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 ここは世界の何処か。
 人間が数多く生きている世界。
 その世界では人間以外の生物は異端者と称され、狩られる対象であった。
 そんな世界で、今密かに戦争が行われていた。
 それは人間と、吸血鬼との戦争であった。
 吸血鬼は絶大な力を使い、人間を減らしていった。
 当初は吸血鬼の圧勝な雰囲気が出ていたが、それは最初だけであった。
 吸血鬼のオリジナルである始祖に噛まれて、吸血鬼になった人間が、復讐のために人間側に数多くついたのだ。
 この戦争は密かに行われているために、世間にはまったく知られていない。
 吸血鬼になった人間は、「戦争に勝利したら人間のように生活できるように措置をする」という交換条件で人間へと味方についた。
 吸血鬼になった人間は、通常の人間とは身体能力が格段と上がり、さらに人間たちが開発した吸血鬼用の武器も装備し、集団なら始祖にも匹敵する強さを持つ。ただし、自分を吸血鬼にした始祖は本能が従順するために攻撃できない。
 そして人間側はゆっくりとだが、吸血鬼の数を減らしていった。
 大局は既に決まった。
 現在は吸血鬼の残党狩りに近い戦いが増えている。
 それでも吸血鬼たちは逃げずに戦った。
 吸血鬼の誇りと名誉のために、最後の一人とて人間から逃げはしないと。

 ――――くだらない。

 人間が眠り、世界がもっとも静寂に近づいた漆黒の夜。
 山奥にひっそりと佇む洋館。
 闇に溶け込むような不気味な館の大広間に、何者かの影が数個あった。
 その影は豪華に整えられた長テーブルの椅子へと座り、重苦しい空気を放っていた。
「――――さて、今回皆様に集まっていただいたのは他でもありません」
 その場所で、ゆっくりと喋りだす男。
 椅子から立ち上がり、テーブルへと手を置いて全体に届くように喋る。
 見た目は二十代後半の紳士風の男。だが、その瞳は鋭く猛禽類の眼をしていた。
「先日、サドーフニコフ卿が人間により亡くなりになった」
 その言葉に、部屋はどよめく。
「……この地方の始祖は、残り我々だけになりました」
 紳士風の男は冷静に、ゆっくりと全体を落ち着かせるように喋る。
「このままでは徐々に数を減らされ、我々吸血鬼は滅びてしまいます」
 その言葉に部屋のざわめきが静まり返る。
「我々には仲間という感覚が無いために、仲間とはくだらない愚かなことだと思っていました。しかし、今はそんな些細なことを言っている場合じゃありません。手を取り合って、人間を滅ぼす時です」
 男は高らかに演説のように言う。
 その言葉に、部屋の中にはそれに同意するような空気が多く流れる。

 ――――くだらない。

 目の前に居るのは変にプライドだけが高い集団。
 私にとって、それは誇りとは何も関係無い。
「……スカーレッド君。何か不本意なのかね?」
 男がこちらへと視線を向けている。
 男の言葉により、他の視線も自分へと突き刺さる。
「…………いえ、なんでも無いわよ」
 この状態で反発したら、何を言われるか判らない。
 その言葉に男は静かに微笑む。
「そうですか」
 男の視線はそれで自分から離れ、全体へと向ける。しかし、まだ自分から視線が離れないのが幾つかあった。
「…………子供が……」
 誰かが呟く。
 私はこの集団では最も幼く、地位が低い存在だ。蔑まれて当然である。
 それでもこの場では反発できない。
 もどかしい。
 今までは何度もそんな状況に遭遇しているが、全て何も出来ないまま終わっている。
 もどかしい。
 この世界は自分の屋敷以外がもどかしい。
「――――皆様。今回集まって頂いたのは、同盟を組んでいただきたいのです。誰かが人間に襲われているのなら、すぐに助けに駆けつけるという簡単な同盟です。……皆様、如何でしょうか?」
 男は席に座る全員へと問いかける。
 部屋に居る者は誰も言葉を発しない。
 拒否するでも、賛成するでもない反応。
「…………何も無いということは、賛成と受け取ってもよろしいでしょうか?」
 誰も、何も発しない。
 そして私も。
 そもそもこの場にそれを反対する者なんて居ない。
 公平に意見を取っているかのように見えるが、実質この地域の吸血鬼の首領である、ヴァノフ公爵への異論は誰も唱えられない。
「異論がありませんようなので、今日のところは解散とさせていただきます。また近いうちに召集を行い、我ら同盟の圧倒的な力を見せつけようじゃありません」
 嬉しそうにヴァノフは言う。
 あの嫌らしい笑い方は、私は好かない。嫌悪感をしか残らない。
 誰かが拍手をして、ちらほらとそれに続いて拍手をするのが続く。
 くだらない。
 自然と拍手が止み、席に座る始祖は各々立ち上がり、部屋を出て行く。
「……ミラーシ卿、ラードゥガ卿。少しよろしいですか? 今後のお話がありますので」
 ヴァノフに呼び止れた始祖は立ち止まり、帰路へと向かっていた足を返す。
 一人は体格がガッチリとしたいかつい男性。
 一人は美しい体のラインをむき出しにした妖艶な女性。
 男性はラードゥガ伯爵。女性はミラーシ公爵。共に私とは面識はあまり無く。どういう吸血鬼なのかはあまり知らない。だけど相当の実力を持っていると思う。
 さて、このくだらない会談会場から早く離れよう。
「――――レミリア」
 突然、自分の名前を呼ばれる。
 声がする方へと視線を向けると、そこにはゴシック風の洋服を身に纏う少女がこちらを見ていた。
「あら、ビクトリア、何かしら?」
 彼女はビクトリア。もちろん吸血鬼である。
 しかし、他の始祖とは大きく違う部分がある。
 それは彼女が人間から吸血鬼になった存在なのだ。
 その吸血鬼は始祖にとってはただの下僕。使い捨ての駒程度でしかない。
 だけどこのビクトリアは違う。
 このビクトリアの主人はヴァノフである。
 いや主人は、本当は別の始祖である。
 詳しいことを聞いていないが、ヴァノフに拾われて、公爵をとても慕っている。
「久しぶりにレミリアの姿を見たから、なんとなく」
「なんとなくねぇ……、貴女判っているの?」
「ん? 何が?」
「……いや、別に」
 一応私は始祖なのだが……。
 ビクトリアと私は同じような時期に、吸血鬼として生を享けた。
 最初の出会いは、この会談に初めて呼ばれた時だ。
 そんな面倒な会談に行くなんて嫌だ。と断ったが、「それだったら、異端者として処分する」とヴァノフに言われ、渋々参加した時に出会った。
 見た目が私と同じくらいの少女だったが、すぐに始祖じゃないと判り、気にしなかった。
 しかし、ビクトリアの方から話しかけてきた。
 始祖に気軽に話しかけてくるなんて、なんて奴。と思ったが、ヴァノフの吸血鬼と判り、手を出すわけにもいかず、当初は無視していた。
 それでも話しかけられたが、次第にそこまで嫌にはならず、今では気軽に話せる仲になっている。人間の吸血鬼と普通に話す愚か者と周りから言われているが、別に気にしない。
 原因のビクトリアはそのことに気づいていないのか、私の姿を見るたびに楽しそうに喋りかけてくる。
「レミリア、もう帰っちゃうの?」
 ビクトリアが寂しそうに首を傾げる。
「ここの空気は私には合わないのよ」
 一刻も早くこの屋敷から離れたい。
「そう……今度、貴女の屋敷に遊びに行っていい? ヴァノフ様から許可も下りそうなのよ」
 ウキウキしたようにビクトリアが私へと顔を近づける。
 本当にヴァノフは、なんで人間の吸血鬼にここまでするのだろうか。本当に不思議な始祖だ。
 ビクトリアは期待するように私の答えを待っている。
 今度……か。
「今度は……あるかしらね……」
「え……? 何を……」
 ビクトリアがその不確かな言葉を再度確認しようとするが――
「ビクトリア」
 声がした方へと視線を向けると、ヴァノフがビクトリアを手招きしている。
「はい」
 駆け足で自分の主の下へと近寄る。
 私はその姿を見て、この息苦しい部屋を出た。
 他の始祖の姿は屋敷には既に無い。
「お嬢様、お疲れ様です」
 館の外には自分を待つメイド姿の少女が一人。
「咲夜、さっさと帰るわよ」
「はい」
 我が屋敷のメイド長である十六夜咲夜は素早く自分の横へと続く。
 数年前に私が拾って以来、彼女は素晴らしい働きをする。
 私に従順し、紅魔館の家事、メイドとして働く妖精の管理、戦闘能力の高さ。全て備えている優秀な子。
「そういえば咲夜、貴女はこの集まりに来るのは初めてだったけど、何かされた?」
「何か襲い掛かってきた者も数名ほど居りましたが、軽くあしらっておきました」
「あら、そう」
 咲夜は吸血鬼ではない。純粋な人間である。
 彼女を拾った時、吸血鬼になりたいが聞いた。しかし、彼女はそれを断り、人間として吸血鬼の下でメイドとして働いている。
 今回の会談へは、お供として初めて咲夜を連れてきた。
 吸血鬼の集まりの中に人間が居る。
 それはもう、この館に到着した時は全ての始祖や吸血鬼、使い魔や眷属に敵意を剥き出しにされた。
 簡単に説明はするが、やはり皆半信半疑のような様子だった。あの息苦しい会談会場へと入った後、やはりと言っていいのか、他の始祖の眷属が襲い掛かってきたようだ。
 しかし、咲夜は普通の人間とは明らかに違う身体能力や戦闘技術を持っている。私も少し苦戦したからね。始祖はとにかく、場を弁えず襲い掛かってくる眷属や使い魔程度なら咲夜に敵う者はそうそういない。
 それにその程度のことを片付けられないのなら、最初からこの会談には連れてこない。
「咲夜、今日はちょっと頭にきたから帰ったら貴女の紅茶で解消したいわ」
「はい、畏まりました、お嬢様」
 笑顔で軽くお辞儀をする私のメイド。
 漆黒の夜はまだ長い。



「――――お帰りなさいませ、お嬢様、咲夜さん」
 紅魔館の入口には、そこを護る者が一人、二人の帰りを向かえる。
 門番――紅美鈴である。
「美鈴、ちゃんと仕事をしていた?」
「もちろんです! 咲夜さん、私はいつも真面目ですよ」
 豊満な胸を張って、美鈴が自慢をするように鼻を高くする。
「…………あら、口の横に何かの跡があるわよ」
「えッ! 涎はちゃんと拭いたはず……あ」
「…………」
「…………てへ、ぶはッ!」
 舌を出して、頬に人差し指を当てて美鈴にとっては可愛い格好を決めるが、すぐに咲夜の手刀が美鈴の頭部に炸裂した。
「真面目に仕事をしなさい」
「はい…………」
 頭を抑えながら美鈴が答える。
 このやりとりを見ると、我が家に戻ってきたことを感じる。幾分か、気分がよくなってきた。
「まったく…………さ、お嬢様、参りましょう」
 咲夜は美鈴がいつの間にか開けた門へと私を促す。
 この平穏を護るため、私はなんでもする。



