時まで経っても話が進まない。
 慧音も慧音で優しすぎる! 何時もなら頭突きの一発でもやりそうなのだが、流石に力任せに解決をするのは良くないということだろうか。前に慧音にそう言われたし。
 しかし――――
「――ああ、もう!」
 妹紅はイライラしたように声を上げると、少女へと近づく。
 その声に驚き、慧音と少女が妹紅を見る。
「も、妹紅?」
 問いかける慧音を無視して、妹紅は少女の前へと立つ。
 少女が泣いた瞳で脅えたように妹紅を見上げる。
 気にせず妹紅は少女を肩で担ぐように持ち上げる。
「え……な、何するのよ!」
「も、妹紅!?」
 先ほどまで泣いていた少女だが、妹紅のいきなりの行為に驚き、怒り始めた。慧音もその行為に慌てる。
「何時までも私の店に居られても困るのよ! それにお前、何時までもウジウジしているんじゃない。自分の父親に聞いてからウジウジしろ!」
 早口で数々の文句(一部)をぶつけると、妹紅は少女を担いだまま店を出る。
「降ろしなさいよ! わ、私は家に帰らないんだから!」
「五月蝿い! 耳元で叫ぶな! この泣き虫!」
「な! だ、誰が泣き虫よ!」
 呆気に取られて慧音はそのまま行く二人を見ていたが、店を出て二人が見えなくなった辺りで慧音は我に返る。
「お、置いて行かないでくれ!」
 慌てて二人を追いかけようとするが、店の灯りを消して、しっかり戸を閉めてから二人の後を追いかけた。



 久々に人間の里に来た。
 しかし今は夜中、昼時よりも人間の姿が少ない。逆に買い物をしている妖怪やら幽霊を見るが。
 なんとなく居心地はいい。夜中だからかもしれない。
 肩に担いでいた少女は人間の里に近づくにつれ、観念したのか現在は妹紅と手を繋いで歩いている。
 少女は何故か妹紅と手を繋いで歩くことを願い出た。妹紅は嫌がっていたが、少女がどうしてもと言ったので仕方なく繋いでいる。慧音の方がいいだろ。
 慧音に案内されるままに歩くと、一際大きな門の前へと辿り着く。すると妹紅の握る少女の手に力が入る。
「ここか?」
「ええ」
 妹紅が尋ねると、慧音は答える。
 門は開け放れており、人が出払っているのか静かだ。門を潜ろうとすると使用人風の男が前を横切るが、こちらに気づき戻ってくる。
「慧音様! お嬢様はまだ見つか……お嬢様!」
 妹紅の後ろに隠れる少女に気づき、男は驚きの声を上げる。
「お嬢様、ご無事でしたか!」
「……」
 男の言葉に少女は答えないが、見つかったことの嬉しさに男は舞い上がる。
「いやー、ご無事で何よりです! そうだ、私は捜索に行った他の者を呼びに行きます。早くお父上に会いに行ってください」
 男はそう言うと、足取り軽く門の外へと走っていった。
 取り残された三人。
「まったく、気が早いな。さあ、行くぞ」
 慧音が先導して歩く。妹紅も続くが、少女と繋ぐ手が引っ張られる。
 少女へと首を向けると、少女は怖がったように俯いて動かない。
 やはり怖いのだろうか。結果が怖いのだろうか。
 しかし、結果を恐れていては何も変わらない。変える勇気を持たなければ先には進めない。
「まったく……」
 妹紅は呟くと、空いた手を少女の頭に置く。
「ここまで来たんだ、ちゃんと聞け」
「でも……」
「大丈夫。親ってのは子のことを愛しているはずよ。子の前では厳しく接していても影では子のことを思っているものよ。私は何度も見てきたからね」
 その言葉に少女は頭を上げる。その顔には不安の色一色で染められている。
「そんな顔をするな。それにお前は一人じゃないわよ」
「え?」
 生きている者は、必ず何かと関わる。望んでも望まなくても生きている者は一人にはなれない。
 自分は一人だと思っても、必ず誰かとは関係を持つ。

「私や慧音が居る」

 その言葉に少女は驚く。
「今後、もし寂しくなったら私や慧音に会いに来るといい。何かしら寂しさを紛らわせるかもしれない」
 妹紅は優しく少女に言った。
「妹紅の言うとおりだ。寺子屋に来るか? 一回も来たことが無いだろ? 他にも友人が出来るかもしれないぞ」
 慧音は妹紅の横に立つと、少女と目線が合うように腰をかがめる。
 優しく少女に言う慧音だが、何か何時もより楽しそうに喋っている。
 二人の言葉に少女は、よっぽど嬉しかったのだろう。眼に涙を浮かべながらそれでも嬉しそうに答えた。
「……うん!」
 力強く、可愛らしい答えだった。

「――香夜!」

 突然の声に振り向くと、家の玄関の前に目つきが鋭い男性が立っていた。
「ち、父上……」
 少女の脅えたような声が聞こえた。どうやらあの男が少女の父親らしい。
 父親は大股で妹紅たち三人へと近づく。
 少女は怖がり、妹紅の背中に隠れようとするが、妹紅がそれをさせないように少女を前に押し出す。不安そうに少女が妹紅を見つめるが、頑張れ、と答えるように妹紅は頷く。
 自分の目の前で父親が止まる。少女は怖がりながらも父親を見上げる。
 父親は今にも少女を叩きそうな顔で見下ろしている。
「……父……上」
 少女は不安そうに言う。
「香夜!」
「!」
 父親は自分の娘の名前を言うと、突然抱きしめる。
 その行為に少女は眼を見開いて驚き、自分の親を見る。
「……よかった、無事で……無事で……」
 父親は泣いていた。
 娘の無事を確認して泣いて喜んでいた。
 子供を愛していない親なんて居ない。世の中には居るかもしれないが、私は見たこと無い。



