×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




 見事に美しく手入れが施された日本家屋が立ち並ぶ。
 全てが新築のように美しく、まるで模型の村かと思えるほどの風景。
 しかし、村の周囲には濃い霧が漂い、まるで村全体を霧のように不透明に見せる。
 まるで村を幻想のように見せるように。
 そしてこの家屋全てには人間は一人も住んでいない。
 そんな不気味な空間にも見えるが、不思議と安心できる村。
 マヨイガと呼ばれる隠れ里。
 マヨイガには人間が住んではいないが、それ以外は住んでいる。
 数多くの猫と妖怪が数匹。
 化け猫が猫たちを従え、その化け猫をさらに従える妖怪。
 八雲と呼ばれる妖怪が住む里。
 眠気を誘う春の陽気がマヨイガ全体を照らす。
 猫たちは色々な場所で日向ぼっこをしている。
 そんな猫たちの楽園とも呼べるマヨイガの中央にある、一際大きく、目立つ日本家屋の一部屋に、一人の女性が本を読みながら畳に座っていた。
 女性の周囲には数匹の猫がすやすやと寝息をたてている。
 白黒のぶち模様や三毛猫、なんともまぁ様々な猫が寝ている。
 腰まで伸びた金髪を靡かせ、赤いリボンが結ばれた帽子を被り、白を基調としたドレスのような衣服を身にまとう女性。
 大妖怪――八雲紫はその妖艶な顔立ちで静かに手に持つ一冊の本を読む。
 彼女はつい最近まで冬眠をしており、まだ寝起きであまり動きたくない。
 今も外の世界から拝借してきた本を読んで意識がはっきりするまで読書にふけっている。
 しかし、春の陽気が彼女の眠気を誘うが、二度寝してしまったら自分の式に起こされてしまうと思い、主の偉大さを見せるために本を読みながら眠気に耐えている。
 だが彼女が今読んでいる本はなかなかシンプルで面白く、眠気が小さくって助かる。
 紫が読んでいる本は、外の世界では『英語』と呼ばれる文字で書かれているが、彼女は大昔から外の世界の様々な場所を移動してきたこともあり、大半の文字は理解できる。
 流石に超古代文明の文字とか判らないのは多いが、興味を持った文字は少し判る。
 紫は静かに時間が過ぎるのも忘れて読み続ける。
 周囲に転がる猫も、たまに寝返りをうって腹部を掻いていたりする。
 すると突然、寝ていた猫たちが目を覚まし、耳をピンッと立てる。
 キシッと床を踏む音が聞こえる。
 何匹かの猫はそそくさと部屋から退散していく。
 さらに足音が聞こえるが、警戒心という言葉がない猫はまだ寝ている。
 床を踏む足音はだんだん紫が居る部屋へと近づいてくる。
 足音は一つ。
 紫は一瞬視線を部屋の外へと向けたが、すぐに本へと戻した。
 彼女はその足音があまり気にならないのだろう。
 開けたままの部屋の入口から見えてきたのは、この家には珍しい客人。
 膝近くまで伸びた薄紫色の髪を靡かせ、その髪から二つ、大きく不思議なシワをつけている兎の耳を生やす女性。
 黒のブレザーと白のカッターシャツ、真っ赤なネクタイを身につけ、白いスカートを履く兎。
 永遠亭に住む、薬師の弟子である、鈴仙・優曇華院・イナバが紫の視界に入った。
「あ……どうも」
 鈴仙は少しおどおどした様子で紫に対して会釈する。
 しかし、紫は気にすることもなく、自分の疑問を鈴仙に聞く。
「あら、橙は大丈夫かしら?」
「は、はい、もうすっかりよくなりましたよ。もう大丈夫です」
「そう、よかった」
 紫はその答えだけ聞いて再度、本へと視線を落とす。
 季節の変わり目というのは温度が大きく変わるため、体調管理などをしっかりしていないと体調を崩しやすい。
 紫はまさか自分の式神たちが風邪なんて引くわけがないと思っていた。
 しかし、見事に風邪を引いた式神が一匹。
 紫の式神ではないのだが、紫の式神の式神である、猫又の橙が風邪を引いて寝込んでしまった。
 猫又とは普通、健康に気を使って長生きしたから妖怪化しているのに、風邪を引いてはダメな気がすると紫は思っていた。
 風邪なんて紫が境界をいじれば治せるが、そんなことで能力を使って橙を甘やかすわけにはいかず、自然に治るのを待つことにした。
 だが、早く治って損はないので、医者である八意永琳へと診察を願い出た。
 軽い風邪とのことなので、家でゆっくり療養することになり、一応鈴仙が定期的に診察に来る。
 マヨイガは基本的に人妖には見つかりにくい場所にあり、気配も判りにくい。
 だから鈴仙も最初は案内なしでは迷子になっていた。
 鈴仙にとっては酷い苦行であったが、慣れてしまえば移動には問題なかった。
「……あの」
 紫が本を読んでいると、鈴仙が恐る恐る話しかけてきた。
 何かと思い、紫が顔を上げると、鈴仙が興味深そうに紫の持つ本を覗いている。
 しかし、彼女が英語を読めるわけではなく、ミミズが歩くような文字だと思い見ている。
「あぁ……これは『不思議の国のアリス』という外の世界の本よ」
「アリス……? アリスって……」
 本のタイトルを聞き、鈴仙は驚いたように目を見開く。
 紫はその反応に疑問を持ち、首を傾げたが、すぐに理由が判った。
 鈴仙はよく、人形遣いのアリス・マーガトロイドと行動をともにしている。
 宴会の時に見れば、人間の里でも見たりする。
 いつも二人で仲よさそうに歩いている。
 二人がどういう風に知り合ったか判らない。
 だけど本当に仲がいいのは知っている。
 なので紫は、鈴仙が人形遣いのことを思っていると思った。
「やだねー、貴女の考えているアリスじゃないわよ」
 紫はくすくすと笑いながら、鈴仙の頭の中にある思いを否定した。
 案の定鈴仙は自分が考えていたことが判られ、顔を真っ赤にしている。
 その反応が初々しく見える。
 しかし、紫の頭の中にあることを思いついた。
 それは紫の眠気覚ましに思いついた他人から見れば面倒なことだ。

 異変は……動き出し……た……?




前のページに戻る


TOPへ戻る