「まったく、本当に嫌だわ、あの集まり。ただ集まってくだらない話し合いをしているだけで、くだらないったらありゃしないわよ」
 テーブルの椅子に腰掛ける友人へと愚痴を零す。
「そんなに嫌なら、行かなければいいのに、レミィ」
 古きからの魔法使いの友人、知識と日陰の少女――パチュリー・ノーレッジは静かな言葉で言う。
「……そんなの、できたら最初からやっているわよ。判って言わないでよ、ただの愚痴よ、愚痴」
「こうやって止めないと、貴女はどんどん愚痴を言っていくから限が無いのよ」
 愚痴ぐらいいいじゃない。
 愚痴るぐらいしか、今は出来ない。
 パチェに言われたことは判っている。
 嫌なら行かなければいい。至極簡単な答えだ。
 だけど、そう簡単には話は進まない。
 ヴァノフが関係する会談やパーティーなどには、必ず出席しなければならない。行かなければ「異端者は処分」という掟になるらしい。まったく無茶苦茶な理論だ。
 私一人なら何も問題は無い。
 だけど、私には紅魔館があるのだ。
 私一人の我侭で、紅魔館に居る者を危険には出来ない。
 私はこの紅魔館が好きなのだ。
 紅魔館に居る者、紅魔館にある物、私が築き上げた、ここが好きなのだ。
 だから、私はここを護る。この身に懸けても。
 すると紅茶を淹れたティーポットと、ティーカップが二つ乗ったトレーを持った咲夜が現れる。
「お待たせしました」
 トレーをテーブルの上に置くと、ティーカップへと紅茶を丁寧に淹れる。
「レミィ、準備は完了したわ」
 パチュリーが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
 その言葉に、咲夜の手が一瞬止まるがすぐに動き出す。
「明日は丁度満月、予定通り明日には決行できるわよ」
「そう、ありがとう」
 静かに私の前に咲夜が紅茶の入ったティーカップを置く。
「……本当にいいのね?」
 パチュリーが心配するように、確認の言葉を出す。
「いいわ。それは何度も言ったはずよ」
「吸血鬼の誇りは?」
「…………これは私の誇りよ」
 これは気まぐれからなった計画。
 ヴァノフの嫌味を毎度のようにパチェにぼやいていたら「それなら、何処か別の場所に行く?」と聞かれ「行けたら行きたいわね」と答えたら「じゃあ行きましょう」という答えになった。
 意味が判らなかったので聞き返すと、どうやら最近パチェは新しい魔法を覚えたらしい。それもかなり巨大な。
 魔法の内容は、簡単な物質転送魔法と言っている。
 ただ、その魔法で紅魔館自体を他の場所に移動させるという巨大な計画だった。
 一瞬で異次元を移動して他の場所へと移動するから、海の上も渡れるというらしい。
 最初は一瞬、頭の中に吸血鬼の誇りという物が浮かんだ。
 しかし、それは私にとってはくだらないことだった。
 誇りは大切だ。
 だけど、自分の大切な存在を護れない誇りなど、私にとっては不要だ。私は吸血鬼としてはかなり異端なのかもしれない。それでも誇りはある。
 私はパチェの計画を実行することにした。
 しかし、紅魔館や、そこに居る者全てを転送しないといけないので、パチェは莫大な魔力を必要とする。
 そのため暫くの間、パチェは魔力を使わず図書館で本を読んで時間を潰していた。まぁ、あまりいつもと変わらないが。その間に、紅魔館やその敷地、そこに居る者全てに転送用の印を付けた。転送中に入ってきた他の生物などを転送しないための印らしい。
 そして、全ての準備を終えて、満月の夜を待っているのが今の状態である。
「……判ったわ。では明日、満月の夜、0時丁度に魔法を発動させるわよ」
「ええ、お願い」
 パチュリーはレミリアの答えを聞いて、目の前に置かれたティーカップに手を伸ばし、それを口へと運ぶ。
 やっと、この息苦しい土地から離れられる。
「そういえば、どんな場所に移動するの?」
 一番の問題を聞いてなかった。
「いい場所がないか魔法で探していたのよ。そうしたら、東の島国で結界が張られている場所を見つけたの。面白そうだからそこにするわ」
「面白そうって……貴女、もう少し調べたら?」
「大丈夫よ。入っていきなり消滅ってことは無いから」
「あったら困るわよ……」
「一応、図書館の方に資料が無いか調べたら見事にあったわよ」
 得意げそうにパチュリーは言う。
「その場所には人間と妖怪――まぁ、悪魔みたいな物ね。それが共に生活をしているみたいよ」
 その言葉に少し驚く。人間と悪魔は共には生きていけない存在と思っていた。
 ますますその場所に興味が沸いてきた。
「へぇ……名前とかあるの? そこ」
「ええ、あるみたいよ。そこの名前は――――」
 そしてパチュリーは、その場所の名を言った。
「――――幻想郷」



 そして次の日。
 空は雲一つ無い綺麗な夜空である。無数の星と満月になった月が紅魔館を照らす。
 その紅魔館のほぼ中央に位置する大広間。そこでは複雑な魔方陣と無数の燭台に蒼い炎が灯っていた。
 その魔法陣の中央には静かに何かを呟きながら立つ少女――パチュリーが居た。
 既に転送魔法の準備に取り掛かっており、魔法発動まで後少しである。
 紅魔館に居る者、妖精メイドなどは興味津々にこの部屋を覗いてくるが集中の邪魔になるので一応追い出したが、恐らく部屋の前には居るだろう。そんな気配がする。
 しかし、ここまでは全てが旨く進んでいる。怪しいほどに旨く。
 最後まで気は抜けない。そのために美鈴はまだ屋敷には入れていない。なんかぼやいていたが別にいいわ。
 今のところは邪魔など入らず、順調だ。
 このまま進んでくれればいいのだが。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
 咲夜が一抹の不安を持つ私へと喋りかける。顔に出ていたのかな。
「別に、なんでも無いわよ」
「はい」
 今この部屋に居るのは、魔法陣の中央に居るパチュリー、それを補佐する彼女の使い魔の小悪魔、そしてレミリアと咲夜。

 そしてそこに居る者は『ソレ』に気づいた。

「――――ッ!」
 魔法に集中して動けないパチュリー以外、三人は大広間の天井――いや、肉眼では確認できない、天井よりも遥か上空へと意識は移動していた。
『ソレ』は何か天井が邪魔して肉眼では確認できない。
 しかし、唯一判ることがある。
 ――――危険、と。
 そう思った瞬間、無数の黒い光の槍が紅魔館を貫いた。



「――――え!?」
 そして大広間に居る者以外にも『ソレ』に気づいた者が居た。
 門番である美鈴である。
 紅魔館の上空に、何か巨大な力を感じる。
 目線を『ソレ』へとやる。
 そこには二つの影が浮かんでいた。
 そしてその二つの影の内、片方の影から無数の黒い光の槍が紅魔館へと降り注いだ。
「そんなッ!」
 突然の来襲により美鈴の集中は一瞬『ソレ』へと逸れた。
 自分の主であるお嬢様、そして大切な友人であるメイド長、ちょっと怖いけど優しい魔法使い、紅魔館に居る者の身を案じた。
 しかし、その心配で一瞬警戒心が解けた。

 胸に一瞬の軽い衝撃。

「え…………?」
 一瞬何が起きたか判断に遅れた。
 ゆっくりと自分の視線を降ろしていく。
 いつもなら自分の胸が見えるはず。
 しかし、そこにあったのは胸から飛び出ている細長い手が一つ。
 そこからは鮮やかな血がゆっくりと流れ落ちる。
「あ……え……?」
 その手を触ろうと震える自分の手を動かす。
 だがその胸を貫く手は生々しい音を立てて自分の中へと戻っていった。
 瞬間、支えを失ったかのように体は正面へと倒れこむ。
 ぽっかりと開いた胸の穴からは、鮮やかな真っ赤な血が止め処なく流れ出る。
「はい、残念」
 薄れ行く意識の中で、その声は聞こえた。
 なんとかその方へと顔を向けようとするが、体が言うことを聞かない。
「ダメよ、門番は門をちゃんと護らないと」
 大人びた女性の声。
 ゆっくりと顔をその声がする方へと向ける。
「もうちょっと楽しませてくれると思ったのに、ちょっと残念。あた後でね」
 顔はこれ以上向けられない。動かない。
 ぼやける瞳を声がする方へと向ける。
「他は楽しませてくれるかしら?」
 視界が掠れて、その声の主はよく判らない。
「さぁ、アンタたち、雑魚は好きにしなさい。ただし強い奴は私によこしなさいよ」
 周辺に、無数の気配が突然現れた。
 意識が薄れる中、美鈴は最後に言葉を聞いた。
「裏切り者狩りよ」



 紅魔館の上空に突然現れた『ソレ』の無作為攻撃により、大広間を中心に降り注いだ無数の黒い光の槍。
 レミリアはパチュリーと小悪魔、魔法陣に落ちる槍と屋敷の破片を全て叩き落す。自分に落ちてきた槍は咲夜が打ち落とした。
 それと同時に屋敷内から無数の爆音と悲鳴。
「お嬢様、パチュリー様! ご無事ですか!?」
「当たり前じゃない」
 心配する咲夜を他所に、レミリアは状況を判断する。
 パチュリーは集中して魔法を唱え続ける。
 貫かれた天井にはぽっかりと月が見える穴が開いていた。
 そしてそこには満月を背にする二つの影。
 先ほどの黒い槍はあの影だろう。
 そして正門にも巨大な気配と無数の小さな気配を感じる。
 気づかれたか……。
「咲夜、貴女は正門へ行ってそっちの敵を迎撃」
「はい」
 すぐさまその命令に従った咲夜はその場から忽然と消えた。
「小悪魔」
「は……はい」
 腰を抜かしている使い魔へと声を掛ける。
「貴女は屋敷の妖精たちを避難させなさい」
「え……でも、パチュリー様が……」
「いいから、早くしなさい」
 怒気を込めて小悪魔へと喋る。
「は、はいッ!」
 その言葉に脅えるように小悪魔は大広間の外へと向かう。
 それを確認すると、レミリアはゆっくりと友人であり、集中しているパチュリーへと顔を向ける。
「大丈夫、すぐに終わるから集中していてね」
 その言葉が届いたか判らない。
 だけど、私は目の前の敵を撃つ。
 レミリアは目標に向かって屋敷の床を蹴った。



