一面銀世界のように世界は真っ白だった。
 だけど雪が積もったように肌寒くなく、青空さえ見えない真っ白な世界だった。
 どこまで遠いのか、それとも目と鼻の先が壁なのか。
 距離感が全くつかめない不自然な場所。
 夢のようにはっきりしない意識の中、私はその真っ白な空間にポツンと立っていた。
 別に不安は感じなかった。逆に暖まるような気持ちの落ち着きを感じた。
 遠いような近い空間。懐かしいようでいつもいるような場所。だけどそれがなんなのかは、はっきりとは判らなかった。
 真っ白な世界に置かれる黒い線だけで描かれた、落書きのような長椅子。
 座ってみてもどんな材質の椅子なのか判らないが、そう簡単に崩れるとも思えない。
 時間の流れがゆっくりに感じる世界で私はその椅子に座りながら待っていた。
 一秒、十秒、百秒、千秒。
 一日、十日、百日、千日。
 一年、十年、百年、千年。
 それぐらい待っているかと思えるようなそんな不思議な空間。
 待っていても何が来るかは判らない。
 気長に何かを待ち続ける。
 静かに、ゆっくりと。
 どれぐらい待っただろうか。
 私の目の前に、突如として一人の女の子が現れた。
 女の子は満面の笑顔を作りながら私を見つめていた。
 そして大きくお辞儀をすると、
『ようこそ、お客様』
 そう言いながら、お辞儀をしたままの体勢で頭だけ動かし笑顔を向ける。
 お客様? 私が?
 別に何かを求めて来たつもりではなく、いつの間にかここにいたはずなのに。
 私の疑問を知ってか知らずか、女の子は言葉を紡ぐ。
『本日からお見せ致しますは、ある少女のお話。終幕が来るまで、存分にお楽しみくださいませ』
 楽しそうに女の子は再びお辞儀をした。 
『ある裕福な家に一人の少女が生まれました――』
 真っ白な世界で、黒い線で描かれた椅子に座りながら、私は正面に立つ女の子の話を聞いていく。


     ☆


 肌寒い風が自由気ままに宙を舞う。
 神社の周りに生える、枝のみで裸の状態の桜の木々から、ちらほらと小さなツボミが顔を出す。
 動物たちはまだまだ冬眠中。
 あと一ヶ月したら春がやってくるはずだが、本当かどうかは怪しい季候。
 数日前まで降り注いで積もった雪も溶けてきたが、探せばまだ積もっている場所は少々残っている。
 たしかに一ヶ月前よりは暖かくなったかと思えるが、それでも寒いことには変わりない。
 私はそんなに寒さは気にならないし、寒くなったら酒を飲めば体が温まるから問題がない。
 ただこう寒い時には面倒ごとをよく渡される。
 現に今もそうだ。
 今日はこの神社の持ち主である霊夢の家の居間で炬燵に入りながら、ぬくぬく蜜柑を食べようと訪ねた矢先にこれだ。
 居間に入るや早々、霊夢は炬燵に入りながら私に向かって、境内の掃除をしろと言い放ったのだ。
 もちろん私は反発したさ、なぜ好き好んでこんな寒い日に外へ出ないといけないのか。
 すると霊夢は境内の掃除をしたらお茶を淹れてくれると言ったのだ。
 元々勝手に訪ね、勝手にぬくぬく炬燵で暖まろうと思っており、もしかしたら断られるかと予想したが、霊夢がお茶を用意してくれるということは掃除が終わったら勝手にして良い、ということなのだろう。
 それならば掃除の一つや二つ、私に任せなさいという気持ちで胸を叩いたが、何かいいように利用されている気がする。
 人使いが荒いならぬ、鬼使いが荒い巫女である。
 しかし、ここは神社である。神様の社の神社である。
 そこに私みたいな鬼が掃除なんてして良いのかと思えるが、妖怪が頻繁に訪ねてくるからあまり関係ないだろう。
 だけど極希にこの神社にも人間の参拝客がやってくることもちらほら。
 そんな時は私ら鬼やら妖怪やらは遠目にその参拝客を観察することが多い。
 そうしないと姿を見られ、妖怪のいる神社とか変な噂が流行ったら目も当てられない。
 いや、実際に流行っている気もするが。
 とにかくそうなって参拝客が減ったら霊夢に何をされるか判らない。
 極稀だけど一応参拝客は来るのだし。
 それにあまり迷惑もかけたくないしね。
 しかし、掃除をするとなるとどうしても落ち葉を一箇所に集めるため、境内をうろつかないといけない。
 つまり姿を見られる可能性もある。
 別に姿を見られてもこの幻想郷では気にならないが、後々霊夢に何か言われそうな気がする。
 だから見られても大丈夫な姿をする。
 霊夢から借りた巫女服を着て掃除だ!
 丁度いい大きさの服があったから、これを着て掃除をすればどこからどう見ても巫女が神社の掃除をしている姿である。
 完璧である。
 私はなんて賢い鬼なのだろうか。
 ただ、今着ている服は霊夢が八つの時の物というのが気になる。霊夢もこれがピッタリと満面の笑みで言っていた。
 何、私が小さいと言いたいの?
 私が子供と言いたいの?
 あとで問いただそう。
 問いつめよう。
 そうしよう。
 そうしよう。
 しかし、霊夢はなんでこんな巫女服を着ているのだろうか。
 真冬でも肩と腋が剥き出しの不思議な巫女服。
 どんなに暖めようとも肩と腋だけが寒い。
 肩と腋を隠さないかと聞いたことがあるが、こういう服なのよ、と言われてしまった。
 マフラーを首に巻いたり、手袋をつけたりしても、肩と腋だけは出したまま。
 それで寒がったり、肩をさすったりしている。
 人間はこういうところがよく判らない。
 言っていることとやっていることが矛盾している。
 本当に判らない行動である。
 なんでだろうな。
 判らないや。
 まぁ、私の服装も袖がないけど寒くないから別にいいや。
 とにかくそんな奇妙な巫女服を着て私は掃除をする。
 と言っても、もう境内にある落ち葉を片隅に集め終わっている。私の力を使えばこんなことはお茶の子さいさいである。
 見事に落ち葉の山ができあがり、芋を焼いてみたい気分になる。
 さて、さっさと霊夢のお茶を飲もう。
 足を霊夢の住居へと向けようとした際、ふと誰かが視界の隅に映る。
 神社の入口、年期の入った古い鳥居の下に奇妙な格好をしている女の子が一人。




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