 父上の意外な一面を見た少女は、今まで自分が思っていたことが全部間違いだと確認した。
 そう思うと自分が一人だと思っていた少女は馬鹿らしく、悲しく、嬉しく、涙が自然と出てきた。
「ごめんなさい……父上……ごめんなさい……」
 泣きながら父上に謝り続けた。
 一人じゃなかった、孤独は母上に甘えていた自分が作った妄想だ。
 きっと母上が死んだことでそれが拡大して、母上は死んでいないと思い込んでしまったんだ。
 私は孤独ではない。父上も居る。慧音様……いや、先生も居る。妹紅も居る。
 孤独なんて誰もなることはできない。



 あの後、捜索に出ていた使用人やら里の人間やらが戻ってきて、屋敷は慌しくなっていた。
 使用人たちは泣きながら喜び、里の人間たちも少女の無事を喜んだ。
 つい一刻ほど前は、孤独と泣き叫んでいた少女は居らず、少女の周りには沢山の人が居た。
 少女は本当に嬉しそうに謝っていた。
 これで少女はもう孤独などとは言わないだろう。
 さて、そろそろ帰るか、人間が多くなってきた。
「妹紅、何処へ行く?」
 帰ろうとすると慧音が呼び止めてきた。
「何処って、帰ろうとしたんだけど」
 至極当たり前に答えるが、慧音は溜息を吐く。
「まったく……」
 そう言うと、慧音は親子へと向き直る。
「では、私たちはそろそろ帰ります」
「はい、慧音様、ありがとうございました」
 父親がお辞儀をすると、周りに居た使用人たちも慧音に向かってお辞儀をする。
 少女も慧音にお辞儀をする。頭を上げると妹紅へ視線を向ける。少女がじっと妹紅を見つめる、妹紅は頭の上に『?』を出しながら首をかしげる。
「妹紅、ありがとうね。今度遊びに行くから」
 少女は嬉しそうに、心を込めたお礼の言葉を口にした。
 久々にお礼を言われた妹紅は、一瞬戸惑ったがハニカミながら軽く手を振る。
 すると慧音がこちらを見て笑っている。
「何?」
「いや、別に」
 慧音は再び視線を親子に戻すと、軽く会釈してからこちらに向かってくる。
「では行こうか」
 そう言うと、妹紅と慧音は揃って門の外へと出る。
 慧音は振り返ると、もう一度会釈してから歩き出した。
 さて、今日は色々あったが家に帰って寝るか。む、明日の仕込みをまだしていなかったな。
「そういえば妹紅」
 色々思考していると横から慧音の声が掛かる。
 首を慧音が居る方へと向ける。
「この後どうするんだ? もう時間も時間だし私の家に泊まって行くか?」
「んー……」
 お誘いはありがたいが、明日の仕込みもあるし……でも誘われた途端眠気が襲ってきた。
「まあいい、お言葉に甘えよう」 
「本当か!」
 妹紅の答えに慧音は大袈裟に嬉しそうに喜ぶ。
「今日は生徒から美味しいお茶菓子を貰ってな、ついでだから一緒に食べるか」
 本当に慧音はよくしてくれる。まるで親のように接してくる。
 何故、慧音は私をこうも気にかけてくるのだろう。
 本人に以前聞いたが、「ただ、そうしたいから、そうしている」としか答えられなかった。
 でもこうやって慧音に気にかけてもらえると、何か胸の奥から暖かくなる感覚がある。
 これはなんだろう。悪い物では無いのはたしかだ。
 不老不死の私なら何時かは判るかもしれない。
「それがまた美味くてな、つい一人で全部食べそうな勢いだったよ」
 慧音は本当に楽しそうに言う。
 たまにはからかってやろうか。
「……慧音」
「ん? なんだ?」
「一緒に風呂でも入る? …………なんてな、冗――――」
 冗談、と言おうとし慧音を見ると、そこには顔を真っ赤にした慧音が居た。
「な、なななななな、何、な、何を、いいいいいいい、いいい、言って――!」
 動揺しているのか呂律が回っていない。眼の焦点も四方八方に飛び回っている。
「お、おい! 落ち着け! どうしたのよ!」
「もももももも、妹紅と、とと、と、ふ……風呂ななななな、なんて…………」
 いきなり慌てだしたと思ったら、突然妹紅の体を上から下、下から上へと見ている。
 なんか片道で必ず二回ほど止まっているが、突然落ち着いてどうしたのだろうか。
 すると胸辺りで視線が止まる。
「慧音?」
 声を掛けると、慧音は驚いたように顔を上げる。
「いや、こ、これ、これ、これは! …………きゅ〜〜〜〜〜〜〜」
 両腕を前に突き出して、首を激しく左右に振ったと思ったら、いきなり後ろに倒れこんだ。
「け、慧音! どうしたの、しっかりして!」
 妹紅が慌てて抱き起こすと、慧音は目を回しながら「……こー……はだ……か……」と途切れ途切れに何かを呟いている。
 いきなりどうしたんだろうか。もしかして焼鳥屋で寝ている時に風邪でもひいたのだろうか。
 早く家に連れて寝かせるか。
 気絶する慧音を背負うと、妹紅は月明かりに照らされる人間の里を歩く。
 唯一知っている友人の家へと向かって。




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