 小悪魔は自分が情けないと思った。
 大広間から飛び出て、妖精たちを誘導して素早く自分の主の下へ戻ろうと思っていた。
 しかし、大広間を一歩出てみると簡単には行かなかった。
「う…………あぁぁぁ……」
「しっかりして!」
 目の前には片腕が吹き飛び、倒れている妖精メイドと、どうすればいいか判らず呼びかけている別の妖精メイド。
「痛い……助けて……痛いよ……」
 下半身が既に無く、上半身を引きずるように誰かに助けを求める妖精メイド。
 黒い槍に貫かれたのだろう。
 この光景を目の当たりにして、小悪魔は一歩も動けなかった。
 怖い。
 またあの槍が落ちてきたらどうしよう。
 妖精は死にはしない。
 死ぬことはあるのだが、また同じような姿で復活するため、妖精は一種の不死である。
 今苦しんでいる彼女たちも、すぐに同じような姿で復活する。
 しかし、私は妖精ではない。
 下級悪魔は不死ではない。致命傷になれば死んでしまう。
 死ぬのは怖い。
 その恐怖が体を硬直させる。
 その時、足を誰かに掴まれる。
「ヒッ!」
 驚き、その掴まれた足を見る。
 そこには頭が右半分無くなっている妖精メイドが居た。
「小……魔……さ、ま……たす…………て……」
 妖精メイドは必死に小悪魔に助けを求めていた。
 いつもドジばかりしていて、あまり役にたっていない私へと助けを求めてきたのだ。
 すると頭の中に魔法陣の中に入る前の主の言葉を思い出した。
『――小悪魔、貴女は私の補佐なのだから、緊急の事態……例えば非常事態がもし起きたら、すぐにレミィに従って、自分の役割を手早く終えたら、一刻も早く戻りなさい。私が喘息を出したら貴女が私を補佐するのよ。頼りにしているわよ』
 こんなところで止まっているわけには行かない。
 自分のやるべきことをやらなければ。
「……皆、聞いて!」
 小悪魔が叫ぶ。
「無事な妖精は負傷した妖精を連れて地下へ! 急いで!」
 その言葉に戸惑っていた妖精は自分の役割を持ったことで一瞬戸惑うが素早く動き出した。
 小悪魔は自分を頼った負傷した妖精を持ち上げる。
 一刻も早く自分の主の下に戻るため。



 世界の時は止まる。
 周りの全ての時は止まっていた。
 咲夜はその不気味に止まった空間を駆け抜けた。
 これが彼女の能力――時間を操る能力である。
 一刻も早く正門の敵を迎撃するために使った。
 そして、紅魔館の外へと出る。
 すると目の前にはこちらに向かってくる体勢で止まっている、黒い人型の物。
 眼を凝らしてよく見ると、それは中央に光る何かを中心に黒い蝙蝠が人の形を保っているのだ。
 先行集団は五つ。
 咲夜は素早く隠し持っていた銀のナイフを取り出し、その黒い人型へと投げる。
 しかし、ナイフは咲夜の手を離れ、一瞬進むとすぐに止まってしまう。
 自分の手から離れた物はすぐに周りの状態と一緒になってしまう。
 それでも十二分に奇襲となる。
 そして、咲夜は止めた時間を動かした。
 空中に止まっていた銀のナイフはこちらに向かってくる黒い人型へと一直線に向かっていく。
 突然の出来事に、理解する間もなく、人型の中央に光る、それへと銀のナイフは当たった。
 五つの人型は奇声を上げてボロボロと崩れていく。
 人型が居た場所には蝙蝠の死骸が無数に散らばる。
 その死んだ人型の後方に居た他の人型は、その突然の出来事に足を止める。
 咲夜はさらに銀のナイフを持ち、構える。
「あーららららー」
 緊迫したこの場には似つかわしくない声。
 その声に反応するように人形が横へと移動し、一本の道が出来た。
「何か面白そうなのが居るわね」
 その中央に現れた女性。
 体の線がとても細く、妖艶な笑みを浮かべる女性。
「あら、貴女はたしかスカーレットの人間。面白いのに会えたわね、貴女強いかしら?」
 女性は緊張感が無い感じでへらへらと笑う。
「人間は強いのかしら? 私は見たことが無いけどね、強い人間なんて」
 相手を小莫迦にするような態度。
「ここの門番はどうしたの……?」
 ここに居るということは、正門を突破したのだ。私の考えが当たらないで欲しい。
「ああ、あの子? 一発で終わっちゃったから全然つまらなかったわよ」
「なんですって……」
「私の右手で胸を貫いたら簡単に死んじゃってつまらなかった――おっと」
 反射的に手に持ったナイフを目の前の女性へと投げるが、簡単に避けられる。
「ちょっと、失礼じゃないの、いきなり」
 目の前の女が怒り出す。
 だが、咲夜はその女へと殺意をむき出しにする。
「あらら、そんな怒っちゃって。つまらない女ねぇ……」
 すると女は背を向ける。
「私の名前はミラーシ。公爵よ。誇り高き吸血鬼の始祖であり、蝙蝠を愛する女。貴女はこの名前を覚えていなさい。地獄でその名を広めるためにね」
 言い終わると、周りに待機していた人型が咲夜へと一斉に襲い掛かった。



 レミリアは紅魔館の上空へと向かって飛んでいた。
 視界の先には私の大切な存在を傷つける敵が居た。
 しかし、先ほどの攻撃で相手は誰か判っていた。
「――――おやおや、あの一撃で逝ってくれれば楽でしたのに」
 そこには苦笑する男――ヴァノフ公爵がこちらを見下ろしていた。
「レミリア……」
 そしてその脇に浮かぶ、ゴシック風の洋服を着る、数少ない私の友人、ビクトリア。
「ヴァノフ卿、いきなり奇襲とはどういうつもり?」
 満月を背にしているヴァノフへと余裕を見せるように喋る。
 その言葉にクツクツとヴァノフは静かに笑う。
「どういうつもり? それは君が一番判っているのではないのかね?」
 やはり、気づかれていたか……。
「いつから気づいていたのかしら?」
「最近だよ……本当にこのまま気づかないところでしたよ。最近ここの魔法使いの魔力が増大していることに気づきましてね。怪しんでみたら、今日のように巨大な魔法の反応があったので現在に至りますよ」
 旨くはいかないか……。
「まもなく、他の始祖も貴女を狩るためにやってきますよ……」

「――――裏切り者として、貴女をね」

 ヴァノフはゴミを見るような瞳でこちらを見下す。
 恐らく、正門に居るのは始祖の一人だろう。
 現在確認できるのは始祖二人とビクトリア、吸血鬼が一人。これだけならなんとか魔法発動まで時間が稼げるかもしれない。だが、その前に他の始祖が来たらかなり危険な状態になる。
 それならば、素早くこの戦闘を終わらした方が得策だ。
「御託はいいかしら? こっちは時間が無いからね」
 先手必勝、一撃で吹き飛ばしてやろう。
 しかし、ヴァノフとレミリアの間に割って入る存在が居た。
「ビクトリア……」
 ビクトリアが、悲しむような眼でこちらを見下ろしていた。
「スカーレット君、君の相手は私じゃない、この子だ」
 何を言っているの? 始祖である私と、人間の吸血鬼であるビクトリアが一対一で勝てるわけ無いじゃない。
「おや、その顔ではこの子が勝てないと思っているのかね?」
「当たり前じゃない」
 クツクツと嫌らしい笑みを零すヴァノフ。
「それでは、常識が覆される瞬間を君に一番に見せてやろう」
 絶対と言えるほどの自信。その異常なまでの自信に自分の中に不安が生まれる。
 そして目の前には不安と、悲しみに包まれたビクトリアが浮かんでいた。
「レミリア…………」
 ビクトリアは友人である始祖を見つめていた。

 転送魔法発動まで、後三〇分――――



 はっはー、他の二人は上手くやっているようだな。
 正門と上空で戦闘が繰り広げられている中、正門とは正反対の位置にある紅魔館の裏庭。そこに一人の大柄の男が居た。
 しかし、こんな役割なんてつまらないったらありゃしない。
 男は裏庭からゆっくりと紅魔館へと近づく。
 他の二人が大げさなほど巨大な気配を出してくれたお陰で楽に近づける。
 つまらなそうに男は呟く。
 男はとても好戦的で、とにかく殺し合いが好きなのだ。
 それが今回は、他の二人が囮になっている間に自分が大元を叩くという作戦だ。
 自分は戦う役割が適任だと強く主張したが、何故か断られた。まったく面倒だ。
 この俺様の天才的な頭脳があればこんなひよっ子始祖の館なんてすぐに壊せるのに。
 中庭を歩く。遠くから激しい戦闘音が聞こえる。
 戦闘したくて全身が震える。
 あー、イライラするぜ。
 すると男は足を止める。
 これは……。
 男が進行方向を見ると、少し先にだが薄っすらと小型魔法陣が見える。かなり眼を凝らさないと確認はできなかった。
 ははー、罠か、あれを踏むとドカンとかいうことか。天才である俺様に掛かれば子供騙しもいいところだ。
 男が見下すように魔法陣を見つめる。
 見つめる。
 見つめる。
 見つめる。
 見つめるだけ。
 ……さて、どうしたものか。いちいち避けていくのも面倒だな……そうだ!
 何かを思いついたようで、男は自分の影を触る。
 すると男の影は不気味に蠢き、形を生成していった。
 その出来上がったのは、黒い毛むくじゃらの狼。
 出来上がった狼を、男はどうするかと思うと。
 狼に先にある小型魔法陣を踏ませた。
 その瞬間、魔法陣があった場所は激しい爆音と共に吹き飛んだ。
 おお、見事に吹っ飛んだ。やはりこの方が早いな。
 男は爆発を確認して、さらに足元の影から黒い狼を作り出す。
 ちゃっちゃとやっちゃって、他の敵も倒すか。
 作り出した狼に、自分の正面を走らせる。すると次々と魔法陣を踏んで爆発する狼たち。
 減った狼たちは男がすぐに自分の影から補充する。
 そして男は高らかに叫んだ。
「はっはっは! やはりこの感じが最高だぜ! この天才である俺様、ラードゥガ伯爵様は最強だ!」



 あの莫迦……わざわざ隠密行動にさせたのだから隠れていきなさいよ。やはりあいつじゃなくて私がやった方がよかったのではないだろうか。でもあいつ莫迦だからこっちでも滅茶苦茶なことしそうだ。
 ミラーシは館から聞こえる爆音に溜息をつきながら、目の前の敵へと視線を送る。
 先ほどから私の作った蝙蝠人間と互角――いや、それ以上の戦いを行っている。それも多数の蝙蝠人間と。
 見た目や気配は人間そのものだが、動きが人間を超越している。
 たまに人間の姿がその場所から忽然と消えて、別の場所に移動している場合がある、それはなんだ?
 あ、また蝙蝠人間が一体やられた。
 ミラーシはその一方的な戦いを見て、心臓の鼓動が早くなった。
 彼女は楽しいことを求めている。
 ラードゥガのように戦闘狂ではない。
 楽しければ、人間の遊戯や食事なども楽しむ。
 とにかく彼女は自分が楽しいことには心臓の鼓動が早くなるのだ。興奮するのだ。
 そして、彼女の前には人間とは思えない人間が居る。
 今まで見てきた人間は、とても弱く、無闇に叫び続ける五月蝿い存在だった。
 一方的に殺し、血を補充するだけの家畜な存在だと思っていた。
 だけど目の前には、彼女を楽しませてくれそうな人間が居るのだ。
 彼女は狂喜している。
 久々の他種族との戦い。
 この抑えきれない感情は、行動へと移される。
 人間と戦っている蝙蝠人間を後方に下げる。
 その行動に目の前の人間は訝しむようにこちらに目線を向ける。
「貴女、強いわね」
「…………」
 こちらを睨み、何も喋らない。
「私、ゾクゾクしてきちゃった……」
 そして後方に待機する蝙蝠人間の形を解除する。
 小さな蝙蝠の姿になった無数の黒い影は、ゆっくりとミラーシの周辺へと集まる。まるで黒い鎧のように蝙蝠は彼女の周りを飛んでいる。
 なるべく長く楽しもう……。
「さぁ、私を楽しませて、人間ッ!」



「レミリア……どうして、こんなことを?」
 どうすればいいか判らない。
 友人の行動を理解しようと問いかける。
「……私にとってここは息苦しいのよ」
 しかし、その友人は淡々と答える。
「判らないよ……レミリアがなんでこんなことをしているのか……私には判らないよ……」
 つい先ほど聞かされた、友人の不審な行動。
 何かの間違いだと思っていたのに、ここに到着してみたら、不審は真実に変わった。
 信じていたのに、始祖なのに人間の吸血鬼である私に気軽に話しかけてくれた友人なのに……。
「なんでヴァノフ様を裏切る行為を!」
 私の主はたしかに少し強引かもしれない。
 だけど、本当は優しいお方なのだ。その行為を踏みにじるなんて。
「彼のやり方にはついていけないのよ。あんな独裁者みたいなやり方」
 友人は、自分の愛する主を侮辱した。
 自分が吸血鬼になった時、その吸血鬼に両親は殺された。その時、現れたのがヴァノフ様だった。
 その吸血鬼を殺し、人間の吸血鬼である私を拾ってくれたのだ。
 最初は始祖だと思い、恐怖で動けなかった。
 でも、ヴァノフ様はとても優しくしてくれた。
 まるで自分の娘のようにしてくれた。
 私が今居るのはヴァノフ様のお陰である。
 だから私はヴァノフ様のためになんだってする。
「……ヴァノフ様を侮辱する者は、誰であろうと許さない」
 自分の大切な主の名誉を護るため、私は戦う。
「来なさい、人間の吸血鬼ちゃん」
 ヴァノフ様……見ていてください。私、頑張ります。
 ビクトリアは自分の目的のため、友人へと向かう。



 屋敷内に設置した魔法陣が次々と爆発する。
 ……力任せに進んできているわね。
 パチュリーは魔法陣の中央で呪文を唱えている。
 突然の奇襲で一瞬呪文が止まりそうになったが、詠唱の遅れは差ほど無い。
 だが、部屋の中には現在自分一人しか居ない。
 補佐である小悪魔もレミィの命令でまだ戻ってきていない。あの子ならすぐに戻ってくるから大丈夫だろう。
 だけど、先ほどからどんどん爆音が近づいてくる。
 トラップをまったく気にしない進行具合。よっぽど単細胞な敵なのだろう。
 だが、詠唱完了までまだ時間がある。間に合わない。
 爆音が部屋の近くまで近づく。
 手当たり次第に踏んで……修理する身になって欲しい。
 大広間周辺に設置していた一番近い小型トラップが爆破した。
 ガスガスと乱暴な足音が聞こえてくる。するとそれは大広間のドアの前で足音が止まる。
 そして乱暴にドアが開かれた。
「――――おお、どうやらここが目的地みたいだな!」
 そこに現れたのは大柄な男。
「敵が来たのに悠長に詠唱なんてして……お前、馬鹿か?」
 後先考えずずかずか進んでくる奴に言われたくない。
「……まぁ、いい。とにかくお前を殺せばいいんだな」
 そう言うと男はゆっくりと近づいてくる。
 迎撃するべきか?
 いや、ここを動くわけには行かない。
 今日失敗すると次はいつの日になるか判らない。
 恐らく今日転送しないと次の日には大量の敵が来る可能性がある。
 ならば、私がここを動くわけにはいかない。
 だがこのままでは……。
「さぁて、いくぞぉー」
 すぐ傍まで近づいてきた男が右腕を上げる。
 まだ、終わるわけには……ッ!

 その時、炎の塊が男の頭を包む。

「な、なんだ、あつッ! 熱い、熱い!」
 男が転がるようにその場から離れる。
 何が起きているの?
「パチュリー様から離れなさいッ!」
 入口から声がする。
 視線だけをそちらに向けると、そこに自分のよく知った使い魔――小悪魔が立っていた。
「私だって! 魔法の一つや二つ!」
 小悪魔が必死な形相で叫んでいる。
 でもこんなに自分の使い魔が頼りに思えたのは久しぶりだ。
「くっそぉぉぉ……熱いじゃねぇか! この野郎!」
 頭の炎が消えた男が小悪魔に向かって叫ぶ。
「ヒッ…………ぱ、パチュリー様は私が護るッ!」
 脅えたように小悪魔が叫ぶと同時に短い詠唱して先ほど出したように炎を男へ向けて飛ばす。
 なんと、男はその炎に一直線に突撃し、見事に当たった。
「やった!」
 当たったことに喜ぶ小悪魔。
 しかし、その喜びはすぐに消えた。
「何喜んでいるんだッ! むかつくな!」
 男は何事も無かったかのように小悪魔を見下ろすように立っていた。
 呆気に取られる小悪魔。
 次の瞬間、男の拳が小悪魔の顔面を捉える。
 小悪魔の小さな体が地面へと叩きつけられる。
「がァッ…………アァァ……ッ」
 地面に蹲るように呻き声を上げる。
「俺様の美しい顔を燃やすとは、お前はただじゃ殺さねぇ!」
 男が叫ぶと、倒れる小悪魔の右足を勢いよく踏みつける。
 すると何か硬いものが砕ける音が部屋中に響く。
「――――ッアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 小悪魔の悲鳴が響く。
 しかし、それを止めるように男が小悪魔の顔を蹴り飛ばす。
「うるせぇ! 叫ぶんじゃねぇッ!」
「アァァァァ…………」
 やめて、私の使い魔をこれ以上傷つけないで……。
 傍で大切な者が傷ついているのに、何も出来ないなんて、自分の無力さを感じる。
「……たく、取り敢えず静かになったな」
 すると男はこちらへと体を向けた。
「お前を殺してから、この下級悪魔を嬲殺してやる」
 一歩、足を進める。
「……うん?」
 男が歩を止めて、自分の足元へと視線を下ろす。
「パ……チュリー、様は……私……が……護る……」
 ボロボロであるはずの小悪魔が男の足首へとしがみついていた。
「お前は後って言っているだろ」
 小悪魔を蹴り飛ばす。
 既にボロボロであるはずの小悪魔は、簡単に飛ばされ、壁に叩きつけられる。
 男が気を取り直して、こちらに向かおうとすると、三度炎の塊が男へと当たる。
 顔を顰めながら、男は炎の塊を出した小悪魔へと向く。
 小悪魔は、明らかにボロボロのはずなのに、余裕の笑みを作って男へ向かってある言葉を言った。
「パチュリ……様に……近づ…………くな、木偶の……棒」
 相手を見下すように、挑発と判りやすい挑発。
「貴様、今なんて言ったアァァァァァァァァァッ!!」
 その挑発に見事に引っかかった男は感情をむき出しにして激怒した。
 憤怒の感情しかない男は小悪魔へと近づくとすぐさま蹴りを一発当てる。
「ガッ……!」
 すぐさま踏みつけるように小悪魔の小さな体を何回も痛めつける。
 なんで……そこまでして私を護るのよ……自分が傷ついているのよ。相当の苦痛のはずよ……なのに、なんで。
 すると再び部屋中に何か硬い物が砕ける音が響いた。
「アァァァァ…………」
 小悪魔の細い片足には男の足が乗っていた。
 残っていた足も折られたのだろう。
 それなのに小悪魔は悲鳴を上げない。いや、上げられないのだ。痛さは全身にきている、もう殆ど感覚が無いのだろう。
 何度も踏み続けた男は、息が荒いまま、小悪魔の小さな頭部を片手で持ち上げる。
 小悪魔の体は地面から離れ、折れた両足は力無くぶら下がっている。
「殺してやる! このまま頭を砕いてやるッ!」
 激情した男はその手に力を込めていく。
「ア…………ウアァァ……」
 力無い悲鳴が小悪魔の口から漏れる。
 やめて、殺さないで、その子を殺さないで。
 パチュリーは自分の情けなさに泣いていた。
 詠唱を止めるわけも無く、使い魔の命の灯火が消え去りそうな瞬間を見つめながら、彼女の瞳からは自然と涙が零れ落ちる。
 そして、彼女は願った。
 ――――誰か助けてッ!
「さぁ、綺麗に頭は潰れるかなッ!」
 男がさらに力を込める。
 ミシミシっと不気味な音が響く。
「終わりだ!」
 そう叫ぶと、小悪魔の体は地面へと落ちた。

 男の片手と共に。

「あれ……?」
 男の間抜けな声が聞こえる。
「お、おおおおおお、おお、お、お俺の手がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 現状を理解した男の絶叫が響く。
 何がどうしたのだ?
 パチュリーが疑問に思っていると、その原因は静かに笑った。

「あは、なんか楽しそうなことをしているね」

 部屋に広がる無邪気な声。
 大広間の入口、そこにある人物が立っていた。
 幼い少女のような容姿、背中には不思議な模様をした羽とは思えない羽を生やす。
 レミィの妹――フランドール・スカーレットがそこに立っていた。
「ねぇねぇ、パチュリー、なんか面白いことになっているけど何?」
 無邪気に聞いてくる妹様。しかし、詠唱中なので答えられない。
「……うーん、何か魔法をやるつもりなんだ。そういえばこの前そんなこと言っていたわね」
 勝手に理解してくれた。
「おいッ! 貴様ッ!」
 すっかり忘れていた男が叫ぶ。
 フランドールの視線もそちらへと向く。
「えーと、誰?」
「俺の腕を吹き飛ばしておいて、なんだその態度は!」
 言われたフランドールは首を傾げながら言う。
「だって、小悪魔が苦しんでいたから、助けただけよ」
 至極当然といった様子で答える。
 その態度が頭にきたのか、男はさらに逆上する。
「くそう! どいつもこいつも邪魔ばっかしやがって! 全員纏めて殺してやるッ!」
 男は自分の影を、残った片手で触る。
 すると、影が不気味に蠢いて形を生成していく。
 そこに現れたのは黒い毛むくじゃらの狼。
 そしてそれは数を増やしていきその数、十匹。
「あは、私と遊ぶ?」
 無邪気に喜ぶフランドールがそれを向かい撃つ。



 レミリアは現在の状況に混乱していた。
「ハッ!」
 身を翻してビクトリアの攻撃を避ける。
 すぐに方向を修正して反撃の魔法弾を繰り出す。
 だがビクトリアはその魔法弾をギリギリの距離で避ける。
 まただ……。
 即座に再び魔法弾を飛ばす。今度は先ほどの比にならない数がビクトリアへと向かう。
 しかし、彼女は紙一重で初弾を避け、数発を彼女自身が叩き落した。
 この状態にレミリアは疑問しか浮かばない。
 人間の吸血鬼であるビクトリアの動きが異様なのである。
 身体能力が既に始祖、それ以上の動きになっているのだ。
 さらに魔法弾を多数使い、殆ど始祖と変わらない。
 ヴァノフめ、何か仕込んだわね。
「シッ」
 こちらに向かってくる魔法弾を避ける。
 軽く痛めつけて動けなくしてからヴァノフを叩こうと思ったのだが、状況が悪い。
 こちらにビクトリアを殺す気が無いこと判って戦わせたな、嫌な男だ。
「なんで……なんでよッ!」
 ビクトリアの悲痛な叫び声が響く。
 多数の弾幕を張りながら、こちらに突撃してくる。
 レミリアは避けるのが可能な魔法弾を避け、それが不可能なのは撃ち落すか、致命傷の位置を避けた体の部位に当てて避ける。
 この程度の痛みなんてどうということは無い。
 少し痛いけど、我慢しなさいよ。
 お互い激突しそうな距離で、レミリアはビクトリアの顔面へと爪を突き刺す。
 だがビクトリアは体をずらして自分の右肩にレミリアの腕を突き刺した。
 右肩は突き刺さった勢いで後方へと下がるが、その勢いで左足の回し蹴りを繰り出す。
 ビクトリアの右肩に刺さったままの手を回転させ体勢を変える。その瞬間、ビクトリアの右肩から肉を抉る耳障りな音がする。
 その行動でビクトリアの回し蹴りが宙を蹴る。
 自分の右肩が抉れているはずなのに、眉一つ動かさずにビクトリアはレミリアを見つめている。
 逆さまに見えるビクトリアは頭を引いて、勢いをつけて頭突きをしてくる。
「ガ……ッ!」
 ビクトリアの頭突きが当たり、視界が一瞬瞑れた。
 自分の手がビクトリアの右肩から抜ける感覚を感じる。
 顔を抑えながらすぐさま片目だけ開くと、目の前にはビクトリアの背中が見え、すぐさま開いていない片目の方から強い衝撃を感じる。
 ビクトリアの後ろ回し蹴りがレミリアの顔に当たった。
 直撃したため、体の踏ん張りが効かず、勢いのままに吹き飛ばされる。
 結構な距離を飛ばされる。視界はまだぼやけている。
 すぐに体勢を取り直そうとするが、すぐさま魔法弾がレミリアへと襲い掛かる。
 落とせるだけ撃ち落すが、既に距離は縮まっており、多くの魔法弾がレミリアへと直撃する。
「ガハァッ!」
 今のはかなりまずい。致命傷に近い。
 全身に力が入らない。
 レミリアの小さな体は地面へと向かって落ちていく。
 私としたことが、不覚であった。
 まさかこんなところでやられるなんて。
 私には護らないといけない存在が数多くあるのに……。
 レミリアは紅魔館の裏庭の地面へと落ちる。
 落ちた瞬間、息が詰まるような衝撃を全身に受け、ボールのように体が跳ねる。
「グ…………」
 全身に痛みが走る。
 無理やり体を起こそうとするが、言うことを聞かない。
 情けなんて掛けるから……こんなことになるのかしら。
 霞む視界に可愛らしい靴を履いた足が写る。
 こちらを見下ろすビクトリア。
「はは……この私が、貴女に負けるなんて……無様ね」
 せめてもの強がりである。
「レミリア……ヴァノフ様に許してもらおう。あのお方は優しい方だから、きっと許してくれるわよ」
 ビクトリアは説得する。
 しかし、もう遅いのである。
「もう……遅いわよ……もう……」
「そんなこと無い! やってみなきゃ――――」
 ビクトリアは右腕をレミリアへと向ける。
 しかし、上げた右腕はレミリアへと向かなかった。

 右腕は根元が溶け、地面へと転がっていた。

「――――え?」
 その光景にレミリアとビクトリアは眼を見開いて落ちた右腕を見つめる。
「あれ……私の腕……え……」
 地面に落ちた右腕は固体が液体になるように溶けていく。
 自分に起きたことを理解できないビクトリアは自分の右腕があった場所を残った腕で触る。
「――やはり、失敗か」
 ヴァノフがゆっくりと地面に降り立ち、混乱するビクトリアへと近づく。
「ヴァノフ様……私の……私の腕が……」
 今にも泣きそうな顔で助けを求めるビクトリアへとヴァノフは微笑み、彼女の頭を撫でる。
「よく頑張ったね」
「ヴァノフ様……ヴァノフ様……」
 なんだ、何か奇妙だぞ、ヴァノフはこの状況を予定していたかのような反応だ。
「ヴァノフ……」
「なんだい、スカーレット君」
 不気味な笑顔でヴァノフがこちらを見る。
「貴方、ビクトリアに何をしたの?」
 その問いに相手はあっさりと答えた。
「少し実験が失敗しただけですよ」
「実験……?」
「そう、実験。この子に長年、少しずつ魔力を与えていたのだよ」
 ヴァノフ公爵は静かに楽しそうに笑う。
「なんでそんなことを……」
「簡単なこと、暇つぶし」
 平然と答える。
「永遠に尽きることの無い命の時間を潰すための暇つぶしだよ」
「なんですって……」
「この子を見つけた時からその実験を思いついてね、もう少し時間を掛けて魔力を蓄えさせようと思ったのだがね、君の反逆行為に気づいたために急遽魔力を大量に与えたのだが……どうやら一度に大量の魔力を蓄えすぎたようだな。予定通り」
 クツクツと実験の失敗を卑屈な笑いで誤魔化す。
 この男は本当に自分の暇つぶしのためだけに、ビクトリアを拾ったのだ。
 別に優しさでもなんでもなかった。ただのモルモットとして拾っただけだったのだ。
 ビクトリアはこの男を慕っていたのだ。心から主として愛していたのだ。
 しかし、この男はそれを今、踏みにじったのだ。
 許せない。
「ヴァノフ様……ヴァノフ様……」
 裏切られたはずのビクトリアは、目の前に居る唯一の主へと助けを求めるようにしがみつく。
 そのビクトリアへとヴァノフは笑顔を向ける。
「お疲れ、ビクトリア」
 その言葉にビクトリアの顔には希望の色が写る。

 そして、ビクトリアの胸を、魔法弾が音も無く突き抜けた。

 後方へと吹き飛ばされた彼女の小さな体は、時がゆっくり進むように地面へと倒れる。
「実験に失敗した廃棄物はしっかり処理しないとね」
 変わらない、冷たい笑顔でビクトリアを見下ろす。
 ビクトリアは指先一つ動かず、生きている気配がしない。
 レミリアは現在の状況を理解できていなかった。しかし、ゆっくりと光景が眼に焼き付けられる。
「これが終わったら、また人間どもが居ない静かな場所で暇つぶしの道具を探すかな」
 胸ポケットからハンカチを取り、手を拭く動作をする。
 レミリアの視線の先には冷たくなってゆく、瞼を上げたまま満月を見上げていた。
 自分の甘さが、あの子を苦しめたのだ。
 躊躇せず一撃で殺していれば、この事実を知らないまま死ねたはずなのに。
「さて……そろそろ終わりにしましょうか、スカーレット君」
 ヴァノフがゆっくりとレミリアに近づいてくる。
 こんな愚かな奴に殺されるなんて、悔しい、だけど体が動かない。全身に痛みが走る。
「……そういえば、君にはたしか妹が居たね」
 その言葉に、レミリアの薄らいでいた意識が覚醒する。
「じゃあ、次の実験は彼女にしましょうか、始祖の育成は面白そうですね」
 その言葉に両眼は限界まで見開かれる。
 私の大切な、唯一の血の繋がった家族。
 少し気がふれて、私よりも強力な力を持っているため、外で生活させるには危険であると判断して、地下に閉じ込めている。
 それは妹に恐れているからではない。我が妹が愛しいのである。
 外で力を振るい、敵を作らないようにするためである。
 最近は落ち着いてきており、もうすぐ紅魔館の中は自由に歩かせる予定だった。
 私の大切な、世界で一番愛しい存在。
 その妹であるフランドールを使って実験?
「さて、その妹君は何処に、と……」
 自然と体が動いていた。
 ヴァノフへと魔法弾を向けるが、それを避けられる。
「おや、まだ動ける力があったとは」
 ゆっくりと、体を動かして立ち上がる。
 痛みは無かった、ただ我武者羅に、大切な存在を護るために立ち上がった。
「フランに近づくんじゃない、下衆が」
 こんな声、久しぶりに出したかもしれない。相手を威圧する怒声。
 私は戦う。大切な存在を護るために。



 流石、始祖は一筋縄では行かないか。
 咲夜はミラーシと名乗った始祖へと銀のナイフを投げる。
 しかし、彼女の周りに無数に飛び交う蝙蝠がそれを全て叩き落す。
 だがそれは囮。敵が前方に集中している間に時を止め、死角に回り、蝙蝠が手薄の場所へと銀のナイフを投げる。
 そして、時を動かすと、ミラーシの無防備になった背中へと銀のナイフが飛ぶ。
 しかし、それもまた彼女の周りを飛ぶ蝙蝠がすぐさま後方へと移動し、それを叩き落す。
「また後ろに移動して。貴女、瞬間移動でも出来るのかしら?」
 ミラーシが楽しむように笑う。
 隙がまったく無い。
 あの蝙蝠もただ防御しているだけで、攻撃能力があるかはまだ判らない。無闇には近づけない。
 なるべく距離をとって、銀のナイフで死角からの攻撃を狙うが、すぐに叩き落されてしまう。
 そろそろナイフも手持ちが少なくなってきてしまった。
「ねぇねぇ、そうやっていても勝負は変わらないわよ」
 催促するようにミラーシが踊る。
 向こうはかなり余裕なのが判る。遊ばれている。
 咲夜は両手に一本ずつ持ったナイフを逆手に持ち直す。
「あら、やっと本気になってくれるの?」
 ここまで戦いを遊び感覚にする相手はあまり見ない。
「貴女こそ、なんで本気にならないのよ」
「ん? 簡単なことよ、本気を出したら貴女を殺しちゃうから」
「素直に言ってくれるわね……」
「あら、事実だもの」
 自分の命は目の前に居る敵の気まぐれで繋がっている。なんとも恐ろしい状況だ。
 するとミラーシがこちらを凝視している。
「な、何……?」
「いえ……貴女、結構美味しそうな血を持っていそうね」
 戦闘中にいきなり何を言い出すのだ。
「…………」
「…………」
 お互いに沈黙。
「貴女、処女?」
「ブッ!!」
 突然の質問に、思いっきり噴出してしまう。
「な、ななななな、いきなり何を言っているの!?」
 動揺のあまり、口が回らない。
「あら、まだあるの?」
「当たり前よッ!」
 この女、いきなり何を聞いてくるのだ。どうかしているのか。
 たしかに最近お嬢様に襲われて危なかったが……って何を思い出しているのよ。
 この状況にミラーシはどういう神経をしているのだ。
「若い処女の血はとても美味しいのよ。だから貴女に興味がさらに湧いてきちゃった」
 背筋に寒気が走る。
 ミラーシの表情は崩れ、気持ち悪いにやけた表情になっていた。
「うふ、ふふふふふふふふふふふッ」
 かなり危ない存在だ。色々な意味で。
「と、遊びはそこまで」
 にやけた表情が一瞬で消え、そこに居たのは冷淡な表情でこちらを見るミラーシ。
「私をもう少し遊ばしてね、子猫ちゃん」
 異常なまでの存在感。気を抜いたら押しつぶされそうな迫力。それだけでは強大な存在の敵と判るが、その中には殺意の感情が感じられない。それでも命の危険を感じる。
 すぐさま戦闘態勢へと構える。
 刹那、咲夜はミラーシへと一瞬で距離を縮め、手に持った銀のナイフを振りかざす。
 ミラーシは周りに居る蝙蝠たちでそれを防ぐ。
 だがそれは判っていた。
 防がれた瞬間、時を止め、ミラーシの真上へと跳ぶ。
 そして無防備である頭部に向かって銀のナイフを突き刺す。
 時を止めたままでは生きている者への攻撃は殆ど効果が無い。
 そのため攻撃が当たる瞬間、時を動かす。この距離と速度なら避けられるはずが無い。
「あらら」
 だが、ミラーシは信じられないスピードでナイフの軌道から外れる。
「な……ッ」
 真横へと着地するが、すぐに身を低くしたままの後ろ回し蹴りを狙う。
 しかし、それも紙一重で避けられるが、空振りした勢いで体勢を起こし、起き上がった勢いのまま逆手に持ったナイフで斬りつける。
 だが数匹の蝙蝠に防がれるが、時を止め、反対の手に持ったナイフで斬りつけ、時を動かす。
 再び完璧なタイミングだった。しかし、これも蝙蝠で防がれるが連続で時を止める。
 蹴るように敵の斜め後ろへと跳び、死角からナイフを投げ、さらに敵から見て今居る位置から反対の死角になる場所へ移動し、ナイフを投げる。そして再び正面に戻り、ミラーシの顔面へとナイフを突き刺し、直前で時を動かす。
 ほぼ全てのナイフを使った、三箇所同時の同時攻撃。自分自身を囮に使い、後方のナイフの気を逸らす。
「お」
 首を傾けて避けられるが、ナイフを横にしてそのまま頭をなぎ払う。
 この体勢ならいける。
 そう思ったのも一瞬だった。
 突然横腹に強い衝撃を受ける。
「ガッ――――!!」
 衝撃の受ける方向へと吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
 今ので肋骨が何本かやられた……恐らく臓器も。
「ガ……ゴホッ!」
 口から真っ赤な血を吐き出す。口の中が砂利っぽい。
 全身に痛みが走り、手足が痺れる。
「……ふぅ、危ない危ない」
 死角のナイフを全て防いだミラーシが笑いながらそこに立っていた。
「今のは少し危なかったから、手が出ちゃった」
 始祖の力……。私が敵う力じゃ無い……。
 ここまで圧倒的な差を見せ付けられると、自信が無くなる……。
「こんなドキドキしたのは久しぶりよ」
 ミラーシがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「だけど人間はやっぱり脆いわね、これでお仕舞いかしら?」
 自分の命のカウントダウンがゆっくりと近づいてくる。
 まだ、私には護らないといけない存在があるというのに……。
 時を止めても、この体じゃそう長く止められない……一瞬でも集中を切らした時は再び動き出し、あの女にやられてしまう。

 ――――その時、咲夜の瞳にあるモノが映った。

 それはここに来るとは思っていなかったモノ。
 だが、それを見つけたことにより、微細な物だが勝利できる希望が生まれた。
 これは最後の賭けかもしれない。
 失敗は許されない。
 咲夜は残り少ない力を振り絞り、時を止める。
 そしてミラーシの真上に飛び上がり、頭の頂点に向かって、最後のナイフを投げつけ、時を動かした。
「お、まだ頑張れるのね、でもこれで最後」
 そのナイフを軽々払うと、ミラーシの蝙蝠たちは咲夜へと一直線に向かう。
 止めを刺すように、一直線に。
 そして、これが狙いだ。
 ソレとミラーシとの間に出来た距離を一瞬にして埋める。
 目にも留まらぬ速さでミラーシの懐へと飛び込む。
「あは、でも残念」
 しかし、それを笑うように、ミラーシはソレの攻撃を防ぐように蝙蝠の壁を作る。
 それでも、ソレは攻撃を止めなかった。
 ソレは両の足を地面へと力の限り踏み込み、全身の気を腕へと集中させる。
 そして、短い気合と共に一気にその蝙蝠の壁へと拳を加える。
「セッ――――!!」
 拳が蝙蝠の壁へと直撃する。
 攻撃を防いだことでミラーシの視線は再びこちらに戻り、私と目が合う。

 しかし、次の瞬間、ミラーシの体は横へと吹っ飛んだ。

「な……ッ!?」
 驚きのまま、ミラーシは空中で慌てて体勢を立て直す。
 咲夜はミラーシの攻撃を成功させたソレの横へと降り立つ。
「ありがと……ございま、す……咲夜……さん」
 ソレは横に降り立った咲夜へとお礼の一言を言う。
「貴女、その胸は大丈夫なの――美鈴」
 そこには、胸から血を流す紅魔館の門番、美鈴が息を荒くして片膝を着いていた。
「はい、なんとか……気合で、動いていま……す」
 無理やり、誤魔化すように笑う。
 本当に気力だけで動いているようだ。
「あたたたた……まさか防壁を貫通して攻撃を加えられるとは……」
 吹き飛ばされたミラーシが腰を擦って平然と立っている。
 先ほど美鈴がやった攻撃は、なんでも全身に流れる気を腕に集中させて、鎧や、頑丈な皮膚で護られた敵を、その上から直接内部を攻撃するという技だ。
 表面の防御力を無視し、内部へと直接ダメージを与えるかなり強力な技である。
 その技は以前、竜の侵入者が現れた時に彼女が使った技だ。
 しかし、ミラーシにはまったくダメージが無いように見える。この奇襲もダメだったのか。
「ふむ……臓器がやられちゃったかな」
 その呟きのわりにはかなり元気そうに見えるのだが。
 こちらの戦力は、私と美鈴、二人だが既にもう戦える状況じゃない。
 奇襲はもう効きそうに無い。
 絶体絶命。
「私に一撃を加えるなんて……」
 だが、最期までは諦めない。紅魔館を護るため。
「……ねぇ、そこの緑の子猫ちゃん」
 ミラーシが美鈴へと声を掛ける。
「貴女はそんなボロボロなのに、そんなに頑張るのかな?」
 問われた美鈴は、荒い息を吐きながら言う。
「そんなの……決まって……る」
「ほう?」
「私は、ここの……門番よ……だから、侵入者……は、撃退するのよ。私は紅魔館を……護らないと……いけないの」
 美鈴は、胸を押さえながら、自分の使命をミラーシへと言った。
 この子はいつも門の前でサボっていたりするが、やる時にはちゃんとやる強い子。
「そう…………じゃあ、貴女は?」
 美鈴の誇りを聞いたミラーシは、咲夜へと視線を変える。
「私も、この子と同じよ。この館を護るのがお嬢様との契約。だから私はお嬢様のためにここを護る。紅魔館に居る者を全て」
 そう、だから戦っているのだ。今戦っている紅魔館の者は全て、同じような理由で戦っているのだ。
 それを聞いたミラーシは静かに咲夜と美鈴を見つめる。
 そして、彼女は踵を返した。
「じゃ、私は帰るわね」
「え?」
 その言葉に咲夜と美鈴は同時に同じ言葉を出す。
「もう楽しかったし、貴女たちはよく出来たから今日はここで終わり。私は帰るわね」
 ゆっくりと紅魔館とは反対の方向へと歩いていく始祖。
 突然の出来事に二人は何がなんだか訳が判らない。
「……む」
 突然ミラーシが歩を止め、こちらを向く。
「その様子だと何が起こっているか判っていないわね!」
 人差し指でこちらを指して、得意げに言ってくる。
「当たり前よ」
 これで判ったらどれだけ理解力が高いのだ。というか普通判らないでしょ、これだけじゃ。
「仕方ない、私がとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっても簡単に説明してあげる」
 最初から説明する気満々な反応だ。
「簡単な話、この作戦は元々ヴァノフ卿が勝手にやった作戦なの。アイツはあまり強くないくせに頭がいいし、この辺りじゃ上位の爵位を持っているから誰も反発できなかったのよ。そこは貴族主義の吸血鬼の悲しいところね」
 蝙蝠で椅子を作って、それに座って喋りだした。
「アイツは最近、同盟、同盟って言っているけど、どうやらその同盟と人間との戦闘の間に逃げ出すみたいなのよ。あ、まぁ座って座って」
 すると今度は自分の後ろに蝙蝠の椅子が二つ出来た。
 何がなんだか判らないが、ここは逆らわない方がいいだろう。とにかく流されるまま座る。
「それに私は気づいたから近いうちにこの地域から引越しするつもりなのよ。今日ここに来るのは、本当は面倒だったのだけど、引っ越すことを気づかれるのは嫌だったから仕方なく来たのよ」
「それで、なんで今帰ることに繋がるのよ」
 逃げることも戦うこともできないので仕方なく質問をする。
「あら、気づかない? この館周辺に居た始祖の反応が無くなっていることを」
「――――!」
 言われて気づいた。先ほどまであった始祖と思われる気配が二つ共消えていたのだ。
 戦闘に集中していてそのことに気づかなかった。元々遠くだったので、相手から近づかなければ気づかない。
「うだうだ言う奴らが死んだから、私も死んだってことにしてさっさと帰って引越しを済ましちゃうの。貴女たちも引越しするのでしょ?」
 楽しそうにミラーシがこちらに聞いてくる。
「そうですが……」
「――――!?」
 突然横から元気な声がしたので驚いて視線を向けると、そこにはすっかり忘れていた美鈴が元気な顔をして蝙蝠の椅子に座っていた。
「あ……貴女! なんで平気な顔をしているの!?」
「へ……平気な……あれ!? 痛くない!?」
 間抜けな顔をしていた美鈴が、今の状態に気づいて驚いている。
「ああ、意識が朦朧として話を聞いてもらっても仕様が無いから私が最近学んだ治療魔術の実験になってもらったわ、いやー成功成功」
 ミラーシは本当に上機嫌に喋る。
 そういえば、先ほどやられた臓器や骨の痛みが無い。
「と、まぁ、そんな訳で、私の戦う理由が無くなっちゃったから帰るの。敵前逃亡なんて知ったことじゃ無いわよ、私には護らないといけない自分の屋敷があるのだから、そっちの方が大切なのよ……意外に短く説明が終わってしまった」
 ミラーシが立ち上がると、椅子であった蝙蝠は再び彼女の周りを飛ぶ。
「それに、貴女たちを殺すのは勿体無いわ。まだまだ若いのだから……これじゃ小母さん臭いわね……ほらほら立って立って、私の蝙蝠たちが動けないじゃない」
「え、あ、はい」
 言われるがまま立ち上がると、二つの蝙蝠椅子は形を崩して、ミラーシの元へと戻る。
「緑の子猫ちゃん、一応傷口は貴女のところの魔法使いに見てもらいなさい。私の魔法じゃ変に穴開いているかもしれないから」
「は……はい」
 美鈴は自分の開いていた胸を何回も触って確認している。
「それじゃあね、子猫ちゃんたち」
 闇夜に溶け込むようにミラーシの体はゆっくりと消えていった。
 二人はミラーシが消えたその空間を見つめて、暫く動くことができなかった。
 その沈黙の中、美鈴が先に口を開く。
「あの……咲夜さん」
「……何?」
「今思うのですが、あの方は最初から他の誰かを殺すつもりできていなかったと思うんです」
「なんでそう思うの?」
「よく考えると、私の胸を貫いた時、わざと急所からずらした場所を貫いていたんですよ」
「そういえば、私の時も殺意とかそういう類を感じられなかったわね。遊ばれていたというか……」
「…………変な始祖ですね」
「…………そうね」



 ミラーシが紅魔館から離れる数分前。
 ラードゥガは混乱していた。
 おい、これはどういうことだ。なんなんだよこいつは。
 目の前にはまだ幼い始祖が一人。
 しかし、自分は何千年も生きている超天才で最強の始祖なのだ。
 目の前の幼い始祖へと自分の作った影の狼を一斉に向ける。
 この狼たちは自分の分身のような物。つまり自分自身が複数へと変わり、敵を一網打尽にできる最強の技。
 その最強の技のはずなのに、一斉に向かった狼たちは目の前の始祖に一瞬にして吹き飛ばされる。
「あはははははははは、面白いね、貴方」
 なんなんだ、こいつは、本当に俺と同じ始祖なのか。
「でも、もう飽きた」
 幼い始祖はゆっくりと片手をこちらに向ける。
 やめろ……やめろ……。
 ラードゥガは生まれて初めての感覚を感じていた。
 自分が死ぬと思われる恐怖を。
「この化け物――――」
 そしてラードゥガはこの世から塵一つ残らず消えた。



「あー、面白かった!」
 屋敷の方から何か音がすると思って来てみれば、なんか面白いのが居た。
 小悪魔を虐めていたから別に殺しちゃってもよかったよね、お姉様。
 あ、そういえば小悪魔。
 フランドールは視線を小悪魔が倒れていると思う方向へと移動させる。
 先ほど間違って吹き飛ばさなければいいけど。
 目線の先には無事に形を保っている小悪魔が横たわっていた。
 跳ねるように小悪魔へと近づく。
 膝を折り、動かない小悪魔の額を突付く。
「おーい、生きてるー?」
 ツンツン。
「…………う……」
 ちゃんと生きているわね。
「フラン……ドール……様……」
「はーい」
 虚ろな瞳で小悪魔がフランドールを見る。
 すると彼女の口から流れる血が目に入る。
 あら、美味しそう。
 フランドールはその血を指で掬うと、そのまま指を口の中へと入れて、小悪魔の血を舐める。
 うーん、流石下級でも悪魔の血、美味しい。
 今度、ちゃんとした量を飲ませてもらうかしら。
「すみません……が……」
 小さな、今にも消え去りそうな声で小悪魔がフランドールへと願いを言う。
「なーに?」
「魔法陣の……近くまで……連れて……て、頂け……ませんか」
 弱々しく指差す方向にはパチュリーが魔法を唱えている魔法陣。
「いいわよー」
 それぐらいなら簡単簡単。
 横たわる小悪魔の膝の下と肩を抱きかかえるように持ち上げる。そして、手早く魔法陣の近くに連れて行く。
「降ろして……もらっても、よろしいでしょうか……」
「注文が多いわね」
「すみません……」
 小悪魔をゆっくりと魔法陣の傍へと降ろす。
 すると小悪魔は地面を這いずりながら魔法陣の端へと掌を置く。
「お待たせ……しました、パチュリー……様」
 すると小悪魔が置いた掌の先の床がゆっくりと光りだす。
 この魔法陣に魔力を加えているようだが、そんな体で大丈夫なのかな?
 フランドールは少し疑問に思ったので、パチュリーへと視線を移した。
 するとパチュリーはしっかりと詠唱をしているが、その目は小悪魔の行動を悲しみ、止めるような瞳をしていた。そしてその瞳は次にフランドールへと向いた。
 言葉が無くても、パチュリーが何を言いたいか判った。
 必死に魔法陣へと魔力を加える小悪魔の両脇を持ち、魔法陣から離す。
「な……にを……?」
「無理しちゃだーめ」
 少し魔法陣から距離を空けた床に小悪魔を置く。
 それでも小悪魔は床を這いずるように魔法陣へと近づく。
「だから、だーめ」
 小悪魔の肩を捕まえて止める。
「パチュリーがダメって言っているからダメよ」
「私には……パチュリー……様を……」
 変に頑固だなぁ。
「これ以上やったら死んじゃうわよ」
「いい……です……パチュリー……様の……ため、なら……」
 それでも小悪魔は魔法陣に近づこうとする。
 どうしよう。何言っても聞かないなぁ。ここは止めているしかないのかな。
 お姉様はまだかなー。



 レミリアの体は既にボロボロだった。
 通常なら痛みで動くことも困難のはずだった。
 だが今は怒りにより全身の痛みを感じない状態であった。
 下衆で最低な男、ヴァノフへの怒りは半端ではない。奴は妹であるフランドールへと危害を加えると言ってきたのだ。
 敵の黒い魔法弾を自分の魔法弾で撃ち落し、煙幕に紛れて一気に近づき、敵を切裂く。
 だがヴァノフはそれを紙一重で避ける。
「往生際が悪いぞ、スカーレット君」
 こいつだけは、こいつだけは殺してやる。
 こんな最低な奴は跡形も無く。
 体勢を変えて、魔法弾をヴァノフに向けて放つ。
 だがそれは全て撃ち落される。
 休む暇も無く再び敵を切裂く。
 だが、ヴァノフ公爵はその攻撃を避け、すれ違う瞬間レミリアの頭部へと拳を入れる。
「ガッ」
 宙で身を回転させて、地面へと着地する。
 流石に手ごわい。
 口に溜まった血を地面へと吐く。
「そろそろ、時間が無くなってきましたからね、止めを刺させていただこうか」
 ヴァノフ公爵に魔力が増えていくことが確認できる。何か大技が来る。
 次の瞬間、その魔力は奴の周辺へと四散し、黒い魔法弾が四つ、こちらに向かう。
 見た目は普通の魔法弾に見える。
 レミリアはそれの一つを軽々と避ける。
 しかし、その避けた魔法弾は方向を変え、こちらに再び向かってきた。
 追跡弾か。
 レミリアは全ての追跡弾を避けるがその全てが向きを変え、こちらに向かってくる。
 これではキリが無い。
 こちらに向かってくる一つへ向かって魔法弾を撃ち込む。
 しかし、それらは全て避け、こちらに向かってくる。
 避けられたッ!?
 驚愕している暇は無い。再び追跡弾を全て避けるが、またこちらに戻ってくる。
「――――!」
 追跡弾を待ち構えていると後方から別の魔法弾が襲い掛かる。
 身を翻して避ける。後方からのヴァノフの魔法弾だ。
 これで奴の攻撃にも気をつけなければいけない。
 後方から接近する追跡弾を避ける。
 だが、その避ける先へとヴァノフの魔法弾が嫌らしく襲い掛かる。
「くそッ!」
 避けきれない魔法弾を直接叩き落す。
 しかし次の瞬間、レミリアの周囲を爆煙が包む。
 しまったッ!
 視界が完全に奪われる。
 刹那、敵の攻撃が視界に入る。
 反射的にそれを避けるが、それはヴァノフの魔法弾。
 次の瞬間、避けた場所へと狙い済ましたように現れた追跡弾全てレミリアへと直撃する。
 防御力を上げるため、自分の翼で全身を覆うように身を護る。
 ある程度、ダメージを軽減したが、体には相当の衝撃が加わった。
 再び紅魔館の裏庭へと着地し、翼の鎧を解除する。
「これで終わりのようですね」
 見上げる夜空には満月を背にしたヴァノフが悠然と浮いていた。
 体が、動かない……。動けたとしても、どんな技でも後一撃のみ。ラストチャンス。
「君もつくづく奇妙な始祖だ。人間なんかをメイドに置き、血もまったく飲めないなんて、本当に吸血鬼か怪しいな。本当に昔居た始祖に似ているなぁ……」
 突然、ヴァノフは過去を懐かしむように喋る。
「奴は始祖の癖に人間なんかと関係を持ち、平和な世界という幻想を持っていたのだ」
 ヴァノフは世界を嗤うように空へと高らかに叫ぶ。
「だから、私は壊してやったのさ、奴の幻想を、全てを!」
 突然こいつは何を言っているのだ……。
「瀕死になった奴は何を狂ったか、瀕死だった人間の娘に自分の血を与えて助けたのだ。その娘は吸血鬼となってしまったのだよ。面白いから私はその娘を拾い、記憶を少し書き換えたのさ」
 まさか、その娘とは……。
「お喋りが過ぎたね、さようなら、レミリア・スカーレット」
 レミリアへと終わりの手がこちらを向く。
 動け……私の体……動け……私の誇り……。
 しかし、ヴァノフの背中に向けて、一筋の何かが飛ぶ。
 それを後ろ手で止める、それは黒い槍。ヴァノフは冷たい目でその方向へと視線を送る。
「ほう、まだ生きていたか」
 そこには瀕死の状態であるビクトリアが居た。
「主に逆らうとは、ダメな作品だ」
 這い蹲るビクトリアを見下ろしながら奴は嗤う。
「うる……さい……」
「やはり完全に処理しなければね。後でちゃんとしてあげるよ」
 今にも消えそうな命の灯火を、最期の一瞬を光らそうとしているビクトリア。
 そして彼女と目が交差する。
 ビクトリアは笑った、とても美しく、無邪気な笑顔で笑い、唇を動かした。
 ――――じゃあね。
 そう、確かに聞こえた気がする。

 そして次の瞬間、ヴァノフが持った黒い槍が形を崩して、奴を捕まえるように伸びた。

「なッ……」
 突然の出来事にヴァノフは一瞬戸惑うが、すぐにそれを鼻で笑った。
「こんなので私が倒せるとでも思っているのか?」
 ビクトリア、貴女の思い、しっかり受け取ったわ。
 レミリアは傷つく体を無理やり立たせて、目の前の敵へと視線を集中させる。
 暗黒の空に向かって傷だらけの右腕を上げる。
 その先には紅い幾つもの線が集まっていく。この技は使用するために若干時間を消費する。そのために今まで使えなかった。
 だが、ビクトリアが、その時間を作ってくれた。
 そしてその紅い線は形を形成していった。
 それは巨大な紅い槍。
「廃棄物はちゃんと処理しないとな……ん?」
 巨大な槍を敵へと投げるため、後方に体を曲げる。
「なッ! し、しまったッ!」
 この光景に焦ったヴァノフは慌てて全身に纏わりつく黒い槍だった物を排除する。
 もう、遅い。
「消えろ、汚い誇りと共に――――」
 そして、紅い槍を敵が居る月夜の空へと投げ放った。
 音速で紅い槍はヴァノフへと一直線に向かう。
 その道筋には邪魔する物は何も無い。
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ――――」

 そして、ヴァノフは跡形も無く消え去った。

 静寂と共に、体中に力が入らなくなり、後ろにそのまま倒れこむ。
 ふぅ……すっきりした。
 嫌悪感の中心である存在が消えたことにより、今は清々しい状態である。
 首も殆ど動かない状態である。
 無理やり動かせるだけ首を動かす。
 そして見えたのは横たわる一人の少女の姿。
 その顔はとても安らかな表情だった。
 仇はしっかり取ったわよ。貴女の大切な存在を奪った敵を。
 だからゆっくり寝なさい。貴女はこれ以上生きていては疲れるだけよ、貴女の運命はここで終わり。今度は新しい運命を送れること願うわ。
 そしてレミリアは空を見上げる。
 先ほど始末した敵で、あることが思いつく。
「……やっぱり、よく喋る奴は雑魚ね……」
 美しい満月が眩しい。




 全ての戦いが終わったのが感じられる。
 そしてこちらの詠唱も間もなく終了する。
 一刻も早く、この詠唱を終わらせ、あることをしないといけない。
『――――――――』
 そして、今、ゆっくりと最後の言葉を唱える。
 詠唱が完了した瞬間、床に描かれた魔法陣が強烈な光を放った。
 その光は紅魔館の全てを包み、世界は暗転する。
 次の瞬間、世界に再び光が生まれる。
 先ほどまで居た場所とは空気が違うことが判る。
 転送成功……だと思う。
 喘息が出ないでよかった。
 それより……。
 パチュリーは魔力を大量に消費し、かなり疲労困憊している。
 それでも、彼女はある者が居る場所へと向かった。
「パチュリー、終わったのー?」
 フランドールが可愛らしく首を傾げて聞いてくる。
「ええ、終わったわよ。ありがとう」
「はーい」
 するとフランドールは捕まえていた小悪魔を放す。
 小悪魔はボロボロで立ち上がることもできないはずなのに、立ち上がる動作をしている。
「パチュリー……様……申し訳……」
 その必死な姿は私にとってはただ悲しい行為でしかない。
 なんでそんなに頑張るのだ。私はそこまでやって欲しくは無かった。貴女が傷つくことが何より悲しいことなのに。
「なんで、こんなに傷ついて……無茶をしたの……」
 自分の大切な使い魔を抱きしめる。
「私は……パチュリー様の……使い魔、ですから……この命は、パチュリー様の……ために……」
「――――バカッ!」
 そんなこと私は望んでいない。
「たしかに貴女は私の使い魔だけど……貴女が消えることなんて、私は望んでいないわよ!」
「パチュリー……様……」
 悲しくて、悲しくて、涙が出てきてしまう。
 使い魔の前で泣くなんて、私もどうかしている。
 だけど小悪魔のことを思うと、涙が止まらない。
「何故……泣かれているのですか?」
 耳元から小悪魔の疑問の声が聞こえてくる。
「なんでもないわよッ!」
 なんでも……ないわよ……。
 ただ目にゴミが入っただけよ……。
 なんでも……。
 この弱々しく、従順な可愛らしい使い魔をいつまでも抱きしめていたい。
「ねぇーねぇー」
 顔を上げると目の前にはフランドールの姿があった。
「な……何?」
 平静を装って涙を拭く。
「小悪魔の足、なんか変だよ?」
「足……?」
 フランドールが指を指す方向へと視線を降ろす。
 そこにはありえない方向へと曲がっている小悪魔の両足。
「こ……小悪魔! 今足を直してあげるわね!」
「え……でも紅魔館を……直さないと……」
「何を言っているの! 屋敷は後でも大丈夫よ! 先に貴女!」
 小悪魔の全身に掛けるように魔法を唱える。
 小悪魔は一瞬光に包まれると、次の瞬間はいつも通りの傷一つ無い綺麗な姿に戻っていた。
「あ……ありがとうございます」
 そこにはいつもと変わらない小悪魔の笑顔。
「う……」
 突然視界が霞む。
 恐らく今ので自分の魔力を殆ど使い果たしてしまったようだ。
 体に力が入らず、頭もはっきりしない。
「ぱ、パチュリー様!」
 倒れそうになった体が小悪魔に支えられる。
「私、疲れたから休むわね。屋敷の修理はその後で」
 とにかく今は寝たい。ゆっくり。
 そしてこの新しい地で紅魔館の者たちと共に新しい生活を送ろう。
 意識は深い場所へと落ちていく。



 うーん、ここは何処だろう。
 前に屋敷があった場所とは違うみたいだけど。
 なんかジメジメしているし。
 パチュリーは寝ちゃったし、小悪魔にでも聞こう。
「ねぇねぇ、小悪魔。ここは何処なの?」
 主を抱きかかえている元気になった小悪魔はこちらへと向く。
「はい、パチュリー様の話だと、ここは幻想郷という場所らしいですよ」
「幻想……郷かぁ……」
 なんで、お姉様はこんなところに移動しようと思ったのだろう。
 理由はどうあれ、まぁいいや。
「それはそうと……小悪魔」
 小悪魔も元気になったのだし、欲しくなっちゃった。
「な……なんでしょう?」
 何か小悪魔は脅えているように見えるが気にしない。
「貴女の血……飲ませてくれないかしら?」
 その言葉に小悪魔が身を引く。
「え……い、いきなりなんですか……」
「さっき、貴女の血を飲んだらとても美味しかったの。久しぶりに人間の血以外を飲みたくてね」
「い、いえ……ぱ、パチュリー様も居ますし……」
「じゃあ、ベッドに寝かせた後に飲ませてよ」
「いえ……あの……その……」
 小悪魔の肌は健康色一色である。本当に可愛らしい。
 ついついその軟らかいほっぺたを突付きたい。
「ひゃッ! な、何を!」
 軟らかい〜、血も美味しいのかな。
「ま、待ってください! くすぐ、ひゃう!」
「あはははは〜」
 ツンツーン。
「――――パチュリー様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 突然、部屋の入口からの声。
 小悪魔のほっぺを突付くのを止めて、そちらに視線を向ける。
 そこには門番である美鈴が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「うわッ! フランドール様!」
 私の姿を見て驚いている。
「あ、メーリン、どうしたの?」
「い、いえ、パチュリー様に傷口を見てもらおうと……ぱ、パチュリー様! 如何なさいましたか!?」
 眠りにつくパチュリーを見て美鈴が慌てる。
「パチュリーは寝ているわよー」
「え、そうなのですか?」
「そうそう……ところで、傷口って……何処?」
 すると美鈴は自分の胸を指して言う。
「ここです、ここ」
 しかし、そこにはぽっかりと円状の穴が空いた衣服と、そこから見える豊満な胸。
「傷口なんてないじゃない」
「いえ! あったのですよ! 話せば長くなりますが」
「じゃあ、いいや」
 お姉様は早く帰ってこないかなー。
「そんなぁ……」
 廃墟のようにボロボロになった紅魔館を月夜が照らす。



 パチェ、魔法を成功させたみたいね。
 四方に視線を移動させるが、空しか見えずよく判らない。
 ただ、湿気っぽく、新しい空気を感じる。
 これが新しい土地の空気。
 なかなかいいじゃない。
「――――お嬢様」
 声がする。聞きなれた声。
 視線だけその声がした方へと向ける。
 そこにはこちらを見下ろす従順な自分のメイドが居る。
「ご無事ですか?」
 心配したような顔では無く、判りきっていたことを聞いているような表情。
「見て判らない? それとも私の実力を知らないの?」
「まさか、お嬢様が負けるとは思っていませんよ」
「当たり前よ」
 私も咲夜が負けるなんて鼻から思っていなかった。
「でも動けないから起こしなさい」
 回復するまでに三日くらい必要かもしれない。その間、暇だなぁ。
「はい、畏まりました」
 すると咲夜はレミリアの肩と膝の裏へと腕を入れようとする。
 その時、咲夜の口から血が流れていることに気づく。
 いいことを思いついたわ。
「あ、ちょっと待ちなさい」
「はい?」
 肩に近づいていた咲夜の腕を少し休んだため動く片手で、ある程度手加減して引き寄せる。
 咲夜の細い体は私に覆いかぶさるように倒れる。
「お……お嬢様?」
 驚いた咲夜の顔がこちらを向く。
 その顔を両手で優しく捕まえる。
「今、私はお腹が空いているの」
「はい……」
「血も結構出しちゃったのよ」
「はい……」
「だから、貴女の血を少し飲ませてもらうわよ」
「はい……」
 私の言うことには逆らえないメイドの顔へと笑顔を向け、その剥き出しになっている首筋へと噛付く。
 牙が肌に突き刺さることを感じる。
「あぅ」
 短く声を上げる咲夜。
 咲夜の血はやはり美味しいわね。
「あ……ん……」
 彼女の血液が、私の喉や全身を潤す。
 咲夜の吐息が髪に掛かる。
 ちゅぷ、と湿った音を出して首筋から顔を離す。
 ふぅ、私は基本的に小食だからあまり飲めないのよ。
 咲夜の顔を見ると、その顔は少し朱色に染まっている。
 なんだろう。いつもより吸血行為を気にしているようだが……。
「ねぇ、咲夜、顔が赤いわよ?」
「そ、そんなことありませんよ!」
 慌てて何かを隠すように喋る。
 どうしたんだ? 何を慌てて……はっはーん。もしかして咲夜。
「咲夜、貴女、吸血行為で発情したの?」
「ぶふッ! ななななな、何を言っているのですか!」
 おお、この反応だと当たりだ。
 今までの間に何があったが知らないが、咲夜がここまで発情するとは面白いことを吹き込む者が居る。
 それならば。
「咲夜、それより私は動けないから屋敷のベッドまで連れて行って」
「は……い……」
 顔を赤面させながら咲夜はレミリアを丁寧に持ち上げる。
「それから……」
「はい?」
 恥ずかしがる咲夜を見ていると……。
「貴女を見ていたら……私も体が火照ってきたわ」
 体中がウズウズしてきた。
「だから、貴女が責任を取って私と性交しなさい」
「そ、そんな!」
 その言葉に咲夜が本気で困った顔をする。
 そこまで嫌な顔をされると本気で怒りたくなる。
「私と寝るのがそんなに嫌なの!?」
「い、いえ、そんなことは無いですが……」
「じゃあ早く行きましょ」
「うう……はい……」
 涙を流す咲夜に運ばれるレミリアは、ビクトリアが居た場所を見た。
 転送魔法の印が無いビクトリアの亡骸はあの場所に置かれたままだろう。だが、吸血鬼の死体は太陽の光を受けることで跡形も無く消えてしまう。
 ビクトリアが居た場所――そこには美しい野花が無数に咲いていた。
 その花は月の光に照らされ、美しく、踊るように風に揺らめいていた。
 その上を踊るように歩くビクトリアの姿が一瞬見えた。
 私は願う。ビクトリアの次の運命は、幸せであることを。
 そしてビクトリアのお陰で護れた我が屋敷へと視線を向ける。
 ボロボロになってしまったがパチェの魔法ですぐに直せるだろう。
 紅魔館に居る全ての者の気配をしっかりと感じる。
 誰一人欠けておらず、全ての者がここに居る。
 妹であるフランも大広間に居るようだ。いつの間に出たのだ?
 大切な妹。
 大切な友人。
 大切なメイド。
 大切な門番。
 大切な悪魔。
 大切な存在と共に、私はここでゆったりと過ごす。
 私は間違っていない。
 大切な存在を護れない誇りなど、ゴミ以下である。
 自分のプライドだけで他の者を傷つけるのは愚かな行為だ。
 だから私はここへとやってきた。
 ここでは――幻想郷ではどんなことがあるのだろうか?
 前居た場所よりも酷いだろうか?
 それとも素晴らしい場所だろうか?
 私は素晴らしい場所だと思う。なんとなくそんな気がするのだ。
 レミリアは心の中で、友人との別れを伝える。
 ――――じゃあね、ビクトリア。
 ビクトリアが見えた野花の場所へと視線を送る。
 するとそこには薄っすらとビクトリアがこちらを向いて立っている。
 それは幻なのか、幽霊なのかは判らない。
 しかし、ビクトリアは満面の笑みで手を振っていた。
 声は聞こえないが、たしかに聞こえた。

『――――頑張ってね、レミィ』

 ――――当然。




 もしよかったら感想をどうぞ。


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